決闘
激しく剣を打ち合う音が周囲の空気を震わせる。
火花が散るたびに、女子生徒の悲鳴が上がる。
2分ほど打ち合っていると、レオンハルトの実地試験を担当した教官、マーティス・ルーフレッドが騎士科の教師と一緒にやって来た。
「お前たち! 入学式に何をしている!」
「ルーサム・レマゲン! 騎士科の恥め! 入学したての新入生に決闘を挑むとはな」
騎士科の教師が貴族の馬鹿息子を叱る。
眉間に刻まれたシワが怒りの深さを表している。
「マーティス教官! 邪魔しないでくれよ! 決闘を挑まれたのはオレだぞ!」
「そうです、ウィリアム先生! 礼儀を知らぬ平民に侮辱されて黙っていられません!」
レオンハルトもルーサムも熱くなっていて教師が止めても言うことを聞かない。
言葉を返す間も、剣の応酬は止まらない。
「仕方のない奴だな。クロスは戦闘狂か?」
8歳にしてこの戦闘力なのだから、マーティスが誤解するのも無理はないが、レオンハルトは決して戦闘狂ではなく、許せない奴は倒さなければ気が済まないだけだ。
「ルーフレッド教官。落ち着いている場合ではありません! レマゲンは刻印持ちですぞ! 子どもが勝てる相手ではない」
騎士科の教師のウィリアムは騎士らしく、女性や子どもは守る者と考えている。
なので、騎士にあるまじきことをしているルーサムの行為は止めなければならないと考えていた。
「落ち着いて下さいよ、ウィリアム殿。レオンハルト・クロスが押しているでしょう」
飛び出そうとしたウィリアムを止め、見るように促す。
「…………まさか。レマゲンは騎士科でも1、2位を争う実力者だというのに……剣の腕では教師と互角の腕ですよ。新入生がなぜこれほどの力を」
あまりの事態に驚愕している。
刻印持ち相手に優勢では無理もないが。
刻印とは神から力を与えられた者の証で、産まれた時から持っている者も居るが、後天的に手に入れる者もいる。
具体的には人間を超えた身体能力と、特殊技能を与えられる。後天的に手に入れるには、信仰した神に認められる必要がある。
「何でなんだ! この僕がこんなガキに力負けするなんて!」
遂に腕が痺れて剣を落とす。
慌てたルーサムは、10メートルほど一足飛びで後ろに跳んで、レオンハルトから距離を取った。
「逃げるのか、先輩? 決闘から逃げるなら騎士にはなれないぞ」
敢えて追撃はせずに、厳しい視線を向けるレオンハルト。
情けない男はとことん嫌いなのか、その瞳はゾッとするほどの殺気を放っていた。
「くっ……誰が逃げるか! 僕の真の力を見せてやる! 覚悟しろ」
突き出した両手から、光が鞭のように伸びた。
10メートルの距離を瞬時に詰めるスピードで光の鞭が襲い掛かる。
レオンハルトはルーサムが手を突き出した時から警戒していたらしく、完璧に見切り、危なげなく身を捻って躱した。
石畳が砕けて破片が舞い散る。
飛んできた破片すらも魔剣で斬り裂き、しなって背後から襲ってきた光の鞭も舞うように躱しす。
「なぜだ! なぜ当たらない!?」
一向に当たらない攻撃に焦ったのか、2本の光の鞭をメチャクチャに振り回す。
そのたびに石畳の破片がレオンハルトに飛んでくるが、1つ1つ見切っているので、身体に当たりそうな物だけ剣で弾いている。
「攻撃が単調過ぎるよ。2本あるんだから、1本ごとに違う動きをさせて計算して追い詰めなきゃ。2本ともオレを狙ってくるんだから、タイミングを見て場所を移動すれば当たるわけない。フェイントとか使ってタイミングをズラしたり、避ける場所を狙って体勢を崩さないと」
ヒョイヒョイと避けながらアドバイスをする。
別に親切だけで教えているわけではなく、挑発も兼ねているので生意気な感じに話す。
子どもに指摘されて、ますます怒り、攻撃が単調になるという悪循環に陥った。
「エリートだから警戒したけど、充分に実力は分かったからそろそろ終わりだ」
どうやらエリートを利用して自分の実力を計っていたらしく、ここから本番とばかりに駆け出す。
その動きに慌てたルーサムが光の鞭を電動ミシンのように連続して繰り出し、レオンハルトを串刺しにするべく襲って、地面を砕く。
レオンハルトはその間を縫うように駆け抜けてルーサムに接近する。
光の雨が降り注ぐ中をクルクル回りながら駆け抜ける姿は、周囲の目には踊っているように見えている。
新入生の少年たちはヒーローを見る子どものようにはしゃぎ、少女たちはウットリと憧れの王子様を見るように頬を染めて歓声を上げた。
レオンハルトの目に映るルーサムの顔は引きつっていて憐れを誘ったが、レオンハルトは容赦なく両手を斬り付けた。
赤い血が飛び散り、レオンハルトの服を返り血で汚そうとするが、魔力を纏って防いでいる。
汚すとピアの仕事が増えるので必死だ。ちょっと街でも壊そうかて言わんばかりの魔力を集めているので、教師たちの表情は面白い顔になった。
「敗けを認めるなら剣を引く。認めないなら首を刎ねる」
レオンハルトはルーサムの首筋に魔剣を当てて訊ねる。
決闘なので勝利者が相手の命を自由にできる。殺したところで罪には問われない。
「わ、わかった! 降参する! するから殺さないでくれ!」
レオンハルトの心臓を鷲掴みするような目に本気を感じたのか、ルーサムは涙を流さんばかりの勢いで懇願した。
「……わかった」
敵意が完全に消えるのを待ってから剣を引く。
勝利のあとも不意打ちを食らわないように教育されているので油断はない。腕の使えない相手に嫌な子どもである。
「レオく~ん! すごくカッコ良かったよ!」
走った勢いのままレオンハルトに飛び付くフィーリア。
2人が抱き合っている間に、教師がルーサムに近付き拘束した。
「ねえレオ君。あの人治してもいいかな?」
怪我をしたルーサムを可哀想だと思ったのか、フィーリアが神聖魔法で治療を言い出した。
「別に恨みはないし、いいぞ! 決着も付いたし敗けを認めた奴を治すのはいいことだ」
「うん!」
フィーリアの神聖魔法の発動の早さに騎士科の教師が驚くが、1度治して貰ったマーティスはレオンハルトのほうに歩み寄る。
「やはり勝ったな。気功も使ってないようだし私も勝てんな。だが、決闘の理由はちゃんと聞かせて貰うぞ」
レオンハルトは仕方ないと言いたそうな表情でうなずいた。