実地試験
現在、レオンハルトたちは冒険科の筆記試験を受けている最中である。
一般常識の試験はラクに突破できたようだ。
──簡単だなぁ。リンフォード王国の成立は新暦13年。スライムの特徴は物理攻撃が効きにくいことと分裂。ポイズンリザードの攻撃方法は毒液を口から発射すること。緊急に使える薬草は、どこにでも生えて数が多いうえに、そのまま使えるリルドの葉。全部ダレンに習ったやつだ。
一般常識以外も楽勝らしい。
古代文明が滅びて人類が激減し、徐々に回復してきた頃を旧暦と呼び、古代文明の遺産を使い始めた頃を新暦と呼ぶ。
今から400年ほど前のことである。
レオンハルトとフィーリアは、ダレンの冒険者仕事にくっついて行き、初心者が教わることは一通り知っているので試験時間の半分ほどの時間で終えてしまった。
見直しもきちんとするあたり、しっかりとしたオコサマたちだ。
終わってボーッとしていると、試験官が終了の合図を鳴らした。
鐘の音が鳴る中、ほっとしている子、泣き出してしまった子、喜んでいる子など様々だ。
レオンハルトに駆け寄るフィーリアはニコニコ嬉しそうだ。
彼女もレオンハルトと一緒に習ったので、覚えているなら答えられてもおかしくない。
立ち上がったレオンハルトの手を掴み、クルクル回り出した。
「あっ! できなかった人もいるんだから、喜んだらダメだよね? レオ君」
フィーリアは基本的にレオンハルトしか目に入らないが、優しい子なので気遣いもできる。
周りで落ち込んでいる子たちの姿が見えた瞬間、自分で気付いて回るのをやめた。
「とりあえず休憩所で休もう。お母さんたちに伝えないと」
はしゃいで落ち込んだフィーリアの手を引き、母たちの所に向かう。
ピアが結果も訊かずに大喜びで抱き付いて、セレスティーナに叱られていたが、セレスティーナも頬擦りしたので、どっちもどっちだ。
1時間ほどの休憩を挟み、実地試験の会場である第3闘技場に家族で向かう。
戦闘試験があるので保護者も見学できる。
「集まったな? 私は戦闘教官のマーティス・ルーフレッドだ。元冒険者なので皆の授業を受け持つことになるだろう。よろしく」
簡単な自己紹介をしてから、試験内容の説明に入った。
今回の試験内容は戦闘能力試験だそうだ。
毎回違う試験内容らしいが、戦闘を含む試験なのは変わらないらしい。
教官を相手に実力を見せて、強い者、戦い方が巧い者、特殊能力を持った者などを評価する。
ようするに将来性を見る試験だ。勝ち負けを競う試験もやることが有るそうなので、今回の試験は可能性さえ有れば全員合格することができる試験だ。
恐らく人数などで最終試験内容が変わるのだ。受け入れ可能な人数は決まっているので、合格者が少ない年は篩を掛ける必要がないからだろう。
人数に余裕はあるので成績上位者だけでなく、有望そうな子どもは全員入学させたいという思惑がある。
説明が終わるとマーティスが受験番号の順に子どもたちの呼ぶ。
1度に5人ずつ呼ばれるようだ。
開始の合図が告げられても、子どもたちは動かない……というよりは動けないのだろう。
それぞれが刃引きされた得意武器を構えているが、緊張のあまり固まっている。
「どうした? 私は攻撃も反撃もしない。怯えずに打ち込んで来るんだ。得意技があるなら見せてみろ」
マーティス教官に促されて、子どもたちはおずおずと動き出した。
打ち掛かった剣を剣先で軽く反らされ、槍を構えて身体ごと突っ込んだ子どもは足を引っ掛けて転ばされる。棒を振り回す子どもは、棒の先を掴まれて引っ張り合い、と見せ掛けて棒を放され後ろに尻モチをついた。
「武器をやみくもに振り回すだけではなく、連携して打ってこい!」
教官の言葉に反応できる子どもも居れば、連携の取り方が分からない子どもも居る。
共通して言えることは、全員が必死で余裕がまったくないことだ。
少しずつ狂い始めた連携は、剣を持った子どもと槍を持った子どもがぶつかって倒れた時に完全に止まった。
「動き自体は悪くない。が、周りを見る余裕がないと集団戦はできない。基本的に人間よりも魔物のほうが強いから、人間の強みは協力して戦うことだ。将来パーティーを組んだ時に困らないように、我が校の冒険科では5人1組で行動する。入学してからも付き合うことになるかもしれないんだ。そのあたりを考えて、お互いに思いやりを持って行動しろ。次の組だ」
一礼して闘技場の壁際に下がる子どもたちと入れ替わり、次の5人組が前に出た。
レオンハルトたちの順番は次の次になる。
今回の受験者の内、冒険科は25人いる。一番人気の科は騎士科や魔法科らしい。
冒険者は3番目に人気の科だった。
といっても、別の日に受験している子どもたちも居るので、騎士、魔法、冒険科の人気はさほど変わりがない。
3組目が終わり、いよいよレオンハルトたちの順番が回ってきた。
緊張するフィーリアの手を握りしめ、耳元で何かを呟くと、フィーリアの顔に笑顔が広がった。
レオンハルトはショートソードを、フィーリアは簡易的な魔法杖を持ち、意気揚々と闘技場の中央に出て行った。
その堂々とした姿につられて、他の子どもたちも前に出る。
「よし、掛かって来い!」
マーティスは子どもたちのやる気を感じて、期待するように気合いを入れた。
「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
レオンハルトが雄叫びを上げると、身体から光が迸り、剣に収束された。
「ほう! 攻気功か!? その歳で使えるなんて凄いじゃないか」
関心するマーティスをよそに、レオンハルトが突っ込んだ。
驚くほどのスピードにマーティスが目を見開いて、咄嗟に盾で防ぐ。
しかし、盾を持った腕から血が噴き出す。
「ぐあっ!! …………浸透勁」
防御を抜いて内部を破壊する技だ。
どれだけ堅固な守りでも簡単に突破してダメージを与えてしまうので、同等以上の気功をもってしか防げない。
「末恐ろしい子どもだな」
アゴの先から冷や汗を垂らしているマーティスの腕に魔方陣が飛んできて、怪我を癒す。
フィーリアの使った神聖魔法だ。開始前にレオンハルトが、オレがボコボコにするから治してやって、と言ったので準備していたのだ。
もっとも、フィーリアは自分を笑わせる冗談だと思ったのだが、レオンハルトの気功を見て本気だと気付いたから準備できた。
「こちらのお嬢ちゃんも末恐ろしいな」
「教官! オレのリアは恐くないぞ!」
レオンハルトに抗議され──
「レディに対して失礼だったな。将来が楽しみなお嬢ちゃんだ」
レオンハルトを恐れた訳ではないだろうが言い直した。