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最強無敵のユーミルファナー  作者: 王国民
1章 英雄誕生
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伝説の英雄の産まれた日

 その日、英雄エルネストとセレスティーナの間に、待望の第一子が誕生しようとしていた。

 朝から陣痛が始まり、屋敷に仕えている治癒師がエルネストを夫婦の寝室から追い出した。

 いつの時代も女性は恐い。などと考えていたのも束の間。妻の苦しむ声が聞こえてくるまでだった。


 部屋の外でウロウロするエルネストを尻目に、メイドたちが入れ替わり立ち替わり部屋に入っていく。

 清潔なシーツや毛布、お湯などを持ってきたメイドの邪魔にならないように、エルネストは徐々に部屋から離されていく。


 まだ18歳の男には、出産で何をすればいいのか分からないのだ。

 短い黒髪をガシガシ掻きながら、切れ長の目を不安そうに瞬いて部屋の中を歩き続けていた。


 男の使用人たちも一緒にオロオロしている。落ち着いているのは老執事のロベルトくらいだ。


「まだか? いつまで(うめ)いてるんだ? 大丈夫なんだよな?」


 大軍に囲まれても平然としていたエルネストが、いつになく焦ってロベルトに訊く。


「旦那様、落ち着いてくださいませ。旦那様と奥様のお子です。無事にお産まれになるでしょう」


「だがな、あんなに苦しんでるセレスは今まで見たことがないぞ?」


「出産は苦しいものでございます。(みな)こうして産まれてくるのです。気をしっかり持ってください」


 ウロウロする主人に、ゆったりとした動作で紅茶を差し出しながら諭す。

 紅茶を受け取り飲み干す。ちょうど良い温度の紅茶が身体を温めて少し落ち着いたらしい。カップはカチャカチャしているが。


「ふぅ……ロベルト、もう1杯くれ」


 落ち着いたのは表面上だけで、何杯も紅茶を飲んだため、トイレに何度も行く。男親は子どもが産まれる時と嫁に行く時はとことん落ち着かないものだ。英雄の株が少し下がった日である。


 どれだけ時間が経ったか、エルネストが1万回はグルグル回った頃、セレスティーナの呻き声が止んで、元気な赤ん坊の泣き声が屋敷に響き渡る。


「産まれた!! セレス、大丈夫か!?」


 泣き声が聞こえた瞬間、3秒と掛からずに部屋を出て、妻の居る隣の部屋の前に1秒でたどり着いた。英雄は伊達ではない。

 恐る恐るドアを開けようとしたが、その前にメイドに止められた。


「なんで見に行ったら駄目なんだ!?」


「もう少しお待ちくださいませ。奥様の身仕度や坊っちゃまのお身体を綺麗にしますので」


「産まれたのは男かっ!?」


 大声で窓ガラスが震えるが、メイドは笑顔で頷いた。


「はい! 元気な男の子です! スゴく可愛らしいですよ!」


 胸の前で指を合わせるポーズで、とても嬉しそうな満面の笑顔になり報告する。この屋敷にいる使用人たちが、いかに主人一家を大切に思っているかがよくわかる。屋敷の至る所で歓声が上がっていた。


「早く息子を見たいぞ!」


 赤子の泣き声が聞こえるたびに、エルネストのソワソワが酷くなって、ロベルトに嗜められている。他の使用人たちは落ち着きのない主人の姿に苦笑した。


「旦那様、どうぞお入りください」


 部屋の中からメイドが顔を出す。

 ようやく入室を許されたエルネストは、早く見たいと言っていたにも(かか)わらず、急にオロオロし始めた。


「俺を見ていきなり泣き出さないよな?」


「旦那様、産まれたばかりの赤ん坊は泣くのが当たり前でございます。お気を確かに」


 ロベルトに促されて音を立てないように部屋に入る。驚かせて泣かせてしまったらどうしよう? という表情だ。勇猛果敢に敵に突っ込んでいく英雄の面影はなく、一児の父が居るだけだ。


 30畳ほどの部屋にある豪華なベッドの上に、エルネストの妻であるセレスティーナが、上体を起こして腕に清潔な布を抱いていた。

 普段はポニーテールにしている蒼く美しい髪を、肩の辺りで括って垂らしている。

 腕の中の小さな温もりに向かって、幸せそうに微笑みかけている。

 まだ16歳だが立派に母の顔だ。


「……セレス、大丈夫だったか?」


 しばし妻に見惚れ、小さな声で妻に話かける。妻の腕に抱かれた赤ん坊を見て、エルネストは大きく目を開いた。


「よくやったぞセレス! 俺にも抱かせてくれ!」


 息子を見た瞬間、静かにしなければ、という気持ちも吹き飛んでしまったのか、大声を出して赤ん坊を泣かせる。


「びぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「あなた、落ち着いてよ。息子は逃げたりしないから」


 静かに夫を叱って赤子をあやす。


「す、すまん。…………俺も抱っこしていいか?」


 いつも強気な夫がビクビクしていて可笑しいのか、クスクス笑い出す。それにつられて使用人たちも笑顔になった。


「旦那様、手を清潔にしてから抱っこしてくださいね?」


 メイドが差し出した手桶と石鹸で手を洗い、恐る恐る息子を受け取る。抱きかたを注意される。


「こ、これでいいのか? 頼むから泣かないでくれよ~」


「ふふっ、あなたが泣きそうよ? 不安そうにしちゃダメよ」


 ベッドの上で夫を見上げると、からかうようにアドバイスをする。


「あ、ああ。えーと、お、俺がパパです! どうぞよろしく!」


 テンパって息子にお辞儀した。


「息子に変な話し方しないでね? 変わった喋り方になったら困るから」


「そうだな! 俺がお父さんだからな!」


 もうすでに父の威厳はない。脂汗が出ていて試験前に腹の痛くなった学生のようである。


「あう~、きゃい!」


 妙な生き物に興味を持ったのか、赤ん坊がエルネストの顔を見て、おくるみの中でモゾモゾする。


「おおっ、元気な子だな! 笑ったぞ!」


 妻に見せながらデレデレする。


「……いまのあなたを見たら誰でも笑うと思うわ」


「そうかそうか! ハハハッ。俺はあやすのが上手いのかもな」


 呆れるような妻にも気付かずに喜びを抑えられないようだ。


「ところで、あなた。男の子だからレオンハルトでいいのね?」


 事前に名前を決めていたらしく、確認するように訊く。


「もちろんだ! 勇敢な子に育てよ!」


 息子を掲げて神に祈るように目を閉じた。

次も明日です。

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