決意
「ぐっ、あぁぁ」
「いてぇぇ」
レオンハルトは呻く犯罪者たちを一瞥し、動ける者がいないのを確認して、フィーリアたちの所へ駆け戻る。
父が休みの日は、毎回ボコボコにされているだけあり、戦いに容赦はしないらしい。クロス家の教育方針だ。
「リア、ピア、だいじょうぶか?」
「レオ君! かっこよかった! でも、ケガしてないかな?」
フィーリアがレオンハルトに飛び付き、身体をくまなくチェックしている。
「……ぼっちゃま。いつの間に付与魔法なんて。まだセレス様に習ってない──と言うか、セレス様は攻撃魔法しか使いませんよ?」
ピアの驚きももっともである。
剣士である父は魔法を使えない。戦争時に1人で1万人は斬って捨てたが、付与魔法は使わずに素の状態だ。
魔法使いである母もほぼ攻撃一辺倒だ。地味な魔法は使いたがらないので、攻撃魔法から教えるはずだ。
「本を見ておぼえたよ! ピアほめて!」
脚にしがみ付くレオンハルトを撫でながら、ピアの身体がぷるぷる震えだす。
「ウフフフフ。ぼっちゃま天才だなぁ。さすが私のぼっちゃまだぁ。このまま拐っていきたい」
感動しているらしい。顔がデレデレとニヤケまくっている。
本当に拐ったら周囲の護衛に取り押さえられること請け合いだ。
「えへへ。レオ君ほんとにつよいね! リアもつよくなれるかなぁ? いっしょにぼうけんするんだもん!」
フィーリアと一緒に冒険するのは、レオンハルトの夢だ。
「弱くったって僕がリアを守るからだいじょうぶだ!!」
その言葉にフィーリアは顔を真っ赤にして、レオンハルトを見詰め返す。
「ぼっちゃま~。私も忘れないで~」
ウルウルしているピアは、護衛たちに犯罪者の捕縛を指示している。
2人で見詰め合っていると、エルネストの声がレオンハルトの耳に飛び込んできた。
「男が守るなんて簡単に口にするなよ」
護衛の気配はなんとなく感じていたが、父の気配には気付かなかったので、驚いて振り返る。
「おとうさん!? いたんだ?」
息子の言葉に一瞬情けない顔になるが、すぐに真面目な顔に戻る。
「うむ、居たんだよ。気配を消していたとはいえ、居たんだ? は悲しいな。……それより、守るなんてまだ早いぞ?」
レオンハルトは、厳しいけれど落ち着いた父の声に身を引き締める。
「なんでダメなの?」
「駄目なんて言ってないさ。男が覚悟も実力もなしに女を守るなんて簡単に口にするなと言ってるんだよ」
しゃがみ込み、レオンハルトと目線を合わせて肩に手を置く。
「確かにお前は強い! はっきり言って6歳で1番強いだろう。……でもな、最強じゃない。今だってお父さんの気配に気付かなかっただろう? つまり不意打ちは防げない」
その言葉にハッとして俯く。
「男は口先だけじゃいけない。口にしたからには実行しなければならない。それが責任と覚悟だ。お前にはまだ力や経験が足りないんだよ」
父の言葉を聞いて考え込む。
そんな親子を信じて見守る幼馴染みと屋敷の住人たち。
考えて答えが出たのか、顔を上げ父の目を見返すレオンハルト。
──強い瞳だ。
エルネストは息子の目を見て覚悟を悟る。
「だったら! 僕はだれよりも強くなる! 世界で1番強くなって、僕がリアを守るんだ! おとうさんにだって負けない男になる! 守るって言葉をウソにしない!」
耳に痛いほどの静寂を打ち破る、力強く真っ直ぐな声。
大好きな少年の自分を守ると言う一言に込められた想いを感じて、涙が止まらない少女。
溢れる涙で滲む視界に、少年の姿を焼き付ける。
見えにくいのに涙を拭わないのは、その涙がとても温かいからかもしれない。
この時、確かに少女は恋をした。
フィーリアとピアが泣き止み(ピアは嬉しいやら悲しいやらで貰い泣きをした)護衛たちが犯罪者を憲兵に引き渡す頃、考え込んでいたエルネストが口を開いた。
「レオがそこまで決意したなら、お父さんもそれに応えないと情けないな。…………レオ、お前を王立養成学校に通わせる。そこでいろいろ学んでこい」
王立養成学校は、様々なプロフェッショナルを養成する学校だ。
騎士科、文官科、魔法科、冒険科、商業科、錬金科などがある。試験があるので普通科はない。
文字の読み書き、計算や一般教養は修めていて当たり前というエリート学校だ。
6歳から8歳までが入学可能な年齢だ。卒業は試験を突破すれば12歳から可能で、16歳までに卒業資格を得られなければ退学させられる。
受け入れられる人数は決まっているので、実力の足りない者は追い出して、才能のある者を入学させるためだ。
厳しい学校だが、この学校のお陰でリンフォード王国の人材は豊富だ。
王立なので授業料は安いが、入学自体が難しいので、働かずに勉強のできる、裕福な家庭の子どもが多い。
レオンハルトなら学力財力ともに問題なく入学できる条件である。
「でも寂しいから入学は8歳からだ!」
堂々とカッコ悪いことを言った。
「旦那様旦那様! ピアをお付けするのをお忘れなく!」
駄目な大人が揃っている。止める者はもちろん居ない。
いろいろ台無しだった。
せめて試験勉強などの準備を建前に出していれば格好を付けられたのだが。
「あなた! なんで入学を勝手に決めたのよ!! バカ!」
エルネストは、王立養成学校入学を勝手に決めたことで妻にメチャメチャ怒られて、3日間食事抜きにされた。
本当にいろいろ台無しだった。
良かったことは、フィーリアも入学を目指して試験勉強を始めたことくらいだろうか?
「レオ君とリアはいつでもいっしょなの~!」