少女たちの実験
段ボール箱にオリーブオイルをそそぐ。そこに十円硬貨を一枚投げ入れて、ふたを閉じる。ミウとサヤカは両端をしっかり押さえ、ガムテープでHの字に固定した。
「まったく、うちの班だけ居残り実験なんてひどいよね」
「ほんとだよね。おまけにアキオもリューイチもさっさと帰っちゃってさ」
「後でレポート見せてって言われても知らん顔しよう」
サヤカはノートとペンケースを鞄にしまい、立ち上がった。今日は彼氏に会うのだと言って、朝からそわそわしていた。
「でも簡単な実験で良かったよ」
「ね。こんなんで爆発するってほんとかな」
ミウは制服のポケットから飴を取り出し、口に入れた。すももの香りが広がり、甘い唾液が喉に落ちる。
「そもそもなんで爆発するんだっけ」
「さあ。結果さえ覚えとけばいいんじゃない」
ミウは段ボール箱の表面を指で弾いた。他の班が実験をした時も、こうやって机に置きっぱなしにして、次の日登校したら確かめることになっていた。途中で見に行ったり、ずっと理科室にいたりしてはいけませんよ、と先生に念を押され、誰も疑問に思っていないようだった。
そして確かに、次の日になるとどの段ボール箱も粉々に砕け散っていたのだ。
「気になるなあ」
「いちいち考えてたら、テストで何も覚えられないよ。おっと、時間。明日ね」
サヤカは鞄を肩にかけ、走って出ていった。
ミウは頬杖をつき、段ボール箱を眺めた。すももとオリーブの香りが混じり、小腹がくうと鳴る。こうしている間にも爆発するかもしれないんだわ、と他人ごとのように思う。
どれくらいの威力なのだろう。顔が黒こげになるのか、体ごと吹き飛ばされるのか、それとも天井を突き破って、屋上のプールに浮き上がるほどなのか。
口の中で飴が溶け、甘酸っぱい後味もやがて消えた。ミウは立ち上がり、昇降口へ向かった。今日の夕飯はパスタがいいなと思い、母に電話しようと鞄をさぐる。
「あれ? 携帯がない」
サヤカに猫の写真を見せて、そのまま机の上に置いてきてしまったかもしれない。ミウは早足で廊下を戻り、理科室の扉を開けた。
ドーンと大きな音がして、ミウは顔を覆った。爆発だ。今、ちょうど起きたのだ。
おそるおそる腕をずらし、目を開けてみると、赤いジャージを着た少年がいて、段ボール箱を床に叩きつけていた。転がったのを拾い、担ぎ上げ、叩きつける。空が星を振り落とすような勢いで、全身を振り乱しながら叩きつけ、また拾い、それを繰り返す。
「あの」
ミウの声に、少年は振り向いた。黒々とした髪と眉に、鋭角的な目をしている。見たことのない顔だが、でもどこかで会ったような気もする。
「携帯忘れちゃったんですけど、取ってもいいですか」
「どうぞ」
ミウはさっと入り、机の隅に置いてあった携帯をつかんだ。横目で見ると、段ボール箱はぼこぼこに歪んでいた。
「何してるんですか」
仕事、と少年は答えた。苛立った面持ちだ。ミウがいると、その仕事がはかどらないのだろう。なるほど、と妙に納得し、理科室を出た。
扉を閉めるとすぐに、凄まじい音が聞こえ始めた。段ボールに爪を食い込ませ、引き裂いているような音だ。爆発で大破したのと同じ状態を、素手で再現するのは大変なことだろう。
「うちの男子たちも、あれくらい真面目にやってくれたらいいのに」
ミウはつぶやき、二個目の飴をなめながら帰り道についた。