5 ―魔王篇―
この物語では、ちょくちょく他者視点でもストーリーを綴っていこうと思っています。
まずは、魔王視点です。
時間的に主人公が人間界に旅立つ朝くらいです。
とうとうこの時が来ました。
僕がどれだけ待ち焦がれていたことでしょうか。
長く長く長く、年月も忘れてしまうほどの時を過ごしてきました。
だけど、ようやくこの恨みを晴らすことができるのです。
憎き人間。その人間が支配する人間界を僕の手で滅ぼす。
それこそが最大最高の復讐です。
そして、やっとそれが叶う時が来たのです。
この気持ち……永く恋人を待ち続けてようやく会えた時のように清々しい。
でも、実際これから行うのは大量殺戮なのですから、例えが微妙ですね。
それでも、気分は最高に良いのですからヨシとしましょう。
そもそも、僕が何故人間をここまで憎むのか。皆さんは疑問に思うかもしれません。
それは言葉では言い尽くせぬ非道な仕打ちを僕が受けてきたからなのですが、詳しくは語れません。
あの惨劇を思い出しただけで、強烈な吐き気と共に震えが止まらなくなるのです。
あれは、どんなに悠久の時を刻んでも絶対に忘れられません。
僕も元人間なのですが、深い復讐への悔恨と共に再びこの世に誕生しました。
その代償に、僕は魂を悪魔へ譲渡しています。
いつかは全てのものと共に消えて無くなります。
一度は『死んでいる』僕ですから、もう死に関しては何ら恐怖心は感じません。
しかし、この復讐劇を完遂しなくては死にたくても死にきれません。僕に残された時間は限られたものですが、その全てをなげうっててでも成功しなくてはならないのです。
僕が世襲した魔王という筋書き。
魔王になる人は過去色々な方々だったそうです。
己の欲望を満たすための者や、僕のように現世に遺してきた悔恨とと共に破壊を望むもの。はたまた名声をあげたいもの。
まぁ、挙げていくときりがないのですが、1つだけ共通することがあるそうです。
『魔王が世界を支配したことは今だかつて存在しなかった。』ということ。
つまり、魔王は現れては何者かに滅ぼされるということ。
それは、時の勇者だったり、民衆だったりしたわけですが、圧倒的に多いのが『神々』による討伐だそうです。
神は、圧倒的な軍事力を駆使し、魔王や臣従する魔族までも殲滅するそうです。恐ろしいですね。
つまり、魔王にとっての最大の邪魔になる存在は神ということです。そして、それは僕の代になっても例外ではないようで――――
「魔王さまぁ~!」
遠くからパタパタとちっちゃなコウモリが飛んできます。
そして、僕の前で着地……即、人の姿になります。人とは言っても彼女は魔族ですけど。
彼女は、僕直属の部下であるミリィと言います。
コウモリ族の魔族で、偵察任務が得意。空を飛ぶときはコウモリの姿になり、それ以外の時はこうして人の姿をしています。
コウモリの時はただのコウモリですが、人の姿になるとなかなかどうして……とても愛くるしいのでしょうか。
背は小さく、目はクリっとしていて、まるでお人形のよう。
つい抱き締めてあげたい衝動に駆られますが、僕は魔王なのでここは我慢します。
ひとつ咳払い。ん……少しは落ち着いたかな。
「魔王様具合でも悪いのですか?」
ミリィがのぞきこむようにして、僕の様子を伺います。
こうして気を掛けてくれる。本当にミリィはいい娘です。
「大丈夫ですよ、ミリィ。それより人間界はどうでしたか?」
そう。僕はミリィに人間界の偵察を行わせていました。
それは少し懸念材料があったから。
前述したように、人間界に神の影がちらほら見えることです。
僕自身、ギリギリまで大きな行動は出さず、小規模かつ散発的なものにしてきました。そうしないと神々に気付かれてしまうから。
だけど僕の思惑に反して、神の動きが早い。だからミリィを送り込んだのです。
「やっぱり人間界には既に神の手が入っているみたいです」とミリィ。
僕は頷くとちょっと考え込みます。
続けてミリィが報告を続けます。
「西洋東洋問わず全ての神が人間界守護に動いているようです。中央朝の決定が後押しになっているみたい。部分的ではあるけど、各所で神による討伐が始まっています。これは一部の過激派の動きしかないけど、これに煽られる形で攻勢に動き出すかもしれませんね。……それにもうひとつ気になる動きが」
ミリィが区切ったので、続きを促します。
「大神皇勅命で天界より何名か人間界に派遣されるそうです。目的は不明ながら何か企てているのは間違いないかと」
「………」
「魔王様…?」
ミリィが心配そうな顔を向けてくるので、笑いながら彼女の頭を撫でてあげます。それにしても本当さらさらで綺麗な髪をしていますね。
ミリィも僕にされるがまま。目を細めて気持ち良さそう。
「あまりうかうかしていられませんね。少し早いですが僕たちも人間界に向かいましょう。ミリィも僕に付いてきてください」
「勿論です。ミリィはどこまでも魔王様に付いていきます!」
屈託ない笑顔をするミリィ。あぁ、なんて可愛いのでしょうか。
あまりに可愛いので、また頭を撫でてあげましょう。
そうこうしているうちに、ゲートの手前まで来ていました。
このゲートの向こう側は人間界になります。
ゲートとはいっても、空間に漂う『靄』みたいなものでしょうか。人間界は魔族を大変忌み嫌いますので、あちらの世界と魔界を結ぶような道が存在しません。とはいっても、中世以前は存在はしていたみたいですけど。
この靄は謂わば空間の歪みになります。
最初はほんの小さなサイズでしたが、僕が無理矢理大きくしといたものです。今では比較的大きい魔族でも入れるくらいに成長しました。
このゲートを創るのが僕ら魔王の一番に課せられる使命。長い時間かけて創ってきたゲートですが、空間が元に戻ろうと動くことでやがて自然消滅していきます。
その限られた時間内で僕は人間界に乗り込み、そして破壊しなくてはなりません。失敗すれば、僕という存在はなくなり、やがて僕の代わりになる魔王が誕生し、またゲートを開いてくれるでしょう。
「さて、準備はいいですか?ミリィ」
「いつでもオッケーです!」
笑顔で応えてくれるミリィ。
よし。
「いざ行かん! 人間界へ!」
待っていてください人間よ。
永き憎しみ、今あなた方にぶつけて差し上げますから!