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次はいつになるか。コレガワカラナイ
アイラは淡く微笑んだ後、右手を胸の高さに合わせ軽く息を吸い静かにゆっくりと息を吐き出した。精神を集中させているのか目は細くうっすらと瞳が覗いている。場の緊張感に押されたのかウェンディもべたべたと騎士の人形に触ることをやめ、アイラをじっと見ていた。
アイラの薔薇のように赤い唇がそっと開き。
「神が与えし英知の結晶が一つ。そは赤く大地をなめる蛇の舌。今顕現し世界を赤に染めよ」
厳かな調子で紡がれた言葉を言い終わると同時に開いた右の掌にこぶし大の炎が出現した。
「おお~」
現れた炎に対してのんきな声を出すウェンディをしり目に私は驚き過ぎで目を見張ってしまいました。二人には分らない様に抑えましたけど。
なんで私がそんなに驚くのか。答えは簡単。……呪文で魔法が使えるなんておとぎ話にしかないはずでしたから。
「魔術っていうのはね。なんか正式には託宣魔法っていうんだって。……理由なんか知らないわよ。司祭様が言い始めたのが最初とかなんとか。って、こらウェンディ。またお菓子全部食べちゃって。私達の分も残しなさいよ、まったく……。浮浪児なんてやる位なら孤児院にでも入ればよかったのに。……皆の取り分が減るからってそんな馬鹿な理由で孤児院飛び出すなんてあなたぐらいよ。最初にあった時もそうだったわね。……そんな話はともかく!!魔術っていうのは詩って呼ばれる言葉を紡ぐことから始まるのよ。詩を紡いで現象に起こす。何をするのかイメージしたり、言葉に魔力を乗せたりとか、いろいろと細かいこともあるけど大体はそんな感じよ。ああ、ちなみにいうと言葉に魔力を乗せるってのは七面倒くさい訓練がいるのよ。だから、ウェンディ。私と同じようなことするには100年早いわよって、それ私の分なのにぃ!!ええい、覚えてなさい。あとで地獄を見せてあげるわ。……え?ノーラの魔術は訓練しなくても使えるの!?……なんでかしらね?まぁ、いいわ。今考えたってしょうがないし。と、そういうわけもあってか、魔術が使えるひとって貴族か、軍人ばっかりなのよね。……あなたの魔術って本当に私たちの者とは別物みたいね。ノーラが今までいたところが特殊なのかもしれないわね。ねぇ、ノーラ。今までの旅してきた街の話とか聞きたいわ。魔術がどうのとか関係なくね。私、あまりいろんなところに行けないのよ。護衛がどうだ、って感じで」
これでも魔術王の子孫なのよ、とどや顔で胸を張るアイラの顔にノーラは胸になにかいたずらをしてやろうかと湧き上がる気持ちを感じたが性に合わない、と頭を振ってその気持ちをやり過ごした。
アイラの話を聞く限りでは魔術とは言葉には力があるという思想から始まったものらしい。らしいというのはアイラの祖先である魔術王グレートカイナーンは様々な魔術についての呪文や体系をまとめるきっかけを作った人物だそうだが、魔術というものに対しては「始めに言葉ありき」という言葉を残すのみであったためにそれを聞いた人物たちは言葉には力が宿ると考えられているのだそうだ。
そんな話をしてはいたがそこは年若い娘たちが集まっているのである。魔術についての小難しい話をするよりもいつの間にかノーラの旅話へと話はシフトしていった。
「へぇ~、そんな国もあるんだ。森の形にもいろいろあるのねぇ」
魔術についての話を聞いた後、話題は私がこれまで旅してきた国についての話となった。とはいっても、私達は見知らぬ土地へいきなり飛ばされたために自分たちが今まで行ったことのある国についてしかしゃべることが出来ないから、国の名前とかはぼかすしかなかったけど。
さっきまで話していたのはノヴァークという国の話だ。国の大部分を深い森林におおわれていて、聖地とか、神獣が住まう国とか言われてる。私が行ったのは一回だけだけど、とても平和な国だったことを憶えている。
「そう。姉さんと兄さんとの三人で」
私たちが傭兵ということは伏せている。特に明かす必要はないと思うしね。こんな年端もいかない少女が戦争に出ていたってアイラに教えるのも嫌だし。
「旅をしながら便利屋みたいなことをして日雇いの仕事とかを色々とやってたの。荒事に巻き込まれることも多かったから、あの騎士はそのためにあるの」
「へぇ、そういう人たちもいるのね。話には聞いたことがあるけど実際にそういう事をしている人に会ったのは初めてだわ」
若干興味のこもった眼差しを向けるアイラ。貴族でありながら、屋敷を一人抜け出している彼女からしたら羨ましい生活なのかもしれない。そのせいなのか、その言葉にはほんの少しだけさびしがるような響きがあった。
誰にともせず部屋に軽い沈黙が落ちた。
「お嬢様~。追加のお茶とお菓子ですよ~」
入る頃合いを見ていたのか室内の沈黙を破りつつセレスさんが中身のないカップとお皿を下げ、新しいお茶とお菓子を出した。途端、紅茶の芳しい香りが部屋に再度充満する。
「これおいしいね」
「そうばくばくと食べられると、私達の分がなくなるのだけど」
「こんなにおいしいお菓子食べられる機会なんてあんまりないんだからいいじゃん。どうせアイラはいつでも食べられるんだしさ」
花より団子とばかりに新しいお菓子に真っ先に手を付けたウェンディをたしなめるアイラ。頬をぷっくりと膨らませながら抗議するウェンディの手は止まらずに菓子へとのびている。
「んもう。立派なレディになれる日はいつ来るのかしらねウェンディは」
「いいもん。私レディになれなくても」
「ぶうたれないの」
「ぶう」
「こらっ!!」
笑い声と綺麗な茶菓子と琥珀色の紅茶の香りであふれかえる室内で彼女たちの楽しい時間は日が落ちる時間の頃まで続けられた。
ひとしきり三人で楽しんだ後、日が落ちかけてきたところで解散となった。
馬車で酒場まで送ってあげる、とアイラが言ってくれたのでありがたくご厚意に甘えることにした。出会ってまだ一日もたっていないのにここまで話が弾んでしまったのは私たちの気が合ったからなのかもしれない。
「また、来てくださいね」
「ん」
「今度はもっとたくさんお菓子用意してよね!!」
「ほんと、ずうずうしいわねあなた……」
「どうせ、金持ちなんだから。これくらいどうってことないでしょ」
「うん。まぁ、そうなんだけど」
馬車が寂れた酒場の前まで着き、私は石畳の上に足を下ろした。ウェンディもここで降りるらしく、ここから帰るの、と言って私と一緒に馬車から降りた。屋敷の中の煌びやかで甘ったるい雰囲気と違って外の空気は埃っぽさを含みながらも澄んでいる。長く同じ姿勢を取り続けていたせいか、地面に向けて足を延ばした瞬間、ぽきぽきと小気味よい音がした。私、体固いのかな……。
「じゃあ、また今度」
「またね~アイラおねえちゃん」
「こちらこそ、楽しかったわ。……今日は助けてくれて本当にありがとう」
別れの挨拶。最後の部分でアイラが顔を寄せて、こそっと呟いた。言い終わった瞬間ぱっと顔を離し、にこやかにほほ笑んだ。その顔が本当に楽しそうだったのもあって、つられて顔が緩んだ。
そのまま、馬車が行ってしまうのを見送った後。またね、と言ってウェンディが大通りに向けて走り去っていく。そちらのほうに自分の拠点があるのだろう。走り去っていく彼女の後姿を見ながら今日は楽しかったな、と一人考えるノーラであった。