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 アイラの自宅はとても大きなお屋敷でした。

 ええ、それはそれは立派な建物でした。アイラ曰く「別荘」だそうで。こんな別荘を持っているなんて彼女の家はいったいどれほどの名家なのでしょうか。そもそも、貴族と言っても別荘を持っている人たちなんてほとんどいません。一握りの、それも名家の貴族ぐらいしか別荘なんて持ちません。大抵は自領に篭りっきりになるのが、殆どですからね。 

 こんな名家のお嬢様が護衛も無しで歩き回るなんて普通ありえないことだけれど、おそらくは何度も一人で抜け出していたのだろう。さっきのごろつきたちに絡まれていた理由も、お屋敷にいても退屈だから抜け出して出会ったウェンディと一緒に遊ぼうとしたら、運悪く絡まれたという事らしい。……どんなお嬢様だ。

 彼女のお屋敷まで戻るその足取りには迷いがなく、いっそ堂々とした足取りで歩いている。……これは着いてからひと悶着ありそうな予感がする。

 「アイラさん。あの……」

 「アイラでいいわよ。他人行儀に呼ばれるのは嫌よ。あなた何歳?」

 「……13。」

 「そう、私は14よ。つまり私のほうが年上になるわね。アイラでいいわよ。それで何?」

 「……アイラ。さっきは何であんな場所に?」

 「え!?ああ、そうよね。言わないとダメよね……」

 アイラはどこかばつが悪そうに視線を逸らす。

 「アイラおねえちゃんはわたしにお勉強を受けさせようとするのよ!!」

 お勉強?教えるのはアイラよね?……貴族が教師?聞いたことなんてない。そんな物好きはそう居るものじゃない。特に孤児に勉強を教えようなんて貴族はめったにいない。

 ウェンディの言葉に驚いた私は思わずアイラの顔を見る。

 「ち、違うわよ。これはついでよ!!そう、私今学校がお休みで暇だからやってるのよ!!」

 「………そう」

 ほんとだもん。アイラにすごい勢いで捲し立てられ、ノーラは少し気圧されながらこくこくと頷く。彼女は自分はどちらかというと控え目な性分をしていると思っており、事実そうではあったが、アイラのように押しが強いとそれに流されてしまうという欠点があった。


 彼女らがそんな風にワイワイと賑やかにしていると。

 「お嬢様ぁ~!!どこに行っていたんですか~!?」

 「セレス!!」

 目の前にそびえるお屋敷から一人のメイド服を着た女性が此方に向かって走ってくるのが見えた。

 その女性はその小動物めいた顔に心配そうな表情を張り付けながらアイラへと駆け寄った。

 「もう、お嬢様ったら~いつもいつも言っているじゃないですか!!勝手にお屋敷を抜け出して町に出ないでくださいと。ただでさえドクトル家の人間は目立つと言われているのに。お一人で出かけるなんてそんな危険なことをするなんて……。」

 「もう、セレスは大げさだなぁ。私だって魔法が使えるし、ソン所そこらの子悪党なんかには負けないよ」

 そういいながら、私たちに向かってしきりにアイコンタクトをしてくる。おそらく、路地で男たちに絡まれていたことをセレスさんに内緒にしてほしいのだろう。

 アイラからのアイコンタクトをそういう意味だと受け取った私はセレスさんに分らない様に軽く頷いた。

 「当たり前です。ドクトル家は由緒正しい旧家と言われる家系なのですよ。もうすこし、大人しくして頂かないと、アベル様に叱られてしまいますよ。落ち着きのないレディだ、と」

 「もうお兄様は関係ないでしょう。本当に過保護なんだから……」

 「当たり前です」

 セレスさんに怒られて頬を膨れさせるアイラ。話を聞いている感じだと、町に一人でいることは良くあるみたいだ。アイラは俗にいう「じゃじゃ馬娘」と呼ばれる女の子なのではないだろうか。兄が居る様だけれどアイラがいつもこのような感じだとすれば、かなり手を焼いているのだろうな、とまだ見ぬアイラの兄とやらに同情をしてしまうノーラであった。勿論、その兄もアイラと家族である以上似たような性格である可能性は否めなかったが。

 「もう、こんなに服を汚して……。あら、ウェンディちゃんと……初めてお会いしますね。私はセレスティーナと申します。ここドクトル家で侍女をさせて頂いております。どうか、セレスとお呼びください」

 そう言うと、さっきまでのやり取りなどなかったのように柔和な顔を引き締めてをお背中をピシリと正してお辞儀をするセレスさん。どこか幼く頼りなさげな顔つきをしているけれど、顔を引き締めて挨拶をするセイラさんの雰囲気はその身に違和感なく纏っている。

 「初めまして、ノーラです」

 「ノーラは私の友達よ。私がお屋敷に招待したの」

 「お嬢様のお友達でございますか。それは失礼いたしました。ささ、お嬢様。中へお入りください。勿論お二方も一緒に」

 「ありがとうございます」

  御呼ばれです。断る道理もありませんし、こんなお屋敷に足を踏み入れる機会なんてそうそうありません。ここはお言葉に甘えさせてもらいます。いろいろと聞きたいこともありますし。


  琥珀色の液体がなみなみと入ったカップを持つと、すっと胸がすくような香りがする。バスケットに入った色とりどりのお菓子たちはどれも高級そうな物ばかりで、手を付けることすらためらわれる。貧乏性ですね。

 外から見るだけでは豪奢な雰囲気など一切感じられなかったお屋敷でしたが中に入れさせてもらってアラびっくり。煌びやかな装飾にあふれた館内の様子に終始圧倒されっぱなしで、ある意味天上の身分の方の屋敷に来ているというのにまわりをきょろきょろと見渡してしまった。

 先ほどまで屋敷を抜け出していたアイラを探してバタバタとしていたはずなのに私たちが屋敷に入った時には何事もなかったかのように使用人の方たちに迎え入れられ、流石貴族のお屋敷と思ってしまったのは無理からぬ話だと思う。その割にアイラは貴族っぽくない気がするが。

 あの後、服が汚いわというアイラの言もあってかお風呂に入れさせてもらうことが出来た。おかげで埃まみれの体をすっきりさせることが出来て満足だ。着替えはお屋敷にある服を貸してもらうことが出来た。今度洗って返そうと思う。また、ここに来る口実にもなるしね。

 「わが一族の祖はこの国一番の魔道士とも呼ばれ、神に近い存在と呼ばれたのよ。それもあって、代々王家に使える筆頭魔道士の地位を与えられることが多かったの。だから、私の家は王家の血も混ざってたりするくらい歴史のある家系なのよ。すごいでしょう。」

 「その割に貴族らしい振る舞いを一切見せないアイラおねえちゃんはどうなんだって話だよね。さすがに言葉遣いぐらいしか貴族の要素が見えないのはどうかと思う。私が初めてであったときとか男の子と殴り合いのけんかしてたよね。」

 「そ、それはあの者たちがそのようなことをされても仕方がないことをしていたからよ!!私は悪くないわ!!」

 「相手の子の顔がぼこぼこになってたけどね。」

 なかなかに行動的なお嬢様のようだ。……お嬢様?私の知ってるお嬢様ってのはもうちょっと頭の中がお花畑の印象だったんだけれど。これは私の偏見?貴族というものにはいい思い出がないから少しばかり品の無い表現になってしまった。

 どちらにしろ、アイラは貴族の中でも変わった性格の令嬢だろうと思う。普通、女の子が殴り合いの喧嘩なんかしないよ。ましてや男の子相手に。……ああ、姉さんならするか。どちらかというと肉体派だし。

 話を聞いてビックリしたのだが、彼女の家柄はなんと「公爵」様だそうだ。王族の一歩手前だよ。王家の血が入っているのも当たり前だ。……なぐり合う令嬢がいる公爵家なんて聞いたことはないけど。アイラの武勇伝(ウェンディ調べ)を聞く限りだと、さっきのやつ助けなくても自力で何とかしてたのではとも思える。実際はかなり年上の男たちに絡まれてて何もできなかったらしいけれど。本人曰く、本当だったらあんな奴ら余裕だもん!!だそうだ。それってどうなの?

 「そう言えば、ノーラおねえちゃん。さっきの騎士様はなんなの?魔法なの?もう一回見せてほしいな?」

 「そうよ、ノーラ。あんな魔法聞いたことないわよ。私も見たいわ!」

 「ええ、と。そんな人に見せるようなものじゃないんだけど……」

 嘘だ、と私は内面で一人語散る。

 兄さん曰く騎士に組み込まれている機構自体は再現可能と言っていたけど、私の持っている人形たちのように動かす事は出来ないらしい。どうも人形たちを自立稼働させている陣の構成がブラックボックス?らしくて理解できない部分が多いらしい。父の作った作品はそう言ったことが多いらしい。私の持つ「絵本」については全てではないが一部なら解明したと兄さんが誇らしげに言っていたことがある。その顔に浮かぶ執念には私も恐怖を覚えたものだけれど。さすがは私の父さんが作った魔道具、というべきなのだろうか。

 私の持っている魔道具は私とその血縁にしか稼働できない様になっているらしいのだが、その貴重性、利便性故にあまり、公にしたいものではない。特に権力者のような業突く張り達にはあまり見せたくないのだけれど。アイラならいいかな。貴族っぽくないし。

 「ちょっとだけなら」

 「いいの」

 そんなに目を爛々と光らせる必要はないと思います。アイラのこの好奇心?は彼女の祖である大魔道士の血がなせるものなのかな。

 そんなことを思いつつ私は「絵本」に掛けられている錠前に鍵を差し込みページを開いていく。目的のページが見つかればそのページの陣に魔力を流し込むとノーラの周囲がボウ、と白く光る。おお、とおののく二人をよそに白い光の中からぼんやりと人型の物体が姿を現し始めた。光が収まるとそこにはノーラとその傍にたたずむ鋼の鎧を着こんだ騎士が一体立っていた。

 「おお~すごいなぁ。これどうなってんの?」

 ウェンディがペタペタと騎士を触るが、騎士はピクリとも動かない。

 「うぇ?動かないけどどうしたのさ」

 「今は動く必要がないから。待機状態」

 「待機状態?」

 「危険を察知するまで動かない」

 この騎士はある程度の自立行動が可能となっており、周囲の状況に応じた行動が可能となっている。周囲で魔力の発生を感知するか、武具の使用が認められたとき自動で判断して攻撃を加えるようになっている。「絵本」を用いれば行動を指示することもできるが、騎士に自立行動が備わっているのは「絵本」の所有者の負担を減らすためである。いちいち指示すると手間がかかってしょうがないし。

 ちなみにこの騎士は“マルタの騎士”というシリーズで「絵本」に内蔵されている。ほかにも“マルタの騎士”にはいくつかの種類の人形があって一つ一つごとに性能も違うのだけど、この騎士の人形が一番使いやすくて便利だ。ほかにも“人ならざる者へ捧げる永遠”などのシリーズがある。シリーズごとに分かれている理由は区別がしやすいように、だそうだ。別に名前に凝らなくても、と思ったけどこれらの由来は御伽噺とかからとっているから名前もそれに沿っているらしい。ページ的にもまとまっていたほうが楽だからいいけどね。

 「これどういう魔術で動いてるのかしら?詠唱もしていないようだし、どうやっているのかしら。神言法?いいえ、あれでも一言はいるのよね。う~ん。」

 何かを思案するようにぶつぶつ呟くアイラ。興味津々なのはわかるけど傍から見ていて不気味に見えて怖い。

 「アイラおねえちゃん怖い~。」

 ウェンディにまで言われる始末である。本当に貴族っていう感じがしないなこの人。私の中の貴族観がおかしいだけなのかなぁ。

 「怖くないわよ。ねぇ、ノーラ。これどうやって動くの?さっきは良く見れなかったから見せてほしいのだけど」

 「いいけど。」

 とは言っても、さっきの男たちに襲いかかったときは自立行動だったから、今は私が直接指示する必要がある。

 一つのページを開けば呼び出すための陣と指示を出す陣が一緒に開けるのは便利だ。これは本の体裁を取っているから出来ることである。

 私は絵本に手を添えて撫でるように魔力を注ぐ。すると、騎士は腰につり下げた剣を抜き、地面に対して垂直になる様に目の前で構えた。

 「おお~」

 さっき人形が動いたときより、余裕があるのか目を見張りながら騎士を眺める二人。相も変わらずアイラはぶつぶつ言っているけど。

 「これ、本当にどうやって動かしているの?詩も無しに魔法が使えるなんて聞いたこともないんだけど。それとも神言法にはこういった発声法でもあるの?」

 「え?」

 「?」

 話が見えてこない。というか、アイラの言っていることが全く分からない。詩?神言?なんですかそれ?

 「何それ?」

 「ええ、と。本当に分らないのかしら。自分が何をしているのか」

 呆れたように話すアイラの言葉に申し訳なく思えてくる。原理については説明はできないこともないのだけど、この騎士の仕組みについては上手く説明が出来なさそうで困る。というか、私もあまり詳しくはないのだ。陣術というものは作るのには知識がいるけれど使うのには知識は必要ないからだ。

 「これは父が作ってくれたものだから……。私もよくは知らない。」

 「……これは絡繰り仕掛けという事なの?にしては魔力の流れが感じられるわよねぇ。魔法じゃないのかしら。」

 そうつぶやくアイラ。その眉には大きなしわが寄っている。ぶつぶつと呟いているのは変わらないのもあってか美少女なのに不気味な感じがする。……これが侯爵令嬢?

 「ねぇ、ノーラ。この魔道人形を出したときの詩ってどのようなものなの?」

 「詩?」

 「詩よ。魔術を使うなら詩がいるでしょ」

 「?ないよ。」

 「無いの!?」

 そんなものは初耳だ。陣術は魔力を流し込めば起動する受動的なもの。私にはアイラが何を言っているのかわからずただ困惑するしかなかった。

 そんな私を見かねたのか彼女は嘆息した。

 「よほど、遠くから来たのかしら。まさか、別系統の魔術が存在するなんてね。伝説かなんかでしか聞いたことがないわよそんな魔術」

 アイラの言葉がよく分からない。別系統?そんなこと聞いたこともない。……もしかして、私たちは海を超えるなんてものじゃない距離をとばされたのかもしれない。理由は全く分からないけど。

 「魔術っていうのはねこうやって使うのよ」

 そう誇らしげに笑うアイラの顔は路地であったときのくしゃくしゃの顔ではなく、自信があふれた素敵な表情をしていた。

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