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これから私は亀になると思います。

間を開けないようにはしたいと思っていますが、気長にお待ちください。

 そこにいた女性は私と同じくらいか少し年上といったところだろうか。控え目ながらも装飾が細部に施された服はとてもスラムの住民とは思えない。その瞳は潤み、涙を堪えているのが遠目にもはっきりと見えているがその眼はスラムの住民特有の何かを諦め切ったような影は浮かんでおらずその娘は気が強いのがわかる。

 どう見ても上流階級の人間である。この地に流れてきたばかりの私でもわかる。彼女はこんなところにいる人間ではないことは確かだ。だが、何故高貴な身分であるはずの少女がこのようなところで下卑た眼差しを放つ男どもに絡まれているのか、その理由はまるで分らない。もっとも、その訳を考える時間と余裕はノーラには無かったが。

 

 「おねえちゃん!!」

 子どもが叫ぶ。男たちの数は4人。不意に響いたその声に男たちはこちらを見た。こちらのねめつける様な視線が私たちを這い回る。少女を囲んでいる男たちの一人がこちらに近づいてくる。

 「嬢ちゃんたちよぉ。運が悪かったんじゃねぇか?一緒に可愛がってやるぜぇ?」

 下卑た声で笑いながら近づいてくる男。その目にはありとあらゆる負の感情が詰まっているようだった。

 男たちがこちらに向かってくる前に私は手に持った「絵本」のページを急いでめくる。

 見つけた……。

 魔道具を動か仰々しい呪文や動きはいらない。必要なのは魔力だけ。

 私は転送陣が書かれたページを開くとそこに描かれている陣に手を置き魔力を流し込んだ。その瞬間、私の周囲が淡く光った。「絵本」に記されている空間転送の陣の効果が適用され、陣に収納されている私の武器たちが現出する。

 淡く光る地面からニ体の甲冑が現れた。

 その大きさは約二メルトル程度であり、その厳つい兜の奥には闇が広がり、中には誰も入っていないことがわかる。それらの腰には幅広の騎士剣がつり下げられている。

 甲冑たちは私の魔道具であり、彼らの母体である「絵本」を操る私の指示通りに動く。

 そう、彼らは私の剣であり、私を守る騎士でもある。

 甲冑たちは腰に差している剣を鞘からほぼ同時に抜刀し、男たちに剣の切っ先を向けた。

 「な、なんだよこいつらはぁ!?」

 甲冑たちに気付いたのだろう。こちらに向かってきていた男だけでなく少女に群がっていた男たちもこちらに向き直った。

 だが、彼らがこちらを向き直りきる前に一体の騎士が私たちに近づいていた哀れな獲物に飛び掛かった。

 騎士は抜刀した剣を下から地面を擦る様にすくい上げ、刃の部分ではなく柄頭で相手の顎を打ち抜いた。おそらく、顎の骨を砕いたのだろうか、鈍い音を響かせて男が背中から地面に倒れた。

 男をちらと見ると白目をむいて口から泡を吹いている。殺してもよかったが、町中での面倒は避けたかったし、そんなことで姉さんたちが職を失うなんて嫌だから殺さずに無力化するにとどめた。

 ……下手すると殺すよりも悲惨なことになったかもしれないけどそれについては何も考えないことにする。

 大の男が一撃でやられたからか、それとも騎士に怖気づいたのか、男たちは倒れた仲間を見て、カタカタと震えだした。……ある意味情けない。

 「消えろ。」

 そう私が一言言い放つと蒼ざめた顔で何も言えなくなっている彼らは倒れた仲間を引きずりながら逃げて行った。それを見届けた私は「絵本」へと騎士を戻し、鍵を閉めてポシェットに戻した。

 「へぁ……怖かった」

 男達が消えて緊張が解けたのか、へなへなと崩れ落ちる少女。その顔は恐怖に歪んでいるわけではないのがその少女の芯の強さを表しているようだった。

 「大丈夫!?おねえちゃん!!」

 子どもが駆け寄り、少女を抱き起す。少女はその子の顔を見るとちょっと困ったようなそんな笑顔を浮かべた。私はちょっとだけびっくりした。おそらく浮浪児と思われる子どもに躊躇なく触れることが出来る上流階級の者などあまりいないからだ。

 「大丈夫ですか?私はノーラ。あなたは?」

 「助けてくださってありがとうございます。私の名前はアイラ。アイラ・ノース・ドクトルです」

 そういって手を差し伸べてくるアイラ。握手だろうか?

 私はアイラの手を取り、彼女を立ち上がらせた。彼女の目線が私と同じ位置に来た。……同じぐらいの背丈か。

 「助けてくれたことには感謝するけど……。今、何か失礼なこと考えてるわよね?」

 いえいえ。案外小さい人なんだなぁとか、考えてませんよ。そうですよ、そうなら私はどうなるっていうのですか。……考えないことにしよう。

 立ち上がらせた彼女の顔をまじまじと見る。綺麗な人だなぁ。ちょっと釣り目だけど、全体的にパーツが整ってる。特に目を引くのはその髪の色だ。こんなに濃い紫色の髪の毛なんて見たことない。なんだろう、貴族の人とかと同じような感じ。やっぱりそういう身分の人かな?

 「助けてくれて本当にありがとう。ちょっと油断しちゃって……いつもならあんなのに絡まれるようなヘマしないんだけど。ううん、言い訳なし!!本当にありがとう!!」

 「この子があなたのことを助けてって、とても慌てていたのですよ。お礼を言うならこの子にお願いします。」

 と、アイラの服の裾を掴んでくっついている子どもに目を向ける。そういえば、この子はなんていう名前なのでしょう?

 「ウェンディ、ありがとうね」

 「うん、おねえちゃん」

 「なんと、ウェンディちゃんは女の子でしたか」

 あらびっくりです。この年代の子どもは性別が分かりにくいところがあります。この子のように痩せているとなおさら。

 「うん、そうだよ。おねえちゃんも助けてくれてありがとう!!」

 「どういたしまして」

 お礼を言われるのはとても嬉しいものです。

 「ねぇ、ノーラさんだっけ?さっきの騎士は何?地面から浮かんできたみたいだけど。あれってもしかして魔法なの!?」

 「そうそう、あいつらを一撃でドカーンなんてすごいよね!!」

 「すごかったわよねぇ。大の男が泡吹いて倒れちゃうなんて……」

 「う、うぇえ!?」

 すごく食いつかれました。この子を助けるためとはいえ「絵本」を使うのは拙かったのでしょうか?兄さんも言っていましたけど、この国では陣を未だに一度も見ていないんですよね。もしかして、秘匿されている技術だった場合には私たちはこの国から夜逃げしなくてはならないのですが、それは勘弁です。

 「ほんと、すごいね、魔法が使えるなんて。おねえちゃんと一緒じゃん!!」

 「?」

 首をかしげる。おねえちゃんと一緒ということは……。この場合のおねえちゃんはおそらく……アイラのことですか?

 「私なんて全然まだまだよ。ノーラさんと違ってあいつらを追い払うこともできなかったしね……」

 「っ!?アイラさんは魔法が使えるのですか?」

 魔法が使えるとはどういったことだろう?魔道具も何も陣に魔力を流せば効果を発揮するだけの代物です。そりゃあ、確かに慣れとか一定の技術が必要なものもありますが、それを差し引いても使う使えないといった問題は出てきません。……アイラさんが魔道技師なら別ですが。魔道技師はアイラさんみたいな若い人がなれるほど浅い学問ではないと兄さんから聞いているけれど……その兄さんも20歳だったな。

 「アイラさんは魔道技師なのですか?」

 「まどう?なにそれ?」

 「?」

 話が通じているのかわからない態度ですね。もしかしたら、この国では魔道技師という呼び方ではないのかもしれません。ともかく、話を聞いてみないことには……。

 「あの……」

 「まぁ、いいや。じゃあノーラさん!!私の家に来ない?お礼もしたいしさ」

 聞きそびれてしまいました。まぁ、家に御呼ばれさせてくれるのならば、そこで聞いてみるというのが一番手っ取り早いでしょう。どうせ、この後何をするかも決めていませんし。

 「いいですよ」

 「やたっ!!じゃあ、ウェンディ、あんたも来なさい。あんたそろそろお風呂入らないと臭いわよ」

 「臭くないもん!!レディにそんなこと言うなんて最低!!」

 「それを言うならあんたももうちょっと現状を変える努力をしなさい!!もう、いいからくるの!!わかった!?お風呂入るわよ!!」

 「うう……レディに臭いって……」

 「あとで勉強も見てあげるから。とりあえずさっさとここから逃げるわよ」

 「うう……」

 言うなり、アイラは二人の手を掴んでずんずんと歩き出した。その様はさっきまで男たちに怯えていた少女の色は見えず、実に堂々としたものであり、それを見たノーラとウェンディは顔を見合わせるとアイラにばれない様にクスクスと笑った。

 「……なんか、失礼なこと考えてない?」

 「何の事でしょうか?」

 「……わざとらしい」

 アイラさんってなんか変わってる。


 そんなことを考えていることはおくびにも出さずノーラはアイラに連れられて彼女の自宅へと向かうことになった。


 「そういやさ、アイラおねぇちゃん。いつもの人たちはどうしたのさ?」

 「撒いたわよ。私が今頃どこにいるのか探し回ってるわねきっと。」

 「そんなことしてるから襲われるんじゃんか……」

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