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 酒屋で働き始めて2週間が経った。

 アーシア辺りはとっくに馴染んで「酒と料理運んで酔っ払いをぶん殴ればお金になるって素敵な商売よね!!」と言っている。ノーラもなんだかんだで店の看板娘になっている。結構な人気でそろそろノーラの給金も請求しようかと思っている。そして、僕は……。まぁ、普通です。皿洗いとかの雑用をやっているだけだから店の表には出ないので影が薄いのです。

 そんな日々が過ぎて2週間。店が開いていない時間帯に僕らは女将さんが貸してくれた部屋に集まっていた。

 「ねぇ、あたし思うんだけど……。この国って魔法がないのかな」

 さっそく疑問を呈するアーシア。その疑問を受けて僕とノーラは黙り込んでしまう。

 そう、魔法だ。この町で魔法をまだ、一度も見ていない。

 「厨房で料理してるとこ見た?火を使って料理してたよ。火の陣は使わないで」と、アーシア。それに僕も頷く。

 「僕も見てたけど火を使ってたよね。陣を売ってないのかな?」

 この町に来て2週間、さすがに町(この町の名前はルスランというらしい)の主要なところは見た。そのどこにも陣を扱っている店はなかった。おかげで道具も手に入らないので少し困っている。

 陣は魔法を使うために必要なものだ。というか、魔法そのものと言ってもいい。例えば、金属などにつけられた魔力経路に魔力が通ることでその経路の形にあった現象が引き起こされるのだ。

 魔力経路が作られていればその陣に応じた効果をもたらすのだけれど、経路の組み方は少し複雑で結構専門の知識がいるのだ。でも、一度組んでしまえば複雑な陣でない限り、誰にでも複製ができるし、大量生産も可能だ。もっともそれをするためには結構な設備がいるんだけど……。ともかく、その陣がこの町では全く売っていない。あまり信じられないことだけれどこの国では陣についての技術が普及していないのかもしれないけれど……。この手の技術を囲い込んでいる国ならありうることことではある。もしかしたら、この国の首都(これも国と同じくセントルイスというらしい。)になら売っているのかもしれない。でも、それを確認するには結構な手間と時間がかかりそうだ。すぐに確認できそうではない。

 「普通火の陣ぐらいなら一家に一つぐらいあるのにねぇ。どういう事かしらね?ほんとってどこなのかしらね。酒場に来た人たちからいろいろ聞くけれど……。聞けば聞くほどわからなくなってくるわ……」

 「僕にも全くわからないよ、周辺国の名前も聞いたことがない国名ばかりだし……。どうにも変だよね、これ。まったく別の世界に来た気分だよ」

 二週間の滞在によってこのセントルイスという国についてもこの二週間でおぼろげながら色々とわかってきた。この国は王政だとか、王族のハイディ一族は美形ぞろいだとか、首都セントルイスはどれだけ大きいかなどのたわいもない範囲でだが。又聞きの状態で集まる情報なんてこんなものだ。ただ、この国の技術レベルは僕たちが周ってきた国と比べても低いことが分かっていた。具体的には100年程度。僕は歴史に詳しいというわけではないけれど技術史には詳しいのだ。その尺度で言うならばこの国は技術力ではこれまでの国に劣っていることになる。そのことからこの国と僕らのいた国との地理的な配置が類推できる。予想の段階ではあるが、ここは僕たちのいた国より遥かに遠くに存在する国のようだった。程度として言うならば海一つ越えていそうなレベルの話だ。僕達の知っている範囲では海の向こうに行った者たちはあまり居ない為に海の向こう側には何があるのかは全く知られていなかったのだけれど、この国はもしかしたらそういった国のどれかに該当しているのかもしれない。ただ、疑問があるとすればそんな土地になぜ僕達がいるのかということだ。……はっきり言って何も分らない。転移の陣によるものかもしれないとアーシアは冗談みたいに言っていたが、そんなものは僕の知る限り存在しないし、理論すら空想の域を出ていないのだ。研究している者たちもいると聞くが、そういった人たちとは面識など一切ない。もしかしたら、もしかしたら、こっちのことを知っているのかもしれないがそんな可能性は考え出すとキリがないのだ。

 そんな事を三人で議論していると、なんだか不毛になってきた。そもそも情報がないのだ。

 「あー、もう面倒くさい。どうせ、私たちは流れ者みたいなものだったし!?どこにいても関係ないんじゃない!?」

 「ん……二人が居たらそれでいい」

 半ばやけ気味のいうアーシア。彼女はどちらかというと体を動かすのが好きなタイプであり、入り組んだ物事を考えるのをあまり好まない傾向がある。今回も話をしているうちにどうでも良くなった様だ。

 ノーラもアーシアと同じようにどうでも良くなってしまったらしく口を閉じてしまった。

 僕も頭が痛くなってきた。どうにも分らないことだらけで考えるのが億劫になってきた。それに、何か分かったとしても簡単に解決できる気がしない。

 勘弁してくれ。それが今の僕たちの気持ちだった。

 皆黙り込む。不安を感じてい無いと言ったら嘘になる。だが、心配しても仕方がないといた感じで、このことについて考えるのは保留となった。



 「ん……町の人ピリピリしてる」

 「なんか、3日前ぐらいからいきなりかな。兵士っぽい人が増えてる。絶対何かあるよ」

 ノーラとアーシアはこういった気配に鋭い。面倒事は起こりそうになった時にはすぐに気配を察知する。

 「そう言えば店に来た人たちが言ってたよね。隣の国が攻めてきそうだって」

 「そう言えば言ってたね。リンカンシャーだっけ?なんかいきなりだよねぇ。私たちが来たときは戦争なんておきませんよっていう雰囲気だったのにいきなりだよ。王様が代替わりしたんだっけ?」

 「うん。なんかその人はすごい軍と仲がいいんだって、軍人だった時期もあるんだってさ」

 隣の国、リンカンシャーとこの国セントルイスは長年争っていたらしい。隣国同士の仲が悪いのはあまり珍しくもないのだが、ここ数年はうまくやっていたらしい。なんでも、穏健派の王様がどちらにもいたおかげで停戦条約がスムーズに締結できたらしい。だが、今度のリンカンシャーの王様が問題らしい。前王の頃からやんちゃで有名だったらしいのだが、ひょんなことから軍に入りたいと言い出したらしく、前王を説き伏せて(認められるまでごね続けたらしい)軍に入隊。そのまま、軍の中枢にあと一歩のところまで近づいたらしい。なぜ、一歩手前なのかというと途中で前王が過労で倒れた時に無理やり軍から息子を出したらしい。

 そんな経緯があったからなのか、その新王は軍部と仲が良く、こちらの住民の話ではもしかしたら戦争が起こるのではないかというのがもっぱらの噂らしい。ただ、ここからが問題で実はこの国はリンカンシャーとの国境に比較的近い位置に存在しているらしい。そのため、リンカンシャーの軍が攻めてくるならばこの町は必ず襲われると言っていいだろう。

 「戦争……起きるのかな?」

 「さぁ、分らない。起きるかもしれないって考えとく程度じゃないかな」

 これは頭の痛い問題になりそうだ。なにせ、情報が少ない。元々この国に住んでいたわけでもない僕達ではこの国と隣国との付き合いを何一つ知っているわけでは無いのだ。こういった判断の付け難い時は最悪の可能性を考えて行動するのが吉だろう。だが、その場合どうするかが問題になる。

 「もし、戦争になったら……逃げるしかないかなぁ。勝てるかどうかわからないし」

 「ヘタレねぇって言いたいけど、逃げたほうが良いかもね今回は。ここ、結構な兵士が詰めてるみたいだけど数には限りがあるし、ここだけじゃ限界があるでしょ。ここに残る理由はないわ」

 「一応、近くには砦があるって聞いたけどそういう問題じゃないよな。ここ、周りが平原と川だから囲まれたら終わりだし。籠城だけは嫌だな。」

 この町の周りは城壁に囲まれ、その中央に川が通っている。まわりの地形はだだっ広い平原が続いており、一番近くの森までは歩きだと一晩かかる距離だ。この手の町によくあることだが、相手の数が多いと周りを囲まれてこちらは籠城以外出来ることがなくなる。そうなってしまうと援軍が来るまで耐えるだけのスタミナ勝負となる。籠城となると食糧制限が起こったりと何かと面倒なので出来れば遠慮したいというのが僕らの考えだった。

 「でも、お金どうするの?私たち、お金ないよ」

 思わずうっとなる。

 そう、お金だ。僕らは今現在無一文に近い状態なのだ。酒屋での仕事でいくらかのお金を持ってはいるものの、その額はあまり多いとは言えない。もし、この町から逃げるとするなら旅糧などが必要となるが、それを買うのにもお金がいるのだ。さらに付け加えて言うと、ここ以外の町への生き方を全く知らない。これはゆゆしき問題だ。いくら食料があっても迷子になってるうちに食糧が尽きる。死因「迷子」なんて笑い話にもならない。誰か地理に詳しい人が必要だ。

 そうなると…。

 「誰かについていくしかないね」

 商人か、旅人か。誰かほかの町への道に詳しい人に一緒に来てもらうのが一番簡単だろうと結論が出た。隣国に近いからかこの町の出入りは結構激しい。道案内の一人や二人、見つけるのにあまり苦労しないだろう、と思われた。

 とりあえずもう少し路銀を稼いで貯金を作っておこうということになった。


 

 

 「ねぇ、いつまでこの町にいることにするの?」

 そう聞くのはノーラだ。

 「う~ん。まぁ、あともうちょっとかな?あと少しお金稼いでからって言いたいけど酒屋の仕事だけじゃなぁ。悪いってわけじゃないけど。貯まるころには戦争はじまっちゃうかもね」

 なんて不謹慎なことを言ってみる。目標金額があいまいなのは現状が不安定だからだ。「本業」に戻ればすぐにお金が稼げるのが分かっているが、あまり乗り気になれなかった。こうなったらそのまま普通の生活をしてみたいなというのが本音である。自分では今更って感じもするけれど。どちらにしろ、このままここに居続けて戦争に巻き込まれるよりはマシかもしれない。もし戦争に巻き込まれたら……その時は腹をくくるしかない。

 「目標金額ねぇ……。最低でもミル金貨ニ枚分ぐらいかしら。日数換算で言うと……ニ週間ぐらい?」

 僕達の日給は二人合わせてミル銀貨六枚。ミル金貨一枚がだいたい銀貨四十枚程度の価値なのでニ週間で十分集まる額ではあった。無駄なものを買わないという制約付ではあるが……。まぁ、賄いもあるし一か月もすれば十分集まる金額だと思うけど。

 「ま、無駄遣いしなかったらすぐに貯まるわよ」

 「ん……無駄遣いしない」

 そうしているうちにお店の開店時間が近づいてきたようだ。

 お店の開店に備えて、アーシアは制服に着替えるために服を取り出し始め、僕はエプロンを持ちながら厨房のほうへと向かっていった。

 

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