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設定とは投げ捨てるもの
行動を起こすなら僕たちは一切迷わずに行動した。普段やっていることを普段通りこなしていくだけ。獣や賊の襲撃を察知できるように辺りを索敵しながら移動する。まず、広域探査をノーラにまかせ、接近してくる敵がいるならばアーシアが対応。そして僕のやることは……とくにありません、お荷物です。僕はそんなスキル持ってないんです。
そして、適当に歩いていた私たちの前にふさがる大きな門と扉。それに続く長い壁、壁、壁。着いた町はかなりの規模の城塞都市のようだ。僕らは今、その町の城門の前にいる。
「意外と近くに町があって助かったわね」
あれから一時間ほど適当に歩き続けると町の光が見えたのだ。これは幸運といってもいいと思う。しかもこの規模の町だ。この規模なら仕事や食事の調達に頭を悩ますこともないだろうし、何より僕らのようなよそ者は目立たない。
「ここはどこか。まずそれが聞きたいよね」
とは言っても今は真夜中。若干白み始めてはいるけれど起きている人なんてほとんどいない。事実、町の城門は固く閉ざされ中に入ることはできない。これでは場所を聞くのは完全に日が昇ってからとなるだろう。
「じゃあ、仕方ない。持ち物の確認と行こうか」 アーシアの提案で現在の持ち物を確認しておくことにした。
「ん。」と、ノーラが絵本に格納されているものを片っ端から出し始めた。
「っわわわわ!?全部はいいから!!貴重品だけ!!」 本当に全部出すつもりだったのか、鎧やらなんやらと、こんなところで出すと面倒を起こしそうなものが覗いていていたが、アーシアに注意されノーラは貴重品だけを出せるように絵本のページをめくり始めた。……まだ寝ぼけているな。
そうして、出てきたのはちょっとの硬貨。寝袋に発火陣器にノミやペインターや、特製の加工用レーザー、おまけに銅線が少しと僕の仕事道具たちがあった。……よかった、あって。無かったら僕は本格的に皆のお荷物になるところだったね。
「……あんた、そうやってノーラを荷物持ちにするのやめない?」
「悪いとは思ってるけどこれ全部運ぶのは効率が悪いんだよ」
「私は別にいいよ?」
ありがとう!!ノーラ。大好き!!
「………。」何さその顔は…。「別にいいわよ……」
そういう事もあったけど、とりあえず仕事道具を含めてお金もちょっとあるみたいだし何とかなるかなと思う。思うけど…。
「このお金ってさ、ここで使えるの?」 うん、どうなんだろうね。分かってたよ。ここが何処かも分らないのだからお金は使えるかは微妙なところだね。
「……気にしないほうがいいと思う。どうせ、そんなに無いし」とノーラ。手厳しい。暗に稼ぎが少ないと言われているようだ。
「そうよね。どうせ少ないし。足りなかったら稼げばいいって事よね」 とアーシア。
そうして、何とかなるさと問題を放り投げた僕たちは町の外で朝になるまで寝袋に入ることに決めたのだった。
そして朝。
開かれた門をくぐり、僕達は町の中へと入ることが出来た。この手の町に入るには審査が必要だったけれどいやに簡単だったのが、ちょっとだけ印象に残る。だって、ちょっと質問されただけですよ。あなたはスパイですか?って普通聞きますかね……?
そうして、問題なく町に入った僕達にちょっとしたトラブルが起きた。
お腹が減った、という二人を連れて食料品を売っていそうな店に入った僕達は普通にお金を出して食料を買おうとしたが、そこでひと悶着起きたのだ。
予想道理、硬貨が違ったのである。全く聞いたこともない貨幣。ミルというらしい貨幣がこの周辺国で使われている一般的な貨幣らしい。つまり、僕たちのお金は全く価値のない金屑だったのだ。まぁ、その場面は向こうも旅人がお金を間違えたのだろうということで問題は大きくならずに済んだのだ。
ただ、これによって決定的な事実が判明した。ここは僕達の知っているどこの国でもないと。
「どうしよっか?」 なんとなくそうじゃないか、と感じていた。この町の門の建築様式は全く見たことがないものだった。……別の国と知ってから見るとよく分かった事だが。でも、いやしかし……。まさか、名前すら知らない国とは。
「セントルイスって国、聞いたことないよ」
「ほんとよねぇ。この稼業始める前からも結構な国を回ってきたはずよ、私たち。でも、セントルイスなんて国は知らない……」 昨日までいたはずの国はセヴィリャという国だ。海沿いの国なのでその周りには1つしか国はないが、セントルイスなどという国は周辺国を探してもない。
「ま、いっか。どうせ、私たちは流れ者だし。働いて食べられるのなら文句はないって!!」 楽観的なアーシアだが、僕もその意見に賛同した。どうせ、気にしたところで僕たちは一か所に定住しているわけではないからだ。強いて、問題があるとすればそれはノーラだ。ノーラだけはあの場所に未練があるはず…?
「……別にいい」
僕の服の裾を掴みながらいうノーラ。特に問題はないようだ。でも彼女には……。
「アーシアもいるし……マリナスもいるから」
可愛いなぁ、もう!!
そんな感極まったような僕の顔を一瞬だけ見たノーラは直ぐに顔を逸らす。……うう。
「まぁ、何とかして仕事探さないとね」
そう言ったは良いが、何も当てがない。まぁ、今までもまともな仕事探しをしていたわけではないから、何とかなると思いたい。
「当座の小遣い稼ぎが必要だねぇ。幸い、言葉は通じるみたいだしさ。どっかのお店の手伝いとかやらさしてほしいねぇ」と、アーシア。
そう、楽天的にいうが彼女は家事が全くできない。自分の剣だって僕に整備させる。一回覚えてみたらって言うと「めんどくさいし、私としてはマリナスが触ってくれるほうが良い。楽だしね」と言われた。ひどい。
そんな感じなのでその手の仕事ができるのは僕とノーラの二人だけである。
「どっかに職業案内所みたいなの無いかなぁ。組合でもいいけど」仕事覚える気があまり無いのにそういう事言われてもね……。
どちらにしろこの国の事をほとんど知らない僕たちはどこか、情報が得られるところに行く必要がある。そう判断した僕たちは行くあてもなくふらふらと歩きだした。
幸運にもすぐに希望は見つかった。
アルバイトだ。それも賄い付き。酒屋のお手伝いだ。ちょうど、人手不足だったらしく三人全員とまではいかなかったが僕と(そしてなんと)アーシアがそこで働かさせてもらうことが決定した。
これは僥倖だった。賄い付きなら食費が抑えられる。ノーラもお店に居てもいいと言ってくれたため、今後の問題がほとんど片付いてしまった。本当に運が良い。ウェイトレスをやることになったアーシアは 日頃の行いが良いからよ、と言うがアーシアは基本的に家事はダメダメなのでこれからが心配だ。ちなみに僕は厨房で皿洗いだ。三人とも料理はあまり上手くないから妥当なところだろうと思う。
よくある居酒屋といった風情のちょっと怪しげな雰囲気が漂う店だが、お店の主人である女将さんは齢70を超える豪傑だ。いや、どっちかというと小柄なのだけれどその存在感が凄まじい。
顔が引き締まっていて猛禽類のようなのだ。でも、ノーラに笑いかけた時の顔は優しげで、良い人なのだと感じさせた。
「姉ちゃん!!こっちにも酒な!!」
大声が響く店内。呼ばれたアーシアが酒を持って客と応対する。夜中なんだけど、騒音にならないのかな?まぁ、ちょっと奥まった場所にあるし外まで響きにくいかな。
ここで働くことになってまだ、三日だけどなかなかに繁盛している店だと感じる。人の出入りも結構激しくいろいろな人が来る。……どっちかというとガラの悪そうな人が多いけれど。
「姉ちゃん、良いケツしてるねぇ!!こっち来て俺と一杯やろうぜ!!」
「もっと高い酒頼んでからならいいよ」
「つれねぇなぁ、姉ちゃんよぉ!!」
新しく入った若い娘に興味津々の男たちがアーシアにセクハラするも本人は気にしない風に流している。まぁ、仕事上よく絡まれたので慣れてはいるんだけど。
アーシアは僕から見ても結構美人だ。多分。茶色の髪を肩のあたりで切りそろえているのは仕事上髪が動きの邪魔にならないようにしているからだ。茶色がかった少し切れ長の瞳はいつも潤んでいる。あの目で見られると吸い込まれそうになるらしい。今まででも結構な人数に迫られてきた。……その度に相手をブッ飛ばすか、僕を盾にしてきたけど。
「あんた、手ぇ止まってるよ!!」
バシンッ!!痛いです。
女将さんの一喝とともに僕の腕に痛い一撃。
フロントのほうを眺めていたら皿洗いの手が止まっていた。女将さんに叩かれるのも当たり前である。
仕事の内容はアーシアは接客。僕は皿洗い。ノーラは…隅っこのほうで女将さんに作ってもらったご飯をつついている。ノーラは雇われているわけではないので仕事はない。なのに女将さんからここまで構われているのはノーラがまだ小さいからだろう。ノーラは13歳なのだ。
まだ幼い彼女にも酒場の連中はちらちらと視線を向けている。だが、ノーラにちょっかいをかける者はいない。いや、一回かけようとした奴が女将さんに雷を落とされてそれからぱったりだ。
ノーラは可愛い。そう、可愛いのだ。金色の髪がくすみなく伸びている様は将来すごい美人になることがわかるし、その顔はとても綺麗な顔立ちをしている。まぁ、彼女はまだ13歳だけど。将来は絶対に美人になる。そうなったら、僕はこの娘の結婚式に出ることになるのかなぁ。僕もアーシアもまだ20歳程度だし、ちょっと年寄り臭いかなぁ。でも、ノーラの結婚相手ってどんな奴だろう。いけ好かない奴だけは嫌だな。でも、ノーラの好みもあるしなぁ。というか、ノーラの好みって……。ああ、わからない。
「あんた、また手ぇ止まってるよ!!」
ヒィッ!?すいませんでした!!