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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
74/75

廃墟でのひととき

 雨の為か、身体が重い。いや怪我で血が抜けたからだろう。出血は止まって無いらしい。

背中の少女も先ほどから声を出さない。


「寒いのか?」

「は、はい。少し。勇者さんは大丈夫ですか? 怪我は――」

「自分の心配だけしてろ。俺は大丈夫だ」


 丁度その時、道の端に建物が見えた。明りはついていない。


「詰め所か」

「詰所の跡ですけどね」


 少女が言った通り、そこは何も無い廃屋であった。

おそらくは魔族の襲来により破棄された場所なのだろう。

壁は所々無くなり、室内には雑草が生えている。


「丁度いい。あそこで休むぞ」

「はい」


 少女もすぐに返事をした。

 廃屋の中は泥と埃で汚らしいが、道の上に座るよりは衛生的である。

壊れかけのベッドに彼女を座らせ、ヴァロードは息を付く。


「傷を見せてみろ」

「あっ、はい…………」


 ブーツを脱がせると、そこには血だまりが出来ていた。出血は思った以上に酷いらしい。


「痛みはあるか?」

「えっと、まあまあです」


 痛くないはずはない。雨で身体を濡らし、感覚が鈍っているのかもしれない。


「とりあえず、応急処置をしておく。何か道具は?」

「あっ…………全部馬車の中ですね」

「ちっ」

「ごめんなさい」


 少女はしょげてしまう。らしくない態度を取られ、ヴァロードはそれ以上責める気にもなれなかった。

 自分のバックパックから塗り薬と包帯を出し、洗った患部を治療する。これで出血は抑えられる筈だ。


「あの…………勇者さんも怪我しましたよね? 傷は大丈夫ですか?」

「ああ」


 確認もしていないのにヴァロードはそう言った。


「で、でも…………」

「大丈夫だ。勇者は頑丈なんだよ」


 口ではそう言うが、ヴァロードは顔に出さないように痛みを必死に抑えていた。

彼が持ち歩くのはいつも一人分だ。それをすべて彼女の治療で使ってしまったのだ。

応急処置もしない傷がどうなるかは分からない。もしかしたら出血で動けなくなることも考えられる。


(まあ、どうにかなるさ)


 理性的では無い選択をし続ける自分に呆れながらも、ヴァロードは気楽に考えるのだ。


「そうだ。勇者さん。火を起こしましょう。身体を温めなきゃ」

「そうだな」


 少女はそこにあった棒きれを杖にし、机から木の皮を剥ぎ、石造りの床に置く。


「えっと、発火剤とか、マッチは――――」

「あるぞ」

「えっ? 本当ですか?」


 ヴァロードは褐色瓶から、米粒ほどの小さな石を取り出し、木の皮の上へと置く。


「なんですか、それ?」

「とりあえず燃やすもの探しとけ」

「質問に答えてくださいよ。それはなんですか?」


 うるさい彼女に根負けし、ヴァロードは面倒くさそうに説明を開始した。


「これは魔洸石の一種で、まあ俗に言う暖炉石だ」


「ダンロイシ――――ああ、貴族の家などで薪の代わりに暖炉にあると言われる」

「そう。これを燃えやすい物の上に置いておけば――――」


 パチパチ――――


「おおっ! 火が着いた!」

「砕いた石は不安定になるからな。簡易的な火つけ道具になる」

「へえ…………って、早く燃やす物を探さないと!」


 彼女が壊れた椅子を投入すると、火は丁度いい大きさになった。


「暖かいなぁ。良しそれじゃあ――――」


 何を思ったのか、彼女はプレートを外し、そのまま衣服を脱ぎ始めた。


「おいおい。お前いきなり何を――――」

「いいんです! 濡れた服を着てたら風邪引いちゃいます」

「まあ、そうだが――」

「大丈夫です! 下着は脱ぎません!」


 なぜそこで張りきった声を出すのか分からないが、とりあえず安心だ。

全裸になどなられたら、目のやり場に困る。勇者とて大きく分ければ人間の一種だ。

性欲もあれば間違いも犯す。それはヴァロードも例外ではない。

とは言っても、この状況で迫られた所で応じる彼ではないが。


 宣言通り、彼女は下着になる。ふくよかではないが年頃の娘だ。それなりの色気はある。

ヴァロードは彼女を見ないように炎の中をじっと見ていた。

 考えるのはもう一人の勇者の事。


(一生会いたくない奴に逢ってしまったな…………)


 過去を振り返っても彼との思い出に良い出来事は無い。

むしろ記憶から消し去りたい物ばかりだ。


(奴がオリビアに気が付かなければいいのだが…………)

 そんな心配が頭を過ぎった。



「ねぇ、勇者さんも服脱いでくださいよ。風邪引きますって!」

「…………生まれてこの方、風邪など引いた事が無い。大丈夫だ」

「えーっ! そうなんですか! じゃ、じゃあ、日射病とか食中毒とかは?」

「無いな」

「じゃあ、虫歯とか、あと、えっと――――」

「勇者は基本。健康だ。覚えておけ」


 しつこく質問してくる少女を一蹴し、ヴァロードはまた炎の中を見た。


「なあ、俺から質問していいか?」

「は、はい。どうぞ!」


 改まって質問してきたヴァロードに少女は真剣な眼差しを送る。


「お前の名前はなんだ」

「へっ? 名前?」

「ああ…………自己紹介していないからな」

「あっ! そうですねぇ! 忘れていました! ああ私はシェラです。警備第七隊所属――――」

「そのぐらいでいい」

「むっ……もう少し自己紹介させてもらっても――というか、勇者さんも名前聞いてないですよ!」

「俺も教える必要があるのか?」


「当たり前です! 勇者さんが二人いるので、意地悪勇者とか、ぶっきら棒だけどホントは優しい勇者とか言い分けるのは面倒ですし」


「呼び方はともかく、それはそうだな。俺はヴァロードだ」

「おお! ヴァロードさんですか。改めてよろしくお願いします」

「ああ」


 シェラは自己紹介をしたことで仲良くなったとでも思ったのか、ヴァロードの隣へと移動してくる。


「ヴァロードさん。これからどうしますか?」

「そうだな…………これから歩いても夜前には街に着けないな」


 夜になれば魔族の活動も活発になる。もしこんな状況で襲われたら、それこそ全滅も免れない。


「雨も降っているし、ここで朝を待つが、いいか?」

「あっ。はい。私は大丈夫ですよ」


 シェラは少しホッとした様子でそう言った。内心かなり疲れが溜まっていたのだろう。

 返事を聞いたヴァロードは、軋む壁にもたり掛かり目を瞑る。


「ヴァロードさん。お昼寝ですか?」

「ああ。夜は見張りがいる。今のうちに寝ておく」

「えーっ! それじゃあ、私が暇ですよぉ」

「…………」

「ちょっと! もう寝ちゃったんですかぁ? ああ、もうっ」


 話相手を失ったシェラは床に腰かけ、何をやって暇を潰そうかと目論む。


「あっ! 丁度いいや。工作でもしようかな」


 独り言を言い、部屋には彼女の這う音と、何かをぶつける様な奇妙な音がする。

 少しうるさいが眠れない訳ではない。

何をしようとしているのか気になったが、ヴァロードは心を静め、瞑想状態に入る。

今は体力回復が優先なのだから。




 小一時間した頃、顔に近づく気配で目を開けた。


「うわっ! わわわわあっ!」


 目に映ったのは少女の顔のアップ。彼女は勢い良く後ずさりし、その頭を机の角にぶつけた。


「い、いきなり目を開けないで下さいよ! ビックリするじゃないですかぁ!」

「それは俺の台詞だ。何をしようとしていた」

「いえ、生きているのかなって…………ずっと動かないから心配したんですよ!」


 自分の心遣いを否定された様な気がしてシェラは不満げに声を上げる。


「それは悪かったな。それより、あれ。作ったのか?」


 ヴァロードは床に転がる用途の限られた物体を指す。


「はいっ! 材料が余り無くて、不格好ですけど」


 廃材とロープの切れ端を使った傘。その出来栄えは見事だ。手先が器用で無いと出来ない代物だろう。


「なかなか、しっかりしてるな。こんなのどこで習った?」

「えへへ。縄の縛り方などは実家で習いました」

「実家?」

「はいっ! 私の実家、農家なんですが、耕作だけだと収入が安定しないので副業として、色々な物を作っているんですよ」

「へぇ…………というか、農家出身のお嬢様が何故、兵役などしているんだ?」


 普通、農家の娘なら、農家を継ぎ、同じ農家と結婚し、家庭を作るのが一般的だ。男なら兵になることも多いが、女でというのは珍しい。


「そりゃ、兵隊さんは農家の十倍は儲かりますからね。それに税金もあまり無いですし」

「なるほどな。しかし、農家出身で女のお前が兵に雇われるとは、この国はそれほど人手不足なのか?」

「んー。良い噂は聞きませんね。他の国には行った事ないので比べられませんけど」


 片田舎の少女がこう思っているのだ。国への不信は全土に広がっていると思っても良いだろう。


「さてと、ヴァロードさんも起きた事ですし、お話でも――って、どこに行くんですか!」


 立ち上がり、扉を出ようとするヴァロードを慌てて引きとめるシェラ。


「体力も回復した事だし、少し森に入ってくる」

「だ、だめですよっ! 森なんて、危険です!」

「心配するな。深くは入らない。大丈夫だと思うが用心はしておけよ」

「うっ…………ちょっと、不安です」


 最初は森に入る勇者の事を気にかけた少女だが、それは同時に自分も一人になるということに気がつき、不安げな表情をとる。


「コイツを持ってろ。丸腰じゃ落ち着かないだろうからな」


 ヴァロードはベルトから剣を外すとそれを少女へと差し出す。


「そ、そんな、これって聖剣じゃないですかぁ! こんなもの恐れ多くて使えませんよ!」

「いいから持ってろ。無くすなよ」

「無くしはしませんけどぉ…………」


 それを受け取るかどうか悩むシェラ。自分が手を伸ばせば、目の前の勇者の武器は何も無くなる。

そんな恰好で森へと入ってもいいのか、と。


「わ、分かりました。お借りします! 代わりと言っちゃなんですが、コイツをお供させてください!」


 シェラは床に転がっていた傘をヴァロードへと手渡す。


「邪魔になったら捨ててもいいですから」


 受け取りを拒否されると思い、言葉を付け足したが、ヴァロードは快く傘を受け取ってくれた。


「借りてくぞ。すぐに戻る」

「はい。行ってらっしゃい」


 ヴァロードは彼女の言葉を聞き、雨の降る森へと足を運んだ。




「はぁ。まったく。ヴァロードさん、優しいなぁ…………噂と全然違うじゃん」


 彼が居ない部屋の中で、シェラはそう呟いた。任務を受けた直後はかなり気が乗らなかった。

なぜ、嫌われ者の臆病勇者と仕事を共にしなければいけないのかと。

しかし、今は言うまでも無い。シェラはヴァロードの不思議な魅力に惚れこんでしまっていた。


「ちょっとぐらい見てもいいよね……」


 シェラは鞘から剣を引き抜いた。


「うわ……軽い」


 剣にちょっと関わっただけの彼女でも、この聖剣の素晴らしさは一目で分かる。

刃は造りがしっかりしているというのに軽い。

何で出来ているのかはまったく予想できないが余程硬度の高い鉱石なのだろう。

 しかも、その白銀の刃には曇り一つない。覗くと自分の顔がハッキリと映るのだ。

これが先ほどまで魔族を斬ったものだとは思えない。


「ふう」


 剣を眺めるのに飽き、シェラは剣を鞘へと戻す。


「暇だし、ヴァロードさん、早く戻ってこないかな…………」


 壁に背を付け、彼女は目を瞑る。気を抜いたせいか、すぐに眠くなってしまった。



ヴァロードが小屋に戻ると、そこには誰の気配もない。まさか――――

急いで扉を開けた自分に呆れた。小屋の中に居る少女は静かに寝息を立てていた。

その胸には自分の愛剣が抱えられている。


なんとも愛らしい光景だが――――


「おい。起きろ!」


 額を小突き、シェラを起こす。


「ふわっ! て、敵襲!」

「何を勝手に慌てている」


 キョロキョロと辺りを見渡す少女の向かいにヴァロードは座る。


「あっ、ヴァロードさん。いつの間に」

「いつの間にじゃないだろ。お前、そんな格好で寝てたのか?」

「へっ? ヘックシュ…………」


 いつの間にか火は消えており、部屋の中の空気は冷えている。

そんな中で寝てしまった少女が風邪を引くのは当然の事である。


「服はもう乾いただろ。さっさと着ろ」

「あっ、はい。そうします」


 鼻を啜りながら、シェラはそう言った、


「まったく…………」


 能天気な少女が着替えている間に、ヴァロードは再び火を起こす。


「あっ、ヴァロードさん。それって森で採ってきたんですか」

「ああ」


 彼はバックから出した調合用のすり鉢で葉をすり潰していく。


「何を作るんですかぁ? もしかして、料理ですか?」

「残念ながら薬だ。腹が減ったなら、それを食え」


 それというのは木の実のことだ。拳ぐらいの大きさの固い殻を付けた実が三つ転がっている。


「おお。オオクルミなんて、久しぶりに食べます。じゃあ、さっそく」


 慣れた手つきで、シェラは石で殻を割る。中からはお馴染みの白色の実が出てくる。


「では、頂きます」


 手を合わせ、シェラはクルミへとかぶり付く。


「この独特の味。やっぱり美味しいです!」


 味は彼女の感想通り上等。しかもそれだけではない。

オオクルミは森では貴重なタンパク源を多く含んでいるのだ。

体力回復や傷の治癒には必須であることをヴァロードはよく知っていた。


「ふう。美味しいけど、ちょっともの足りないや――――あっ、別におかわりが欲しい訳じゃ」

「別に慌てなくてもいい。俺は一つでいいから」

「えーっ! ダメですよ! ヴァロードさん男の子ですし、私よりも食べないと」

「遠慮するな。俺は森の中で拾い食いしてきたから、大丈夫だ」

「あっ、そうですか。じゃあ――」


 本当は何も食べていないヴァロードだが、彼女に食べさせるための嘘は功を奏したようだ。

その証拠として、シェラは満足げにクルミを割り始めている。

それに見習い、ヴァロードも自分の分を食べるためにクルミを左手で握り、砕いた。


「えっ! ヴァロードさん! 今のどうやったんですか? 手品ですか?」


 自分の作業を止め、シェラはやたらと食いついてくる。


「何をしたって、握っただけだが」

「えええっ! 殻を割れるんですか!」

「ああ」

「へぇー。勇者って力持ちさんなんですね」

「まあな」


 ヴァロードは彼女の言葉を軽く流し、薬の調合を進める。

作っているのは簡単な軟膏だが、この程度の傷には効く筈だ。


 彼が薬を塗り終えた時にシェラはすでに寝息を立て、横たわっていた。

布団を掛けてあげたい所だが、生憎用意も代用品もない。

せめてでもと思い、ヴァロードは木材の残骸を使い、火を丁度良い大きさに保ってやった。

 自分は寝ないように注意しながら壁に背中をつけ、周りの気配を探るのだ。

無防備で寝ている彼女を守るためにも気を抜く事ができない。

街道にあれほどの魔物が出るのだから、更に強力な魔物が潜んでいる可能性もあるのだから。


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