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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
73/75

勇者再会


「はああああっ!」


 ヴァロードは襲いかかる獣を左手の剣で切り落とす。肩の傷、そして疲労感。

思うように剣閃が上がらない。しかし、ここで死ぬわけにはいかないのだ。


 彼の頭にあるのは何故か、今日、魔王の少女とした約束だった。


「こんな時なのに、呑気にも程があるぜっ!」


 心の声を出し、獣の牙を受けとめる。力負けし、バランスを崩す。

だが、諦めない。泥を跳ね上げ、剣を振るう。

 満身創痍でも十体の敵を倒した。だがその身体はそろそろ限界らしい。

斬っても斬っても相手は減らないのだ。


 一体のみでは勇者を討てないと考えたのか、親玉は一斉に突撃をするように命じたらしい。

一挙に七体の獣が威嚇を始める。


 この数を退けるのは無傷でも難しい。ましてやこの状況じゃ…………

だが、自然と身体は戦う準備をしている。こんな状況で楽しいと感じるのだ。

恐怖を微塵に感じさせない勇者の血に感謝したい。


 獣が飛んでくる。傷を負っても頭は冷静だ。一瞬で切り崩せる隙を見る。

 ダメだ――――攻撃のタイミングは同時。

一体を斬ってもその牙と爪は自分の身を引き裂くだろう。

攻撃を受ける前に全てを悟った彼だが、その目を閉じる事はしなかった。



 予想を越えた物事が起こる事がある。それを偶然と呼ぶ人もいる。

しかし、この状況で起こった事は偶然ではないだろう。おそらくは必然。


 風切り音の正体はすぐに分かった。聞きなれた音だ。

だが、同時に同じ軌道にこれだけの音が乗るのは珍しい。さぞかし有能な弓の使い手なのだろう。


 目測通り、数多の矢はヴァロードを避け、飛んできた獣たちへと突き刺さる。その数は約二十投。


 七匹は空中で矢に串刺しにされ、地面へと落ちる。


 ヴァロードが確認する前にその弓師は前へと出た。

予想は外れ、現れたのは可憐な少女。右目に眼帯をしているのが特徴的だ。

彼女は大弓を構え、獣たちに向ける。


「助かったぜ。ありがとな」


 ヴァロードは友軍として現れた少女に礼を言っておく。


「礼には及ばない。令に従っただけだ」


 冷やかな態度からして彼女は好意的にヴァロードを助けた訳ではない事が分かる。

しかし、この状況を打破できる人物の登場は嬉しい誤算だ。ヴァロードは剣を構え直す。


「フラフラではないか。情けない姿だな。勇者ヴァロード」


 それを制するように背中越しに声が掛かった。振り向かずとも分かる。

その人物が自分と同じ人種であることを。


 彼は弓の女性と同じように自分の前に立つ。茶色の長髪。長身で痩せ形。

そして腰に添えた二対の剣。

この特徴をすべて満たす人物をヴァロードは知っていた。


「フリード。お前か…………」

「ボクを覚えていてくれたのかい? 光栄だね」


 目の前に敵が居るというのにフリードはヴァロードを見て、笑みを浮かべる。

再会を喜ぶ笑みなどでは無く、不気味で暗い感情を含んだ笑みだ。


「まったく。勇者のお前が、たかが人間。しかもゴミみたいな奴を庇って怪我をするとは情けない。ボクは悲しいよ」


 フリードは手を顔に乗せ、わざとらしく天を仰ぐ。


「戦闘中に喜劇の練習か? 変わって無いな」


 皮肉を言うようにヴァロードは台詞を吐く。


「ふふ。お前は今の状況を見て、そんなことを言っているのかい? ボクたちがいなきゃ、キミは死んでいたんだよ」

「ちっ…………最初から手を出さず、見ていたくせに良く言うぜ」

「よく言うだろ? 勇者は遅れてやってくるって」


 フリードが丁度、笑い声を上げた時、隙と見た獣が二匹、突進してくる。

ヴァロードは瞬時に剣を構える。だが――――


「あたしの出番だね! どっかーんっ!」


 どこからともなく、また新手が現れた。ファンシーな恰好をした少女は杖を振り上げ、詠唱をする。

 杖から放たれた炎は空中で二体の獣を包み込み、丸焼きにする。

弓使いと同じでこちらの少女もかなりの使い手らしい。


「まったく。フリード様は急に飛び出すんだからぁ。お陰でびしょ濡れだよぉ」


 不平を言いながら魔導師の少女も隊列へと加わる。

 四体に増えた獲物に警戒色を強めるのは獣のリーダーだ。

先ほどよりも慎重に味方へと合図を送っている。


「ふふ。ボクたちが怖いらしいね」


 フリードは剣を抜き、それを地面に転がる獣の亡骸へと突き刺した。


「ガウッ!」


 悔しそうに獣たちは声を上げる。


「ほらほら、いいの? 仲間の死体をこんなにしてるんだよ?」


 フリードは剣で内臓をえぐり取ると、それを汚物のように地面に捨てる。


「グルルルル…………」


 明らかに獣の怒りは増幅している。部下を抑える様にリーダーは小さく唸り声を上げ続けている。


「あれ? 耐えるねぇ。じゃあこれはどうかな?」


 フリードは死体を串刺しにし、自分の前に出す。


「ミル。レアで」

「アイアイサーっ!」


 魔導師の少女は杖を肉の方へと向けた。途端、先からは炎が飛び出した。

その赤い色を魔獣たちは茫然として見ていた。


「そろそろいいんじゃないですかぁ?」

「そうだね」


 なんということか。フリードは殺したばかりの獣に口を付けたのだ。

そしてバリボリと肉として貪っていく。


「ブッ――不味いな」


 肉片を地面に吐く。


途端、怒り狂ったように大きな獣が突進してくる。

仲間を食い物にされたのだ。その怒りはすでに限界を超えていた。


「あーあ。冷静さを失っちゃって。だから魔物は――手を出さなくていいよ」


 後ろ手でヴァロードを止めると彼は前へと出る。

 獣の大きさは、ゆうに三メートルを超えている。牙、爪ともに配下の魔物よりも数段に鋭い。

しかしフリードは笑うのだ。


 爪と牙を片手で受け止める。細いと思っていた腕からは筋肉の線が隆起する。


「片方だけ見てていいの? ボク、こっちもあるんだよ?」


 フリードは右手で腰の剣を抜いた。血のように紅く、そして細い剣だ。

 剣を腹に突き刺す。水袋を破るように腹部からは大量の血が流れた。もちろん彼を抑え込む力も緩む。


「じゃあね。バイバイ」


自由になった左手の剣。その蒼白の刃を獣の脳天に刺す。

さらに腹から抜いた剣で強引に身体を引き裂き、首を跳ね飛ばした。


「あははは。飛んだね。愉快、愉快」


 彼は血に濡れた髪をかき上げ、耳に響くような声で笑うのであった。

 その狂気の声を聞いてか、親玉を失ったからか、残った獣は森を目指し、一気に走り去ろうとする。

しかし――――


「クレイ、ウィン。全員殺せ」


 フリードは冷たく言い放つ。それをスイッチにし、二人の戦士は狩りを始める。

背中越しに無抵抗の獣を殺す事、それはまさに虐殺という光景だった。


 数十秒後には地面は焦げた肉と紅い染料で染められていた。


「三匹逃げたね。全員殺せと言ったが――――まあ、いいや。今日は機嫌がいいからね」


 フリードは満足げに笑い、そして、剣を振り上げた。その目標はあろうことかヴァロードだ。

 切っ先は落ちずに、頭から剣二個分離して止まる。


「ふうーん。何もリアクションしてくれないんだ。つまらないの」


 止めるのを分かっていたヴァロードだが、頭から離されない剣越しに彼を睨む。


「その眼を見てると、キミを殺したくなるよ――――」


 フリードは隠すことなくヴァロードへと殺気を送っている。それはヴァロードも同じだ。

彼が剣を振り降ろすものならば、その胴に斬り掛かる準備は出来ているのだ。


 本気で殺すつもりではない。しかし二人とも相手を殺す準備は出来ているのだ。

その均衡が今の静寂に繋がっている。




「あーっ! なにしてるんですかぁ!」


 静寂を破ったのは、そこにいた四人の誰かでは無く、部外者であった。


「ふう。つまんない終わり方だな。まあいいや。行くよ。二人とも」


 フリードはそう言い残し、振り向きもせずにその場を去って行ってしまった。

彼が離れた所でヴァロードはやっと背後を確認できた。


「勇者さん! 大丈夫ですかぁ!」


 槍で身体を支えながら、少女は勇者へと駆け寄ってくる。


「おいおい。戻ってきたのか」

「はい。なんか雨で川の橋が落ちちゃったみたいで…………仕方が無く戻ってきちゃいました」


 まったく…………魔族がまだ徘徊してたらどうするつもりだったのか。

文句を言う気だったが、止めた。

彼女が居なければ、あのままフリードに斬られていたのかもしれないのだから。


「それより、なんですかぁ! この状況! それに勇者さん! 怪我が酷くなってます」

「その台詞。そのままお前に返すぜ」


 少女は足から大量の血を流している。相当無理して歩いたらしい。


「ああ。道理で足が――――あれっ?」


 緊張の糸が切れたのか、彼女はバランスを崩し前に倒れそうになる。

それを腕で支えたが、痛みに耐えられず、地面へと倒れる。


「たくっ…………馬車へ戻るぞ」

「は、はひぃ…………」


 結局、身体に鞭を打ち、ヴァロードは少女を背負った。

馬車までの距離なら余裕であろう。だが、その考えは甘かったのかもしれない。


 先に見えるはずの馬車が遠ざかって行くのが見えた。気のせいではない。

馬車は街道を街の方へと引き返して行っているのだ。


「悪く思わないでくれよ。ヴァロード。これ以上濡れるのは嫌だからね」


 窓からフリードが優雅にハンカチを振るのが見えた。


「クソヤロウ…………」


 呟きが漏れる。こんな状況じゃ無ければ問題など無い事だが、今の状態ではかなりまずい事になった。


「あの野郎っ! なんて事を! 私に与えられた馬車なのにぃ!」

「騒ぐな。とりあえず、一番近い所まで案内してくれ」

「えっ? 橋が落ちてしまったので、一番近いのは来た街ですが――」

「ちっ…………遠いな」


 一人で歩く分にはいいが、こちらには手負いの少女が居るのだ。

今は呑気に話をしているが足の傷が悪化すれば、命すら危ないだろう。


「とりあえず、歩くぞ。乗れ」

「あっ、はい…………お願いします」

「槍は置いていけ。邪魔なんだよ」

「えーっ! この槍支給品で予備はないんですよっ!」

「置いて行くぞ」

「う、嘘です! 置いていきます!」


 こんな時までお気楽な少女を背負い、ヴァロードは雨に濡れた街道を引き返して行く。


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