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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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任務と子守

「もうっ! もっと頼みたかったのにっ!」


 オリビアは声をあげる。もしここが大通りだったらその大声は人々の注目を簡単に引いてしまうだろう。

しかし、ここは公園だ。ヴァロードは注意すること無く、彼女の隣に座り、カップケーキを頬張っていた。


「まあ、いいだろ。こうやって食えているんだからな」

「だけどさぁ…………せっかく街に来たんだから、もっと買い込みたかった……」


 オリビアは心底残念そうな顔をする。まあ、その気持ちは分からなくは無い。

生涯で初めての買い物が僅か一分足らずというのもさすがに可哀そうである。


「買った物は荷物になるぞ。身の軽いうちに街を散策した方が利口だ」

「あら。確かにそうだけど、荷物の心配は要らないんじゃない?」

「なんでだ?」

「ほら、男手もあるし」


 配下(にもつもち)の男に悪戯っぽく微笑む少女。その笑顔が可愛いだけに始末が悪い。


「何、その眼? まさか重い物をか弱いレディに持たせるつもり?」


 いつもは魔王だと威張り散らしているのに、ここではレディという言葉を使う。まさに魔性の女である。


「いーや。無いですよ。お譲様」


 ヴァロードは精一杯の皮肉を込めてそう言うのであった。



 それからベンチに座り、しばらく何もしないまま二人は公園を眺めていた。


 公園内には親子連れや、散歩に来ている人の姿が見受けられた。


ふと、ヴァロードが隣の少女の視線を追うと、そこには母親と手を繋ぎ、楽しそうにはしゃぎ回る少女の姿があった。


「オリビア。そういや、お前の母親は居ないのか?」

「母…………お母さんは知らないんだ。私が小さい頃に死んじゃったって」

「そうか…………」


 聞いてはいけない事を聞いてしまった気がして、ヴァロードは気まずさを抑えるかのごとく空を仰いだ。


「別に気にしないでよ。私にはお父様が居るしね」


 オリビアは笑う。それは強がりかもしれないが。


「でもね。ふと思うんだ。お母さんが居たら、どんな感じなんだろうかって。

ほら、あの子、すごく楽しそう。私もあんな感じだったのかなって」


「ああ。そうだろうな…………」


 幸せそうな子供を見て、ヴァロードも小さく呟いた。


「嫌なら答えなくてもいいんだけど、ヴァルのお母さんって、どんな人?」


 オリビアは控えめに質問してくる。


「そうだな…………一言で言うなら、優しくてとても綺麗な人だった」

「そうなんだ」

「まあ、実をいうとあまり覚えていない。俺が幼いころに死んでしまったから」

「そっか」


 オリビアはヴァロードの真似をして天を仰ぐ。


「対なる立場なのに、似ているのかもね。私たちって」

「似る?」

「ほら、宿命を背負っている所とか。呼び名があるとか」

「そうかもな……」


 返事をした後、ヴァロードは立ち上がった


「そろそろ次の場所へ行こうぜ」

「うん。そうね。お昼なんかどうかしら?」

「喰ったばかりだというのに、また喰うのか?」

「しょ、しょうがないでしょ! あのぐらいじゃお腹いっぱいにならないのだから。それに世間的に言ってもお昼でしょ」


 彼女の言うように、あと二十分ほどで正午だ。もうじき、お腹を空かせた仕事人たちが、街へと繰り出してくるはず。


「そうだな。混まないうちに食べておくか。どこか希望は?」

「そうね…………お任せするわ」


 これは随分と助かる答えだ。ヴァロードはある店の位置を頭に思い浮かべて、その方向へと足を向けた。





「ねえ、本当にこっちで良いの?」


 歩いて数分たった後、オリビアは背中越しにヴァロードへと尋ねる。


「ああ。あっているぞ」

「本当かしら…………」


 オリビアがそう漏らすのも無理は無い。

彼はメインストリートから外れ、人気の無い道へと入って行っているのだから。


「ここだ。着いたぞ」


 ヴァロードはある店の前で立ち止まりそう言った。


「ここぉ?」


 オリビアは露骨に嫌な顔をする。まあ、その態度が出てしまうのも分かる。

彼女が想像したのはオシャレなカフェの様な店あり、このようなボロ屋ではないのだから。


「まあ、そういうな。ここは安いし、そこそこ美味いんだぜ」

「でも――――はぁ……もうどこでもいいわ」


 任せた自分が馬鹿であったと諦め、オリビアはベロスを抱え、ヴァロードの後に続く。


「いらっしゃいませーっ! あっ! 勇者さまっ!」


 店に入った途端、女の子が歓喜の声を上げ、迎えてくれた。


「やあ、メル」


 そこに居たのは以前に依頼で知り合った少女であった。


「知り合い?」

「まあな」


 オリビアの問いに短く答え、彼は店の中にある奥のテーブルへと座った。

すぐにメルがテーブルへと駆けて来て、注文を取る。


「日替わりサンドにスープで」


 ヴァロードはすぐに注文を決めるが、オリビアは違う。メニューの文字と睨めっこをしている。


「うーん……どれがいいかな?」


 オリビアが悩んでいる間、ヴァロードはメルと世間話をする。


「ルノの容態はどうなんだ?」

「うん。ばっちり。今も、奥で仕事をしてるよ」

「そうか。それは良かった」

「勇者さま。本当にありがとう」


 メルは再度、頭を下げる。何度目か分からないが「気にするな」と言って、笑顔を作るヴァロード。


「あの、気になったんですけど、そっちの女の人ってもしかして勇者さまのコイビト?」


 ピクッとオリビアは身体を震わせ、メニューを自分の顔の前に持ってきた。


「そう見えるか?」


 ヴァロードはメルを試すかのようにそんな質問をする。


「うん。だってお似合いのカップルだもん。勇者さまは恰好いいし、お姉ちゃんは綺麗だし……」


 綺麗という言葉に反応したのか、オリビアは更にメニューを顔に近づける。

そこから出た耳だけが赤く変色をしていた。


「まあ、残念だが恋人ではないな。ただの連れだ」


 メルが誤解する前にそう言っておく。


「そうなんだーっ!」


 少女の顔が少し嬉しそうになったのは気のせいではないだろう。

ヴァロードはそれに気づかない振りをして、横のオリビアを見る。


「まだ、決まらないのか?」

「……あなたたちが喋ってたから頼みにくかったのよ! これ頂戴っ!」


 オリビアはメニューを指でさし、メルへと意思表示をする。


「はーい。分かりました!」


 メルはメニューをメモると、厨房の奥へと消えていった。


「あの子と仲が良いみたいね」

「まあな。色々とあってな」

「なるほど……あんな幼い子にも手を出すなんて――――」


 ジトっとした目でオリビアは見てくる。


「は? なんでそうなるんだ?」

「そうじゃないの? だって、私の唇も奪おうとしたし――」


 尻すぼみでボソボソと不平を言うオリビア。


「悪かったって。それにいいだろ。結果的にはしてないんだし。セーフだ」

「セーフ? 私、誰ともした事無いんだよっ! 言い訳がましい…………」


 オリビアの口からは雪崩のように不平の言葉が次々と出てくる。

過失が自分にあるだけに言い返せず勇者の防戦一方だ。


「ま、まあ、落ちつけよ。ほらっ、料理も来たみたいだし」


 話題を上手く逸らしたが、オリビアはまだヴァロードを睨み続けていた。

 料理は少年少女の手によって運ばれてきた。

皿からは出来たての湯気が出ていて、その匂いは涎を誘う。


「勇者さま。お待たせ。ほらっ、ルノも挨拶」

「……ちわ」


 メルの隣の少年はふて腐れた様子で挨拶をする。それが正式には挨拶と言えるのかは微妙な所である。


「ルノっ! 命の恩人にそんな挨拶はダメでしょ!」


 メルは弟の態度を叱りつけながらも料理をテーブルの上へと並べる。


「姉ちゃん、厨房での仕事あるから戻る」

「あっ、ちょっと、お礼ぐらいしていきなさい」

「誰もこんな弱虫勇者に助けられたいなんて思ってない」

「あっ!」


 ルノはそれ以上何も言わずに厨房へと姿を消してしまった。


「なんじゃ、あの態度はっ!」


 最初に声をあげたのはオリビアであった。魔王言葉を使うほどルノの態度が気に食わなかったのだろう。


「まったく、あなたの弟、礼儀がなってないのね」

「ご、ごめんなさい」


 オリビアに怒られ、メルはビクッと身体を震わせる。


「落ちつけよ。オリビア」


 ヴァロードは至って冷静だ。運ばれてきた食事にさっそく手を付ける。


「いただきます」


 ヴァロードはサンドイッチを口に運んだ。オリビアに食事を促すようにわざわざ美味しそうに。


「もうっ…………」


 オリビアも何か言いたそうであったが、とりあえず鶏肉の炒め物を口に運んだ。


「ん――。店員の態度は悪いけど料理は美味しいのね。この店」

「はううう…………」


 褒められたのか、けなされたのか分からないと、メルは複雑そうな表情をした。


「メル。気にするな。それより仕事に戻らなくていいのか?」

「あ、うん。戻らなきゃ。ごめんなさいね。勇者さま、えっと、そちらの方もごゆっくり」


 一礼して彼女は他のテーブルの清掃に回った。



 

食事が一段落したところでオリビアはテーブル越しにヴァロードを見てくる。


「ねえ、さっきのことなんだけど、いいの?」

「何がだ?」

「だから…………あんな子供に弱虫って言われて」

「ああ。子供の言葉だ。放っておけばいい」

「でも、命の恩人なんでしょ?」

「まあな」


 勇者のスカした態度に不服なオリビアは、眉間に皺を寄せる。一方のヴァロードはサンドイッチからハムを引き出し、床下で料理のおこぼれを待っていたベロスへと与えてやる。


 その様子を見ながらも、オリビアはずっと不機嫌だ。仕方が無いので少しだけ言葉を与えてやる。


「男の子ってのは強い奴に憧れるんだよ。例えば勇者なんかにな」

「勇者って、貴方もでしょ?」


 何を言いたいのか分からない様子でオリビアは髪を撫でる。


「勇者ってのは、強くて人々の模範であることが条件なんだよ」

「模範? ルールを守るってこと?」

「まあ、そんなところだな」

「じゃあ、ヴァルは模範ではないの?」


 オリビアは興味深そうな表情でヴァロードへと問いかけた。


「少なからず模範では無いだろうな。勇者はこんな安い店でメシを食わないらしい」


 そう言って、彼はサンドイッチをすべて口の中へとしまい込む。


「こんな安い店ねぇ……」


 再度自分の頼んだメニューを口に運ぶ。その味でオリビアが不平を感じる事は無かった。




「ありがとうございましたー」


 メルの挨拶を送られ、ヴァロード、オリビア、ベロスは店の外へと出る。


「さてと、次はどこに行く?」

「そうだな……ちょっと、寄りたい場所がある」


 ヴァロードはそう言い、目的とする場所に足を向かわせる。

 着いたのは、街で一番大きい酒場だ。


「すぐ戻るから、ここで待っていてくれ」


 オリビアの頷きを確認して、ヴァロードは「close」と書かれた看板を気にせず店の中へと入って行く。


 カラン――


 扉の鈴の音はマスターへと客の来店を知らせる。とは言っても彼は正式には客ではない。


「アンタか……丁度良かったな。丁度仕事が来てるぜ」

「珍しいな」


 ヴァロードは椅子にも座らずに、柱に張られた羊皮紙に目をやる。


「討伐任務か…………」

「ああ。さぞかし急ぎらしいぜ」

「そうみたいだな。俺に頼ってくるなんてな」


 ヴァロードはその紙を壁から剥がすと、自分の懐へとしまい込んだ。


 カラン――


 オリビアがその音に振り向くと、店から出てくるヴァロードの姿が見えた。


「随分、早かったのね。で、何をしていたの?」

「仕事の確認をしていただけだからな」

「仕事?」


 勇者の仕事をイメージできないオリビアは頭を傾げる。


「見るか?」


 見せるのが早いと思ったヴァロードは羊皮紙をオリビアへと見せる。


「なになに? えっと、至急、街道の魔獣を討伐すべし、国境警備隊――何これ?」

「見た通り、仕事の依頼書だ。すまんが、今日はここまでだ」

「えっ! ちょっと…………何でそうなるのよ! まだ、街に来たばっかりじゃないっ!」


 オリビアは不服の声を上げる。


「悪いな。勇者にもやらなきゃいけない仕事があるんだよ」

「何よ、それ…………そんなに仕事が大事?」


 我がままを言う子供のように不機嫌にオリビアは言った。


「ああ。大事だ」

「私との買い物よりも?」

「ああ」


 ムッとした表情をする。オリビア。しかし、その表情はすぐに変わる。


「そうよね……お仕事だもんね…………」


 諦めたのか、彼女は今まで睨んだ目線を落とす。


「悪いな」


 ヴァロードは落ち込む彼女の頭をそっと撫でた。


「な、な、な、なに、勝手に頭を撫でているのじゃっ!」


 いきなりオリビアはそんな声を出した。その音量と迫力に思わず手を離してしまう。


「はぁはぁはぁ…………」


 自分でも力以上の声を上げたのか、オリビアは顔を真っ赤にして肩で息をしている。

その目線は真っ直ぐと勇者を睨んでいた。


「あっ、悪い、つい――――」


 “つい、子供をあやす仕草が出てしまった”その言葉を喉仏付近で押し殺し、ヴァロードは再度彼女を見る。


「まったく! いきなり人の頭を撫でるとは、驚くではないかっ!」


 魔王言葉で勇者を叱咤するオリビア。その言葉を無視し、勇者は重要事項を述べようと口を開く。


「お前は城に帰れ。森の入口まで送ってやる」

「なっ! せっかく来たって言うのに、何でよ! 一人で大丈夫よ」

「俺が傍に居なければ危険だからな」

「危険? どこが危険なのよ!」


 街の平穏な様子を見て彼女はそんな台詞を言ったのだろう。

しかし、彼女は分かっていない。人間の真の恐ろしさというものを。


「ダメだ。帰るぞ」


 ヴァロードは一人、郊外に向かって歩いて行く。

不服に頬を膨らましながらオリビアはその後に着いて行くのであった。



「ほら、着いたぞ。帰り方は大丈夫か?」


 オリビアは応えない。そこにあった小石をつま先で蹴る仕草は大そうな不満を表わしている。


「じゃあ、俺は行くからな」


 そんな子供染みた行動に付き合っている時間は無いと、ヴァロードは踵を返し、街道の方へと向かう。


「ヴァロード!」


 背後から声が掛かった。そして足を止める勇者。面と向かってはいないが話を聞く体制である。


「必ず戻ってくるのじゃぞ! お主は妾の配下なのじゃから! それに、あの程度じゃ街を案内したことにはならんぞ!」


 覇気の籠った透き通った声。その内容を心に留めると、


「ああ。今度、ちゃんと案内してやる。約束だ」


 振り返る事もしないまま、ヴァロードは任務地に向かって歩き出した。


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