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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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はじめての街 はじめての買い物

「うわぁ…………」


街の入り口でオリビアは驚きの声をあげた。彼女の目に留まったのは街の人の動き。

何十人という人々がお昼までのひと仕事ということで活発に動き回っているのだ。


「おいおい。いつまでここにいるつもりだ?」

「う、うん……そうね。じゃあ――」

優秀に促され、深呼吸をし、彼女は歩き出す。


 スターシュ国の田舎街と言えど、ここは主要貿易路の拠点となる街だ。

昼間ともなればそれなりの活気に包まれるのだ。

 街道からまっすぐと続く道には露店や食べ物の店が並ぶ。

そんな街の中心部の道を二人と一匹は並んで歩いて行く。


「わっ!」


 時折、オリビアは人にぶつかりそうになり驚きの声をあげる。それはそうだろう。

彼女はド田舎者のようにキョロキョロと街並みを眺めながら歩いているのだから。

 それをフォローするかの如く、ヴァロードは出来るだけ彼女の前を歩き、人の流れを遮るのであった。


「ねえ、あの茶色い建物は何?」

「あれは図書館だ」

「じゃあ、あっちの建物は?」

「あれは学校だな」


 オリビアは目をキラキラさせながらヴァロードへと次々に質問をしてくる。

都会と言うには程遠い、こんな街でも、彼女にとっては目新しい物の宝庫なのだろう。



「ん? この匂い…………」

 しばらく歩くと、オリビアはブレーキを掛け、メインストリートにあるお店の前で止まった。


「ねえ、もしかして、ここって?」

「ああ、俺がお菓子を買った店だ」


 店の前に立って、初めて甘い匂いがする事に気が付く。

彼女は数メートルも早く、それに気が付いていたのだろう。


「入ってみてもいいかな?」

「ああ」

「よ、よしっ!」


 少し間を開け、彼女は店の扉を開ける。


「いらっしゃいませー」

「はうっ!」


 扉を開いた途端、女性の声が掛かり、オリビアは小さく驚きの声をあげてしまう。

 そんなリアクションを見て、ヴァロードはクスリと笑いを漏らしてしまった。


「なっ、何笑ってるのっ!」

「いや。スマン。ほら、ここに居たら邪魔になるだろ。奥へ入れよ」

「むっ…………」


 不服そうな顔をしながらもオリビアは店の中へと進む。


「わぁ!」


 今度は先ほどとはまた違ったトーンの声があがる。

彼女に声をあげさせたのはカウンターのショーケースに並ぶ、色とりどりのお菓子たちであった。


「こ、これ全部お菓子? すごい種類…………」


 オリビアは目を丸くし、鼻先がショーケースにくっつくぐらいまで顔を近づかせる。


「どうですか? 何かお買い求めになりますか?」


 若い女性店員が笑顔でオリビアへと話しかける。


「あ…………えっと、あの……」


 どう対処していいのか分からず、オリビアはモジモジと、どっち付かずの態度を取る。


「ちょ、ちょっと、こっち」


 オリビアは手招きをし、ヴァロードを店の隅へと呼び寄せた。


「どうした?」

「あのさ。分かってると思うけど、私、買い物初めてだし、どうすればいいのか教えて」


 なるほどと、ヴァロードは頷く。

彼女は人間の売り買いのシステムを完全には理解していないのだろう。

そしてレクチャーするには絶好のタイミングなのだ。


「いいか。人間は物を買う時には通貨を使うんだ」

「ああ。それは知っているぞ。銅貨と銀貨と金貨であろう」


 魔王言葉を出し、自分の博識ぶりをアピールする魔王だ。


「じゃあ、何枚の銅貨で1枚の銀貨と同じ価値になるか知っているか?」

「え? えっと……」


 オリビアは両手を出し、何やら指折り算を開始する。

どうやらコインの種類は知っていても価値は知らなかったらしい。


「いいか。銅貨二十枚で銀貨一枚の価値がある。そして銀貨五枚で金貨一枚の価値になるのだ」

「ほほう……ちょ、ちょっと待って。メモする」


 オリビアはポケットから手帳のようなものを取り出し、羽根ペンでそこに覚えた知識を書き記す。


「では、問題だ。あのカップケーキは銅貨三枚の価値がある。銀貨一枚で買った時のおつりはいくらだ?」

「えっと……」


 メモを見ながら、彼女は指で数を数え始める。


「銅貨一七枚っ!」

「正解」

「やったっ!」


 正解したのが余程嬉しかったのか、オリビアは両手でガッツポーズを取った。


「偉いぞ。よく頑張った」

「えへへ――って、何、頭をナデナデしておるのじゃっ!」

「あっ、悪い。つい」


 一緒にいると、つい、彼女が魔王である事を忘れてしまうらしい。ヴァロードはポリポリと頬を掻いた。


「何じゃ! その顔はっ! まったく、妾を何だと――」

「ほらほら、そんなことよりも何か買わないのか?」

「買うけどさぁ…………はぁ……」


 不満げにオリビアは再度ショーケースの中を覗き込む。


「どれがお勧めなの?」

「いや、俺に聞かれてもな……店員さんに聞いたらどうだ?」


 ヴァロードはカウンターの向こうでニコニコと営業スマイルをし続けている店員を示す。


「い、いや。そうだけどさ…………ほら、初対面の人だからさ……」


 どうやら魔王は人見知りらしい。お前が聞けとばかりの目線を送ってくる。


「というか、お金はあるのか? 言っておくが、俺の財布には何も入ってないぜ」

「心配しないで。持ってきたから。ほらっ」


 彼女は財布代わりに使っている布製の袋をヴァロードに見せる。

その中を覗くと、金貨や銀貨、そして銅貨までもが所狭しと詰められている。


「おいおい。重くないか? これ? 持ってき過ぎだ。家でも買うつもりか」

「だって、仕方ないでしょ! このコインの価値なんて知らなかったんだから!」


 またもや癇癪を起こすオリビア。その剣幕は耳タコなので、ヴァロードは適当に促し、

「ほらっ、どうするんだ? お菓子。早くしないとベロスが――」

「えっ?」


 自分の股下を見ると、ベロスがポタポタと床に何かを垂らしていた。


「こ、こら、ベロス! 涎垂らさないの!」

「みゃああああっ!」


 我慢できないと、ベロスは暴れ出す。


「こ、こらっ!」


 オリビアはベロスを抱きかかえ、制止を試みる。

しかし、空腹の獣は中々勢いを弱めない。食欲とは恐ろしいものである。


「あー……オリビア。ベロスを抱えて外に出ろ」

「そうしたいけど! ケーキっ!」

「ああもうっ! すいません。このカップケーキ三つ!」


 店の中が荒らされるのを恐れ、ヴァロードはショーケースを指差し、店員に催促をする。

包装されたカップケーキを抱え、ヴァロードとオリビアは慌てて、外へと出るのであった。


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