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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
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二人の少女 ―後編―

「わぁ…………すごい…………」


一目で声が漏れた。


ため息が出るほど、浴室の豪華さは異常であった。

数々の彫刻が施され、天井は一面ステンドグラスで覆われており、

七色に姿を変えた月光が浴室全体を明るく照らしていた。

湯は鏡色に染まり、良い匂いがする。お湯に浮かべられた紅の花弁の香りだろう。


「こちらへどうぞ」


ダルクは次に彼女をシャワーの前へと案内する。

そこにある木のイスにエレンを座らせるとシャワーを持ち、彼女の身体にかけていく。

そのお湯の温かさはエレンが初めて感じるものであった。

彼女はこの生涯でお湯に浸かったことなど一度もなかったからだ。

今までの沐浴といえば川などで冷たい水で体を流すものであったのだから。

初めてのお湯はとても優しく、エレンの身体の穢れを流し取るかのように清いものであった。

ダルクはスポンジに石鹸を擦りつけ、エレンの背中を洗う。

その手つきは優しく、背中から伝わってくる、

くすぐったい様な感覚はエレンをとても幸せな気分にした。


「もうよろしいでしょうか」


ダルクはエレンにそう尋ねる。

もう少し洗っていてもらいたかったところだが、身体はもうすでに綺麗になっていた。


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


そうエレンは答える。ダルクはその台詞を聞くと、立ち上がり浴室の扉を開けた。


「ではごゆっくりお身体を温めください。何かあればお呼びを」


そう言い残し、彼女は浴室を去る。

あれだけ洗ってもらったにも関わらず、彼女の服は全く濡れていなかった。


不思議に思いながらもエレンは浴槽へと足を入れる。

シャワーの温度と同様に、お湯もいい湯加減だ。


「夢みたい…………」


浴槽に浸かりながら、エレンはそう漏らした。


手でお湯を掬うと、掌に紅い花弁だけが残り、お湯は逃げて行ってしまう。


「薔薇かな?」


手の中の一枚を指で摘み、まじまじと見る。

その花は紅い。まるで血のようだ。そう思った。


(このお湯に浮かんでいる花は私の血なんだ…………)


エレンは小さい頃からの旅路を思い出す。

苦行は彼女に血を見せることなどしょっちゅうであったのだ。

だからだろう。紅い物が血を連想させてしまうのは。


ふと、自分の腕を見た。

左肩の辺りには魔女の焼印がされていた筈だった。

しかし、いくら首を捩じっても、忌まわしき印は見えてこない。

それどころか自分の身体には以前に付けた傷痕すらない。

鞭で叩かれた痕や、ナイフで切られた痕はどこに行ったのだろうか。

どんなに考えても、その答えは出て来ない。



しばらく、思いに耽ることで長湯になったエレンはさすがに上がることを思い出した。

欲を言えば、もう少し入っていたかったが、すでに身体は逆上(のぼ)せる寸前であったし、

第一、メイドの彼女を待たせている可能性もある。

未練を振り払うようにエレンはお湯から身体をあげた。


脱衣所に出ると、大きなタオルと着替えの服が置いてあった。

彼女が用意をしてくれたのだろう。


タオルに身を包む。

その綿布の柔らかさに何度顔を埋めたか分からない。


着替えは下着と簡単なローブであった。どちらも自分のサイズピッタリだ。

簡単に体を拭き、衣服を身に纏う。


これまで着てきた粗末な布とは比べ物にならないほどその下着は着心地がよかった。

これが絹というものなのだろうか。


ローブを着たところで、丁度良いタイミングでダルクは廊下から扉を開けて姿を現した。


「お召し物の具合はどうでしょうか」

「はい。とても気持ちいいです」


率直な感想を述べると、彼女は一礼し、廊下の扉を開ける。


「では、お部屋へと案内します」


そう言った。


今度はどこへと連れて行かれるのだろうか。エレンは期待と不安を胸に、メイドの少女の後を追った。

ダルクの足取りは静かで、後ろ姿にも気品が感じられる。

街のメインストリートで彼女が歩いていたら男性は愚か、

女性さえも振り向いてしまうのではないだろうか。



そう思いをはべらせているうちに、ダルクは2階の廊下へと階段を上がる。

この廊下には見覚えがある。最初にエレンがいた部屋の廊下だ。


その一室の扉をダルクは開ける。そこは先ほどまでエレンが寝ていた部屋だった。

違うことといえば、乱雑に起きたはずのベットがしっかりとメイキングされているところだろう。

自分がいないうちに直されたのだろうか。


「では、私は失礼します。御用の時はお呼びください」


頭を下げ、ダルクは出て行く。

扉が完全に閉まり、部屋に静寂が訪れた。


その静かさのせいかエレンの身体は急に重くなった。

満腹から来る眠気もあり、彼女はベットへと横になるのだ。


清潔なシーツを引かれたベットの寝心地は最高のものであった。


今日の出来事を頭に浮かべる。

今日はたくさんのことがあった。


自分の処刑。魔王との出会い。



ひとつとして、現実であると確信できない物事ばかり。

今ここ――――寒くなく、居心地の良いベッドに寝ている事が夢であるように思えて仕方が無いのだ。

だが今までこれほどまで覚めて欲しくない夢は無かった。

この夢が覚めてしまえば、また苦しい毎日が始まってしまうかもしれないのだから。

今までは楽しい夢から覚める事を望まなかったというのに…………



その考えが頭の中を巡り巡って、彼女の意識はゆっくり闇の中へと落ちていった。


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