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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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出発

庭先の大きな木に寄りかかり、ヴァロードは空を見上げる。

雲一つない青空は絶好のお出かけ日和であることを示している。

ご主人様の用意には付き合いきれないとベロスも感じたらしい。彼もまたヴァロードの足元で日光浴を楽しんでいた。


「長らく待たせたな」

「ああ」


 やっと少女は姿を現した。正直に言えば、今日中の出発を諦めていたので、ヴァロードは安堵のため息を漏らした。


「軽装にしろ」というヴァロードの釘刺しが効いて、彼女の荷物はポシェットひとつ。

自分程の大きさのあるリュックを担いでいた時にはどうしようかと不安になったものだが、とりあえずは一安心である。


「それじゃ、いいか?」

「ああ。行こう! 来るのじゃ。ベロス」


 そう声を掛けると「ミャ―」とひと鳴きし、ベロスは少女の隣にポジション取りをする。


「まさかベロスも連れていくのか?」

「あたりまえじゃ! 誰も居ない城に置いていくのは可愛そうじゃからな」

「だが…………」


 面倒が増えると頭の中で考えるヴァロードだが、今回は彼女の方が一歩も退かない


「ベロスと一緒でないと嫌じゃ!」


 子供のようなワガママぶりを見せる魔王。


「仕方がない。迷子にならないようにちゃんと面倒見てろよ」

「ああ。分かった!」


 結局はヴァロードが折れ、子犬諸共、厄介なご主人様を連れていくことになる。

どうやら今までしてきた以上に困難な旅になりそうな予感がする。


「では、改めて出発する。行くぞ。オリビア」

「ん――? あ、ああ」


 釈然としない返事にヴァロードは足を止め、背後を振り返る。

数歩後ろの魔王は呆けて勇者の顔をじっと眺めている。


「お主、今、何と言った?」

「いや、だから出発すると――」

「そうじゃなく、その前じゃ」

「えっと、迷子にならないようにちゃんと面倒を見ろと」

「それは戻り過ぎじゃ! ああっ! 妾の名前を呼んだのかと聞いておる」

「名前? ああ。呼んだが」

「急に名前を呼ぶな! 驚くではないか……」


 オリビアは顔を赤らめ、斜め下からヴァロードを睨んでくる。


「当然だろう。街中で魔王などと呼べるわけがないからな」

「確かにそうじゃが…………なんかむず痒いというか……ブツブツ」


 独りごとのように呟きを発し、彼女は二、三歩歩き。また立ち止まる。


「うむ……配下に呼び捨てされるというのは些か気になるが、許すことにしよう」


 考えをまとめ、一人頷くオリビア。そしてヴァロードの方を指差しこう言った。


「なら妾もお主の事をヴァルと呼ばせてもらうが文句はないな?」


 名前の呼び捨てを超え、いきなりの略称呼び。


「ヴァルか…………久々に聞く響きだ」

「そうなのか? ヴァロードを縮めればこうにしか成り得ないと思うのじゃが」

「まあ、そうだが。勇者と呼ばれることが多いからな」

「なるほどな。お互い、通称を持っていると共感する事もあるものじゃな」

「そうかもしれないな」


 魔王と勇者。対になる立場ではあるが実は似た者同士であるとヴァロードも感じていた。


「あと、言葉使いも戻したらどうだ? いつもは普通の言葉を使っているんだろ?」

「なっ…………そんなことは…………というか、なぜそれを知ってるのじゃ! お主、まさか超能力者か?」

「いや、驚いた時に自然と出てたし……」

「そ、そうか…………」


 ビシッと指した指をヘニョンと曲げ、俯いてしまう。


「妾としてもそっちの方が楽なのじゃが……魔王は威厳が大切だと父上が……」


 オリビアはそう呟いた。威厳など元々微塵も無いと言いかけたが、止めた。

そんなことを言ったら彼女は意地でも言葉使いを直そうとはしないだろうから。


「俺は配下なんだろ? ならば別に気を使う事はない」

「う、うん…………そうだけどさ」


 既に言葉使いは普通どおり。


「まあ、街に行くしね…………こんな言葉使いじゃ、魔王って自分から言ってるようなものよね。そうだ。そうに違いない!」


 呟きでの自己完結をし、彼女は顔をあげる。


「分かったわ。普段どおりの言葉使いにしてあげる」


 自分も楽であるというのに偉そうな魔王に勇者は苦笑する。

だが、これで彼女を見た者は勇者と一緒にいる、おてんばな女の子としか見なさないだろう。

もちろんリスクがすべて無くなった訳ではないが、とりあえず、今日は大丈夫だろう。


「じゃあ、行こう。ベロス、ヴァル」


 オリビアはそう言って、街に向かって一歩を踏み出した。


「おい、こっちだぞ」


 ヴァロードは彼女の進路と逆を指差す。


「もうっ! そうなら早く言ってよ! ヴァルは前、ベロスは私の横っ!」


 配置を決め、彼女はヴァロードの後ろを歩く。その足取りは軽い。余程、街に行く事が楽しみだったのだろう。

 そんな魔王を見て、ヴァロードも人知れずに微笑むのであった。


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