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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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とある誓いと・・・・・・

「ふう…………」


一人で広い浴槽に浸かりながらオリビアはため息をついていた。頭の中では今日の長い一日のことが蘇っていた。


「まさか、勇者の話があんなに面白いなんてね」


 そう呟くと、勝手に口角が上がってしまった。でも、何故そこまで自分が彼に惹かれるのかは分からなかった。


「ま、まさか、これが恋ってやつなのかな…………」


 自分の不意の言葉に驚き、口元までお湯につかり、ブクブクと泡を立てる。


(そ、そんなことない! た、たぶん、久しぶりの来客だから、気持ちが高揚しちゃっただけだもん。恋なんて、それに相手はよりによって勇者じゃない!)



「ぷはぁっ!」

 苦しくなって顔をあげる。

「はぁ…………でも、お風呂上がったら、アイツが居るんだよねぇ」


 また、ため息が出る。それはどういう意味で出たものなのか、自分でも理解が出来なかった。


(とりあえず、長風呂しても悪いし、上がらないとね)


 オリビアはお風呂を上がる。振り返ってみると、お湯の中には自分の金色の細い髪が何本も浮かんでいる。


「とと…………危ない、危ない」


 オリビアは慌てて、髪を掬いあげる。


「お客が居ると、気も使っちゃうわね」


 束の間のリラックスタイムを終え、オリビアはお風呂場を後にした。



「ふう…………待たせたの。お主も風呂にはいるが良い。タオルは脱衣所のを自由に使ってくれ」

 魔王は金の髪にバスタオルを掛け、食堂に現れた。

ネグリジェに着替えた彼女は先ほどとはまた別の雰囲気を醸し出している。

「うん? なんじゃ?」


 ヴァロードの目線に気が付いたのか、魔王は怪訝そうな目をヴァロードへと向けてくる。


「いや。何でもない。それよりも本当に俺も入っていいのか?」

「ん? 何故そんなことを聞く? 寝る前に風呂に入らなければ気持ち悪かろう」

「まあ、そうだが…………」

「旅をしていては毎日入ることも困難だろう。今日ぐらいはゆっくりするがよいぞ」

「そうか。じゃあ、遠慮なしに入らせてもらうぜ」

「ああ。そうするが良い。妾はここで待っているのでな」

「別に寝ててもいいぜ。お子様は寝る時間だろ?」

「おまえっ! 妾は子供では――」

「じゃ、行ってくるわ!」


 うるさい言葉が飛んでくる前にヴァロードは風呂に向かうため、大急ぎで部屋を出ていった。


 廊下をしばらく行った所で、扉が半開きになっている部屋を見つけた。その中からは湯気が漂っている。

あの扉の向こうがお風呂場になっているのだろう。

 迷わないように扉を開けて置いてくれるとは魔王の気遣いも中々なものだ。

そう思い、ヴァロードは部屋の中へと足を踏み入れる。脱衣所はそう広くは無い。

あるものといえば、脱いだ衣服を置いておくための籠と全身鏡ぐらいだ。

まあ、脱衣に必要な物など殆どないのだから、どんな場所でも、脱衣所とはこんなものだろう。


ヴァロードは躊躇せずに服を脱ぐ。現れたのは、隆々とした磨き抜かれた筋肉。そして傷痕。

無数の傷は彼が勇者である証でもあるのだった。


 男の中には戦傷を「男の勲章だ」、などと自慢する輩も居るが、彼はそんなことを一度もした事がなかった。

ヴァロードにとってこの傷は心の傷と等しいのだ。この傷の分だけ、彼は傷つきそして血を浴びているのだ。

 返り血はお湯に流せば消える。しかし、記憶はそうはいかない。

ふとした瞬間に思い出され、彼の心を締め付けるのだ。そう、この古傷のように…………



「ふう…………」

 お湯に浸かると自然と声が出てしまう。

大して疲れることをしなかった今日だが、そんな日でも、やはりお風呂は良いものである。

気分が落ち着いた所で、ヴァロードは風呂全体に目をやる。

 大理石で出来た床。黒曜石の浴槽には竜を模ったオブジェの口からお湯が注がれる。

誰が調整しているわけでもないが、その湯加減は最適だ。

 これだけの造りならば、遠方の王族がわざわざ、湯を求め来ても不思議ではないだろう。

ヴァロードがこんな豪華な風呂に入るのは久しぶりのことである。


 豪華絢爛の湯に浸かりながら、彼は次にやるべき事を考えていた。

 世界を旅し、人々の災悪を払うのが勇者の仕事――そんなことは百も承知だ。

今までだってそうやって生きてきた。

しかし、頭の中でそう冷静に考える一方で、ここに留まりたいと思う自分が居ることにも気づいている。


 風変わりな魔王にあってしまったせいか、最近は昔のことを良く思い出す。

現に今も頭に浮かぶのは昔に立ち寄ったある場所の記憶。あの場所の風呂もここのように豪華だった。


思い出に耽ったせいか、思った以上に長風呂になってしまった。

これでは子どもはすでに寝付いてしまっているかもしれない。こんな思考を読まれたらまた怒られるのだろうか。



 タオルを頭に乗せ、食堂へと戻ると、魔王は宣言通り、そこに居座っていた。頭のタオルは既にない。

髪は既に乾いてしまったらしい。


その手には部厚い本が持たれている。タイトルは「魔王と勇者」というらしい。

余程集中しているのか、彼女はヴァロードに気づく様子もなく、本へと熱い視線を向けている。


「おい」

「うわっ!」


 声を掛けるとビクリと身体を震わし、見開いた目で本越しにヴァロードを見た。


「居るなら居ると言うのじゃ!」


 彼女は少し尖った声でそう言い、ヴァロードを睨みつける。


「良い湯加減だった。ありがとな」


 そんな表情を無視し風呂借りのお礼を言うと、ヴァロードは近くにあった椅子へと腰を下ろす。


「そうだろう。自慢の大浴場だからな」


 魔王は得意げにそう漏らし、パタンと本を閉じた。


「随分、部厚い本だな。面白いのか?」

「ああ。まあまあじゃな。色々と興味深い事が書いておるぞ。お主も読むか?」

「いや。すまんが読書の趣味はないし、遠慮しておく」

「そうか」


 彼女は少し残念そうに、差し出した本を机の上へと置いた。


「本が好きなのか?」

「ああ。好きじゃ。本は良いぞ。ここに居ながら違う場所の文化や風習なども学べる。勉強には持って来いじゃ」

「なるほどな」


 その言葉は彼女が外の世界に興味を持っていることを顕著に表わしているのだとヴァロードは考察する。


「この城の書庫には様々な本がある。すべて父上が妾の為にそろえてくれたのじゃ」


 魔王は自慢するかのように笑顔を作る。


「だが、本は所詮、本じゃ。お主に会ってそう思った。外の世界を知ったつもりでいたが、お主の語る外の世界と妾が想像している外の世界は違っていた」

「そうだな。世界は本当に広いぞ」

「ああ。いつか、妾も旅をしてみたい」


 魔王の顔は夢見る少女のモノ。

 しかし、夢が叶うのはいつになるだろうか? 

彼女の父の死の知らせを聞く時か? 

それを誰が伝えるのだろうか? こんな辺境の森に。


 ヴァロードの口からは真実が漏れそうになる。それが彼女の為だから――だが、口を閉じる。

 彼女は魔王としては幼すぎるのだ。容姿もそうだが、力が無さ過ぎる。

それは獣のいる野外にまだ飛べない鳥を放つようなもの。


 だが、ここはどうだろう? まるでこの城は牢獄。自由を求める鳥には狭すぎるのだ。


「なあ……街に行ってみたいと思わないか?」

 その言葉を聞き、魔王は目を丸くする。驚いたのは魔王だけでは無い。

言葉の主の勇者でさえ、自分に驚き、同じような顔をする。


「そりゃ、行ってみたい……いや、妾は魔王じゃ。人間の街などに行きはしない」


 興味を押し殺しながら、彼女は否定の態度を見せる。


「そうだな。確かに」


 少し唐突過ぎたかと反省し、ヴァロードは口を閉ざした。

だが、彼女はモジモジと身体を動かし喉元にある何かを出そうともがいている。


「も、もしもじゃぞ! 妾が街に行ったらどうなる? やはり人間たちは騒ぎになるか?」


 魔王が人里に出没したなど知れたらパニックになるのは必至だ。けれどそれは強い魔王の場合だ。

強力な魔力は鍛錬をしていない人間にも感じられるのだから。

 ヴァロードはもう一度、彼女の事を見る。

目の前の魔王からは微弱な魔力しか感じない。魔導師ですらそれを感じられるかどうか定かではない。


「いや、お前程度では誰も魔王などと気が付かないと思う」


 自分の経験を踏まえ、彼は推測を述べる。


「むっ……それはそれで不服じゃな…………まるで妾を弱いと言っているようではないか」


 複雑な顔をする魔王だがその思考は次の段階へと進んだらしい。


「そうか。なるほど…………」


 時々、呟きながら難しい顔で何かを考える。口出しなどせずに彼女の考えがまとまるのを待つ。


「街に行けば、あの美味しい〝かっぷけーき〟もお腹一杯食べられるんだよね……」


 何か聞こえてきたが、聞こえないふりをする。食欲も好奇心を引き立てる立派な要因なのだから。


「うーむ……行きたくはあるが、やはり怖い……いや、別にどうってことはないのだが、ふむ…………」


 彼女は人生の中で魔族としか触れあったことが無いのだ。未知の種族の集団に飛び込んで行くのは抵抗があるのだろう。


「妾が行くと行ったらお主はどうするのだ?」


急に顔をあげ、彼女は真剣な目でヴァロードを見つめる。


「どうするとは?」

「妾は街を知らないのじゃ。案内してくれるのかと聞いておるのじゃ」

「そうだな…………どうするか」

「なっ! お主が誘ったのだから、そこは即答すべきではないのか?」

「いや、正直ここまで簡単に決心するとは思ってもみなかったからな」

「妾は決断力のある魔王なのじゃ」

「なるほどな。だが、お前が思っている以上に人間は大人しくはないぜ。正体がばれたら殺されるかもな」


 勇者の言葉に少し怯えた顔をする魔王。


「なんだお主は。妾を街に行かせたいのか、行かせたくないのか、分からんぞ!」

「そうかもな…………」


 実際、ヴァロードは複雑な心境であった。人間は異形のものに怯える性質がある。

その恐怖は怒りや憎しみという感情に変わりやすい。そして最後には異形を排除しようとするのだ。

魔王が街に行き、バレでもしたら彼女は間違いなく虐げられる。

 それでもヴァロードの口から自然と街へ行くのを勧める言葉が出たのは彼女に情が移ってしまったからだろう。

彼は独りと呪縛の苦しみを知っているのだから。


「どうしても、ダメか?」


 ヴァロードが引いたことにより、魔王の欲は強くなってしまったらしい。先ほど以上にハッキリとした口調で迫ってくる。

 今度はヴァロードが迷う番だ。彼女の言葉を聞き流しながらも頭の中で自問自答を繰り返す。


「そうじゃ! これならばっ!」


 魔王は何かを思いつき、ビシッと勇者に向けて指を差す。


「お主、先ほどのゲームで負けたことを覚えとらんとは言わせないぞ!」

「いや、実際、負けたつもりはないのだが。パス二回しかしていないし」

「黙れ! 時間切れでお主の負けなのじゃ」


 制限時間のルールを追加し、彼女は満足げな顔でヴァロードを見た。


「では、ルール通り、罰ゲームを言うぞ。覚悟はいいか!」


 ヴァロードに口を挟まれないように、早口に言葉を繋げる。


「お主には妾の配下として街まで連れて行ってもらうぞ!」

「はぁ?」

「何を呆けておるのだ。それともルールを破るつもりか?」


 魔王は必要以上に顔を近づけ、威圧を見せる。

 身体を引きながら、ヴァロードは考えを巡らす。だが、少女の顔が目の前にあるのだ。集中できたものではない。


「ああ、分かった。連れていく…………だが、配下というのは、どういうことだ」

「だからそのままの意味じゃ。罰ゲームとして妾の配下となったお主の初仕事が妾のボディーガードじゃ」

「おいおい、罰ゲームは良識と常識の範囲内ではなかったのか?」

「ふふふ。妾は人間界の常識など知らんからな!」


 こんな時とばかりに威張る魔王。ヴァロードは呆れてものも言えない。


「何をポカーンとしておる。妾の配下になれる者など滅多にいないのだぞ。もっと喜ばんか」

「配下すらいない者が何を言う」

「ぐっ…………配下ならおるぞ! ほらっ!」


 床にいたベロスを捕まえると、彼女は誇らしげに提示する。


「みゃあ」


 ベロスも威張るかの如く、ひと声上げる。


「それとも、やっぱり妾の配下など、なりたくないと申すのか?」


 一転し、彼女は不安げな表情になる。まるで子供がやる泣き落としだ。


「はぁ」


 ヴァロードは短くため息を付き、不安げな魔王を見る。

「そうだな。俺さえ来なければ、こんな気持ちにもさせなかっただろうからな…………」

「そうじゃ。責任を取ってもらうぞ」

「…………分かった」


 観念し、ヴァロードは了承の返事をする。


「そ、そうか。やったっ!」

 本当に嬉しそうに魔王は笑いかけた。その笑顔にヴァロードも思わず笑みを漏らしてしまった。


「コホン。では……部下を迎える為のギシキを行う」


 咳払いをし、彼女はそう言う。少し声が緊張しているようだが何をするというのだろう?


「勇者よ。妾の元へ来い」

「ん? ああ」


 言われた通り、ヴァロードは立ち上がると魔王の正面へと立つ。

二人並んで立って見ると伸長差で魔王が勇者を見上げる形となる。


「で、では、ギシキを始めるぞ…………」

「で、俺は何をすればいい?」

「ちょ、ちょっと待っておれ、心の準備が…………すぅー、はぁー」


 深呼吸をしながら彼女は息を整える。何か緊張した様子だ。


「では、ヴァロード。妾に口づけするのじゃ」

「口づけ――――いいのか?」

「わ、妾も恥ずかしいのじゃ。早くするのじゃ」


 魔王は顔を真っ赤にし、目をギュッと瞑っている。覚悟を決めたらしい。


「そうか、では――」


 ヴァロードは屈み、彼女の肩を掴む――――

怖いのか彼女は肩を強張らせ、そして――


「何をするのっ!」


 次のコマに聞こえたのは悲鳴にも似た大声とパチンという、乾いた音。


「いってぇ……何をいきなり――」


 頬を抑えながら、ヴァロードは魔王を睨む。


「それはこっちの台詞よ! どこにキスをしようとしたの!」


 怒りか恥ずかしさか分からないが、彼女の顔は真っ赤に色付いている。


「どこって、口だが…………」

「信じられないっ! 普通、手の甲って分かるでしょ!」

「い、いや、お前が目を瞑るから…………」

「勝手に勘違いしないでよね! 唇の訳ないじゃない! まだしたこともないのにっ!」

「す、すまん。いや、ごめん」


 あまりの迫力に自分の非を認め、頭を下げてしまう。


「じゃあ、改めて――」

「もういいわよ! 馬鹿っ!」


 食堂の扉をバタンと閉め、彼女は去って行ってしまった。


「おいおい……今日泊まる部屋にぐらい案内してくれよ……」


 そう漏らすが彼女が再び食堂に現れることは無かった。


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