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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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いっしょのごはん

「では、次の質問じゃ!」

「な、なあ、そろそろ止めないか? 日も暮れたし

 ヴァロードは完全に呆れ顔で魔王へとそんな提案をする。


「なっ!」


 魔王は驚いて、部屋の窓を見る。

そこから見える風景に陽光は無く、暗闇色に染まったガラスは覗きこんだ魔王の顔を映し出している。


「し、しまった…………食事の用意もしておらんというのに…………」

「そうか。じゃあ、終わりってことでいいな」


 愕然としている背中へと勇者はそう投げかけ、食堂を出て行こうとする。


「ま、まだじゃ! 勇者逃しはせんぞ!」


 魔王は慌てたように勇者の前へと回り込み、両手を広げ全身全霊で進行を阻止するのだ。


「逃さないと言われてもな。俺もそろそろ宿に帰らないと…………」

「心配無用じゃ。この城に泊まって行けばよい」

「は?」

「遠慮することはないぞ。カップケーキとやらのお礼だと思えばよい」


 魔王は何だか嬉しそうに話を進めていく。

 ここに泊まれば夜の森を抜けることも、宿を探すこともしなくていい。

確かにありがたい話だ。悪い話では無い。


いや、大切なことを忘れている――――

「ちょっと待て。俺は勇者だ。そしてお前は魔王だ。そんなに簡単に俺を泊めていいのか? 父上から預かっている城なんだろ?」


 勇者は我に返り、ここが魔王の城であることを思い出した。


「父上は客人には礼を持って持て成す御方であった。勇者とて客人に変わりはない」

「もしかしたら寝込みを襲うかもしれないぜ」

「お主がそんな卑怯なヤツとは思っておらん」


 脅しすら効果なし。どうやら、意地でも魔王はヴァロードを泊めたいらしい。

彼がどんな言葉を言っても、彼女は機転の利いた答えを返すのだ。


「はぁ…………仕方がない。泊まらせて頂こう」

「ふふ。やっと観念したか。それで良いのじゃ」


 勇者の返事を聞き上機嫌になり、魔王は席を立ち上がる。


「そうと決まれば、まずは晩御飯じゃ。ある物で作るがいいか?」

「ああ、いいぜ」

「ならばお主も手伝うのじゃ。料理ぐらい心得ているだろう?」

「俺は客人じゃなかったのか?」

「ふふ。働かざる者、食うべからずじゃ」


 ため息を一つ洩らし、ヴァロードも立ち上がり、彼女の後に続いてキッチンへと入った。


 キッチンの中はかなりの広さがある。そこだけで家の一部屋に相当する大きさだ。

棚には皿やフォークが綺麗に並べてあり、使い込まれたシンクはピカピカに磨いてある。

埃だらけの城の中とは随分様子が違う。


「ほら。ボーっとしていないで野菜を洗うのじゃ」

「ああ」


 魔王に促され、彼は流し場へと立つ。置いてあったのは土を付けたままの色とりどりの野菜。

どれもまるまると太って美味しそうである。


「これって、お前が作ったのか?」

「ああ。妾特製の野菜たちじゃ。心して洗え」


今年は天候不良で作物の育ちが悪かったというのに、さすがは魔王の土地である。


 勇者が野菜を洗っている間に、魔王は慣れた手つきで鍋を火の上にかけ、薪をくべる。


「包丁はそこにあるから、適当に材料を切ってくれ」

「了解」


 備え付けの包丁は年季が入っているのにも関わらず、良く磨かれている。

使い手が大事に使っているという証拠だ。その包丁を使い、ヴァロードは丁寧に野菜を切っていく。

料理は魔王の指示により進められていき、厨房内にはすぐに良い匂いが立ち込めた。


「いただきます」


 声をそろえ食事の挨拶をし、二人と一匹の晩餐が始まる。

今日のメニューはグリーンサラダに穀物と川魚のスープ。蒸しイモの塩和えだ。

自給自足生活とあって、野菜中心のメニューとなっている。


「さあ。遠慮なしに食すが良い」

「ああ、頂くよ」


 一口食べると程良い塩辛さが口の中に広がる。

素材の旨みを殺していないことから、彼女の味付けが優秀であることが分かる。


「お前は料理が好きなのか?」

「ん? 好きではないが、毎日やることだからな」


 当然のように彼女は言う。


「それより、味について、何か言う事は無いのか?」

「そうだな。美味いぜ」

「そ、そうか! 実は自信が無かったかのだが……お主の口に良かった」


 褒められたことで威張ると思われた魔王だが、ヴァロードの言葉を受け、本気で喜んでいる。


「街のシェフをも唸らせる味だぜ。これ」

「そう言われると嬉しいな。これなら父上もみんなも喜んでくれるはずじゃ」

「…………そうだな」


 真相を知っているだけあって、少女の無垢な言葉はヴァロードの胸に突き刺さる。

この痛みは罪悪感、それとも同情だろうか?


「おかわりもあるぞ。満足するまで食べるのじゃ」


 そんなヴァロードの気持ちも知らずに彼女は食事中、笑顔を絶やさなかった。



食事が終わり、食堂には静寂が訪れる。

奥のキッチンからはカチャカチャと食器を洗う音が聞こえてきている。

そんな中、ヴァロードは天を仰ぎ、ボーっとしていた。


天井には巨大なシャンデリアが吊してあり、そこから出た光がフロア内を明るく照らしている。

その光は魔洸石という石が作り出しているのだろう。

この種の魔洸石は日光を溜めこむ性質を持っていて、夜になると溜めこんだ光を発散するのだ。

主に光源として使用されているが、希少価値が高いので滅多に見かけられるものではない。


 だが、あのシャンデリアには大量の魔洸石が使われているのだ。

買う人がいればどれだけの価値になるのかは想像もつかない。

おそらく、あのシャンデリアと同じようにこの城には高価な宝物がまだ眠っているのだろう。

トレジャーハンターや富豪が喉から手が出るほど欲しいと思う宝物が…………


「待たせたな。さぁ、ゲームの続きをするのじゃ」

 食器洗いが終わったのか、魔王はキッチンの奥から姿を出した。

思考を急に遮られ、ポカンとした様子でヴァロードは魔王の方を向いた。


「おいおい。まだやるのか?」


 呆れ顔のヴァロード。


「あたりまえじゃ。決着もつけずに止められるものか」


 結局ゲームは強引に開始される。

とはいっても自然とゲームのルールは崩れ去り、ただのお喋りのようになってしまったが。


「ほほう。お主は七つもの国を旅したことがあるのか」

「ああ。どの国も面白かったぜ」

「楽しいじゃろうな。風の向くままに様々な国を旅できたら…………」

「旅に出たいのか?」


 そこで魔王の表情が曇る。


「出たいのじゃと思う…………妾の世界はこの森だけじゃった。けれどお主に会ってからというもの、世界が広いと思い知らされたのじゃ」


 好奇心旺盛な少女にとってはこの森は身を縛る牢獄と変わらないのだろう。


「だが、それは許されん。妾の役目はこの城の留守を預かることじゃ。離れる訳にはいかん…………」


 彼女は少し俯いた後、すぐに顔を上げ、笑顔で質問を続ける。


「そうじゃ。お主。コイビトは居るのか?」


 飛んできた質問はまた唐突。ヴァロードは驚きのあまり、はぁ? と間抜けな声をあげてしまった。


「それほどの国を旅してきたのじゃ。一人や二人ぐらいは居たんじゃないのか?」


 確かに彼女ほどの(見た目)年齢で、恋事に興味を持つのは当然のことだが、まさか魔王から聞かれるとは思わなかった。


「何と言っても、お主は中々カッコイイからな。泣かせた女も多いのではないのか?」

「ふっ。魔王に褒められるとはな」

「で、どうなのじゃ!」


 魔王は目を輝かせてヴァロードへと迫ってくる。


「そうだな…………確かに何人かはいたが…………やっぱりパスだ」

「なっ! ここまで来て、気になるではないか!」

「まっ、大人にも色々あるってことさ」

「…………妾を子供扱いするではない。それにパス二回目だぞ」


 不服な目でヴァロードを見る魔王。その顔はふくれ面だ。


「じゃあ、一つだけ教えてやる。俺の最愛の人はお前と良く似ていたな」

「なっ…………」


 ガタンと音を上げ、魔王は椅子から立ち上がった。


「こ、困る。まさか、この妾をそういう目で見ていたのか…………ちょ、ちょっと考えさせてくれ」


 大いなる誤解をしているのか、魔王の顔はリンゴの様に赤くなっている。


「誰もそんなことは言っていない。それに雰囲気が似てるだけでアイツの方が美人だったしな。それに餓鬼は恋愛対象外だ」


 その台詞を聞き、今度は怒りに震えだす魔王。


「わ、妾を子供扱いするな! 何度、言ったら分かるのだ!」

「そうやって過剰に反応する所が子供だろう」

「何をぅ…………」


 またムキになる自分にハッとし、魔王はそのまま部屋の入口を目指し歩いてゆく。

怒りが覚めていないのか、その足音は乱雑だ。


「風呂を沸かしてくる。お主はベロスとでも戯れておれ」


 そう言い残すと、魔王はツカツカと廊下を歩いて行った。

一人残されたヴァロードは、椅子の下で眠る子犬の頭を撫でて遊んでいた。


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