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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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質問と戯れ

 お茶会が終わり、しばしの団らんが始まる。


「勇者。ここで一興。遊戯をするとしよう」


 どういう風の吹きまわしか、彼女はそんな提案をしてくる。


「ルールは簡単だ。交代交代に質問をしていく。質問された側はその質問に答えなくてはいけない。

どうしても答えたくない場合はパスをしてもよい。ただし、パスは三回までじゃ。分かったな?」


 彼女は半ば強制的に勇者をゲームへと参加させる。

やれやれといった様子ヴァロードは首を縦に振る。


「ルールは把握した。もし負けたらどうするんだ?」

「敗者は勝者の言う事を一つ聞くこと」

「ほう。何でもいいのか?」

「ああ。良識と常識の範囲内ならな」

「いいだろう」


 ルールに同意し、ゲームは開始される。


「まずは先行後攻を決める。ちょっと待っておれ!」


 魔王はそう言うと食堂を飛び出し、どこかへと行ってしまった。

 三分ほど子犬と戯れて時間を潰した所で、彼女は駆け足で食堂へと戻ってきた。

彼女が掌を開くと、そこには一枚の銀貨が握られていた。

国の刻印も複製防止の切り込みも入っていないことから相当古いものという事が分かった。

 彼女はその銀貨を指で弾くと、空中でキャッチし、そのまま手の甲に乗せる。


「さあ、裏と表、どちらじゃ」


 模様が刻まれている方を表と過程すると、回転からして手の中にあるのは裏。

この程度の物体の動きを見切るのは造作も無い。しかし――


「表だ」


 ヴァロードはわざと逆の答えを言う。


「では、見るぞ」


 手の中にあったのは無地側。やはり裏だ。


「ふふふ。運が無かったな。妾から質問をするぞ」


 先行を取っただけだと言うのに、魔王は大勝利でもしたかのように、はしゃぎ回る。

その様子を見てヴァロードは思わず笑みを浮かべてしまった。


「では、最初の質問だ。勇者、覚悟せい!」

「ああ」


 彼女の高いテンションに半ば呆れながらも、ヴァロードは頷く。


「お主の出身国はどこじゃ?」


 無理難題な質問を予想していたが、彼女から繰り出されたのは、とても簡単な問いだった。

呆気に取られたヴァロードだったが、故郷を声に出すなど他愛ない事だ。すぐに口を開き、回答を示す。


「ここからずっと南に行った国、サザントールの王都生まれだ」

「ほほう。南国生まれとな。なるほど、なるほど。さあ、お主の番じゃ。好きな質問をするがよい」


 彼女は簡単に番を受け渡す。

当初ヴァロードはこの遊戯を「如何に難しい質問をして相手を苦しめるゲーム」だと考えていた。

しかし、それは趣旨違いだったらしい。

だからこそ、ヴァロードも相手に合わせ、瞬時に簡単な質問を巡らすのだ。


「この城にはお前独りで住んでいるのか?」

「失礼な。一人ではない。ベロスも居るのが見えるじゃろ」

「ああ。そうか」


 当然と言わんばかりに彼女はそう言った。

魔王が城に一人で住むことは釈然としない。しかし、疑問を抱く間も無くゲームは続く。


「街では他にどのようなお菓子が売っているのじゃ!」

「そうだな。ケーキや、シュークリームも売っていたな」

「その〝けーき〟や〝しゅーくりーむ〟というものはどんなものじゃ?」

「おいおい。質問は一つだけの筈だが」


 意地悪をして、ヴァロードはそんなことを言うと、

「むぐぐぐぐ……そうじゃったな」

 本当に悔しそうな顔をする魔王だ。

 思わず笑いそうになったのでヴァロードは窓越しの風景を見てそれを誤魔化した。


「じゃあ、俺からの質問だ。お前は魔剣を使えるのか?」

「魔剣? 使えんが、それがどうしたのだ」

「いや…………そうか」


 また釈然としない答えが返ってきた。魔王になる為には先代の魔王から魔力を受け継ぐ必要がある。

そうすれば自ずと魔剣も受け継ぐはずなのだが…………


(この娘は魔王ではない? いや、しかし、あの時感じたのは確かに魔王の波動であった……)


「どうしたのじゃ? 難しい顔をして?」


 魔王は不思議そうにヴァロードの顔を覗き込む。


「いや、何でもない。それよりも次の質問は?」

「そうじゃな…………ケーキとやらがどういうモノなのか教えてくれ」

「ああ。それはな――」



 それから二人ともパスなしで質問を繰り返す。

ヴァロードは主に魔王の身辺のこと、魔王は人間の暮らしを質問する。

 その質問の中で考察するに、彼女は魔王でありながら人間の暮らしに興味を持っていることに気が付いた。

それは魔王としては特に珍しいことだ。


 普通、魔族は人間を自分と同格に考えない。下劣な種族だと、人間の生活形式を頑なに拒否する者も珍しくない。

その魔族を統治する魔王は間違っても「ケーキ」や「シュークリーム」に興味など持たない筈なのだが…………

目の前の少女はむしろ――――


(人間に憧れている? まさか、な……)

 自分自身の考えに半信半疑になりながら、ヴァロードは確信に続く質問をしていく。


「次の質問だ。魔王。お前はどうしてこの城に居るのだ」

「どうして…………」


 ここで初めて魔王は考え込む。彼女はしばしの沈黙の後で答えを出した。


「理由は色々あるが、やはり一番の理由は父上に留守を頼まれたからじゃ」

「父上?」

「ああ。アストラという立派な魔王じゃ」

「アストラ…………」

「うん。どうした?」

「いや、何でもない」


 ヴァロードは彼女に気が付かれないように冷静な対応を見せる。


「では、妾の質問じゃ」

 彼女のどうでもよい質問を答えながらヴァロードは考えていた。魔王アストラの事だ。

 アストラと言えば、魔王でありながら平和を愛し、無碍に人間や魔族を傷つけない〝博愛の魔王〟として有名であった。

その魔王が十年ほど前に討たれたことも既知の事実だ。

死因を詳しくは知らないが、勇者に倒されたという噂もある。


「なぜ、アストラはお前に留守を任せたのだ? それにここにはなぜ、何の魔族も居ないのだ?」

「父上は世界を掌握する戦に参加する為にみんなを引き連れ、ここを出ていったのじゃ。だからこそ、妾はこの城の留守を預かったのじゃ」

「それは何年前の話だ?」

「そうじゃな…………かれこれ二十年前になるかの」

「二十年…………」


 二十年。いくら寿命が長い魔王とはいえ、この少女は一人でその時間を過ごしてきたのだ。


「寂しくはないのか?」

「…………そりゃ、寂しいが、父上は言ったのだ。必ず帰ってくると」


 彼女は少し目を伏せ、そう言った。

だが、どんなに父を思い続けても、彼はもうこの世には存在しないのだ。

それを知ったら彼女はどんな顔をするのだろうか?


「ふふふ。ちゃんと留守番をしていたことを父上が知ったならば、どんなに妾を褒めてくれる事やら」


 無邪気に少女は笑う。

その笑顔に真実を教えない罪の意識すら感じ、ヴァロードは彼女から目線を外した。




「そうじゃ。お主の家族はどうなのじゃ? 父上はどんな人じゃ?」


 唐突の切り返しであった。今まで軽快に答えを出していたせいで、悩む時間はとても長く感じられる。


「どうした? もしかして嫌な質問であったか?」

「いや…………まあ、そんな所だ」

「す、すまん。妾とした事が――」


 ゲームで質問ゴッコをしているというのになぜか彼女は少し申し訳なさそうな顔をする。


「いや、いいさ。だが、俺は家族の事を質問するならばパスするぞ。例えゲームに負けたとしてもな」

 一瞬で空気が暗くなってしまう。

その気まずさを打ち消すように魔王は今まで以上に明るい口調でゲームの続行を宣言した。




 この後もパス無しでゲームは続いて行く。

魔王はヴァロード自体には触れないようにか、人間全般に共通するようなことを質問してくる。

勇者の身辺以外の事でも彼女の聞きたいことは山ほどあるらしい。

関連性のない事柄を連発して質問してくる。

 しかし、困ったのはヴァロードの方だ。

自分自身についての質問も包み隠さず話す彼女だが、もう質問したいことは殆ど無くなっているのだ。

 質問に答える時間よりも質問を考える時間の方が長くなっているのが、自分でも分かる。

とんだ落とし穴があったものだ。

ヴァロードは露骨に悩む素振りを見せながら、終わらないゲームに苦悩していた。


「ほら、どうした! お主の番じゃぞ!」

「そうだな…………」


 チラッと食堂の時計を見る。時計の針はいつの間にか夕刻近い時間を示している。

このままでは夜の森を歩いて街に戻る羽目になる。

いくら勇者でも面倒は面倒なのだ。だからこそ、彼は攻撃的質問をするのだ。



「じゃあ、今日の下着の色を教えてもらおうか」


 もちろんこの質問をした理由は彼女を打ち負かすためであって、下着の色を知りたいからではない。断じて違う。


「ゆ、勇者! な、なんと無礼な!」


 思った以上の恥じらいを見せ、魔王は顔を赤く染める。そんな表情は街の年頃の娘と大して変わらない。


「教えるのが嫌なら、パスしてもいいんだぜ」

「むぐぐぐぐぐ…………」


 揺すりをかけると、魔王はさらに顔を赤くするのだ。


「――じゃ」

「うん?」

「白じゃと言っておるが! バカ者っ!」


 彼女は叫びの如く、そう言った。

ヴァロードは何の事か分からずに目を丸くするが、頭の中で言葉を木霊させ、その意味を理解する。


「あ……そうか。参考になったわ」

「何が参考じゃ! この変態勇者めが! 恥を知れっ!」

「い、いや。すまん。パスするかと思ってな…………」

「それにしても節度というものがあるだろう! 年頃の娘の、し、下着の色を聞くなんざ、破廉恥にも程があるぞ」

「悪い、悪い。俺の下着の色も教えるから」

「教えんでいいっ!」


 その後、こっ酷く説教されたヴァロード。

結局、ゲームが終わらないまま、夕日は遥か地平線へと沈んでしまうのであった。


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