魔王とお茶会
魔王の城を訪ねてから三日が経ったある日。ヴァロードは街のお菓子屋へと出向いていた。
勇者が入るにはちょっとファンシー過ぎる外装の店だが、ヴァロードは臆せず入る。
「これを四つ、くれ」
ヴァロードの指したカップケーキを店員は包装し、手渡す。
「ありがとうございました」
その声と笑顔の裏腹にはヴァロードを嘲笑う感情が見え隠れしていたが、そんなことはどうでもよかった。
「さてと、行くか」
ヴァロードは目的地へと向かい、足を進めた。
三日ぶりに入る森はやはり静かだ。聞こえるのは鳥の声と風に揺れる木の葉の音だけ。
こんな様子では、ここが魔王の住まう森とは誰も思わないだろう。
ヴァロードは前に入った場所と同じ所から森の奥へと入る。
結界の周辺の草や木の枝が荒れていないことから、あの日以来の来客はない事が分かる。
一度入った道なので足は軽い。前に来た時の半分の時間で薔薇園に出た。
目を凝らして紅い絨毯の園を見るが、魔王の姿はない。
前と同じぐらいの時間に来たつもりなのだが、少しタイミングが違ったらしい。
仕方がないのでヴァロードは城の方へと歩き出した。
城が見えた。そこでヴァロードは首を傾げる。
気のせいだろうか? 城の周りの雑草が前より少なくなっている気がする。
一度目の記憶と照らし合せながら、ヴァロードは入り口へと向かう。
城の扉は不用心過ぎるほどすんなりと勇者を中へと招き入れる。
屋内に入って彼女の居る場所が分かった。
「~~~~~♪」
魔王の姿はないが、奥の部屋から鼻歌が聞こえてくるのだ。
メロディーが途切れていないことから、魔王はまだ、勇者の訪問に気が付いていないらしい。
ヴァロードは陽気な鼻歌を頼りに城内を闊歩する。
「ラララ~~♪」
ここの中らしい。ヴァロードは半開きの扉の前で止まる。
覗いてみると、大きな長テーブルと多数の椅子が目に入った。どうやらここは食堂らしい。
そして声の主も同じフロア内に居る。上機嫌にメロディーを口ずさみながら魔王が床を掃いていた。
「ラララ…………」
勇者の方を見た魔王は一瞬にして固まってしまった。同時に顔も真っ赤に染まった。
「な、なんじゃ! お主は! 居るなら居ると言えっ!」
鼻歌を聞かれたのが余程恥ずかしかったのか彼女は癇癪を起こす。
「悪いな。取り込み中だったみたいでな」
魔王は箒を握り締め、来客を睨む。
勢い余って床に箒を床に叩きつけた衝撃でせっかく集めた埃は逃げるように部屋の中に広がって行ってしまった。
「清掃中、か。何か手伝うか?」
「ふん。施しは受けん。お主はそこに座って、妾の掃除テクをじーっくりと拝見しておけ!」
気合を入れ、彼女はほうきがけを再開した。だが、その張り切りが仇となるのだ。
ガシャーンッ!
金属が床に打ち付けられる激しい音。雷鳴にも並ぶような悲鳴。その大音量に思わずヴァロードも耳を塞いでしまった。
音が止んだ後に残されたのは惨事。バケツの水は水害のように床を侵食して行く。
「し、しまった…………」
「なるほど、これが魔王のテクか」
「う、うるさいわねっ!」
魔王は床に膝を付き、一生懸命に水をバケツへと戻す。
しかし、水は広がって行くばかりで被害は増す一方だ。
「ったく…………これを借りるぞ」
ヴァロードはキッチンの奥にあった、乾いた雑巾を見つけ、魔王と同様に這いつくばって、床を拭く。
こんなことをする魔王と勇者が世界のどこにいるだろうか。
「何を! 施しは受けんと……」
「いいから。ほら、そっちまで水が広まっているぞ」
「ああ…………」
厚意を不服に感じながらも、魔王は黙って床を拭いて行く。
二人の協力のお陰で水はすぐにバケツへと戻り、ついでに床はピカピカになった。
「さてと、お次は?」
「ああ。あとは客室の清掃を――――って、手伝えとは一言も言っておらんぞ!」
「そうか。じゃあ、少し、お茶にでもしないか?」
「勝手に決めるでない。そもそも、妾は城に勝手に入ってもいいなんて――」
彼女が文句をブツブツと呟いている間にヴァロードは持ってきた紙袋を開ける。
「――というか、お主は聞いている…………ん? なんじゃ。この甘い香りは」
「ああ、これか。これはカップケーキと言って、街で流行っているお菓子だ」
「それは美味いのか?」
「俺も喰ったことはないが、美味いと評判らしいぞ」
「お主、自分でも食べたこと無い物を妾に食べろと申すのか!」
「いらないのか?」
その言葉に魔王は首を振る。
「ま、まあ。お主が持ってきたものを無駄にするのも可愛そうじゃ。どうしてもというならば、食べてやらんこともない。何せ、妾は心の広い魔王じゃからな」
そう口で言っているが、魔王はテーブルの上にティーカップを運び、手際良くお茶の準備をしている。
「手伝うか?」
「お主は座っておれ。敵とはいえ、せっかくの来客じゃからな」
彼女はそう言い残し、奥のキッチンに消えていった。
しばらくすると魔王はティーポットと茶缶の乗ったトレイを運んでくる。
また転ばれてはたまらないと、動向に気を配るが、大丈夫のようだ。彼女は無事にテーブルにそれを置く。
彼女は慣れた手つきでお茶を淹れる。茶葉にお湯を注いだ途端、良い香りが空間を彩った。
それはヴァロードが久々に味わう匂いでもあった。
「良い香りだな」
「そうじゃろ。特製のローズティじゃ。味わって飲むのじゃな」
「ああ。頂くよ」
こうして午後のお茶会は始まる。
ヴァロードは四つのカップケーキのうち一つを手元の皿へと取る。同じように魔王も。
しかし、彼女はそれを中々口に運ばない。
「どうした? 毒が入ってるとでも思っているのか?」
「い、いや。そんな卑劣な真似をする奴じゃとは思っておらん…………ただ、初めて食べる物なのでな」
「まあ、食べてみろよ。美味いぞ」
自分で一口食べ、味の感想を彼女へと伝える。
「ふむ。頂くとするか」
魔王は目を瞑って、自分の拳ほどの大きさのカップケーキへとパクリと食いついた。
「な、何これっ? すごい、甘い。こんな美味しい物今まで食べたこと――」
彼女は驚きのあまり声を上げて、手に持ったお菓子の美味を表わす。
「だろ?」
「うんっ! い、いや、まあまあだな……」
だが、すぐにヴァロードの視線に気づき、コホンと咳払いをし、改めて感想を述べた。
「そうか」
その言葉でヴァロードは満足そうな顔を見せる。
少しのインターバルを置き、魔王のお菓子タイムは再開する。
二口目でも彼女は幸せそうな顔を見せる。三口目、四口目、そして最後の一口。最後まで彼女は笑顔だ。
「おい! 勇者」
「うん?」
彼女は声を荒だててヴァロードへと詰め寄る。
「このケーキは何故、あと二つあるのじゃ!」
「ん? なぜって、食べるためにだが」
「その食べるの中に妾の分は入っておるか!」
最初に会った時以上の剣幕を見せる魔王。
「ああ……おかわりがほしいならば、いいぜ」
勢いに押されながらもヴァロードはそう言った。
もし、ここでダメだと言ったらどうなっていた事やら。
「そ、そうか。ならば遠慮なしに…………」
彼女が手を伸ばそうとしかけた時、
「ふみゃあああーっ」
テーブルの下から何か猫の様な声が聞こえてきた。
「ベロス、そんな所で何をしてるの! よっと……」
魔王はテーブルの下へと潜ると、何やら作業をし、出てくる。その手には紫色の子犬が抱えられていた。
前にも見たことがある。確か、自称ケルベロスと言っていた生物だ。
「そいつ、あれからずっと飼っているのか?」
「そうじゃ。返還の仕方が分からなかったのでな! それにソイツではない。ベロスじゃ」
「ふにゃああ!」
ベロスは自分を誇示するかのように魔王の手の中で吼える。咆哮と言うには少々可愛い過ぎる声である。
彼女がベロスを膝の上へと置くと、すぐさま彼(彼女)はテーブルの上へと飛び乗った。
「こら、ベロス! 机の上へと上がっちゃダメだって、いつも言ってるでしょ!」
「ふみゃあああ」
ベロスは抱えられると暴れ出す。その目線の先には魔王の分のカップケーキがあった。
「こらっ! これは私の分なの! 食べちゃダメ!」
「ふがああああ」
余程食べたいらしく、ベロスはジタバタと暴れまわっている。
それを抑えるので魔王は手一杯だ。助けてと言わんばかりに魔王は視線を送ってくる。
「これ、食いたいのか? ほら」
それに気が付いたヴァロードは最後の一個のカップケーキをテーブルの上へと置く。
「ふにゃあああ!」
「わっ!」
ベロスは渾身の力で拘束を解き、テーブルの獲物に喰いついた。
「すごい食欲だな。というか、こんな甘い物食べて平気なのか?」
「ああ。ベロスのお腹は妾と同じで良くできておるからな」
つまりは雑食と。口にしようと思ったが、彼女が怒りそうなので、止めておいた。
「それにしても、良く見りゃ結構可愛いな」
ヴァロードはベロスの頭を撫でる。食事中だと言うのにベロスはくすぐったそうに頭を掌へと擦りつけてきた。
自分のペットが他人に撫でられているのが嫌なのか、魔王は不服とばかり顔をしかめる。
「ま、まあ。ケーキを貰ったお礼じゃ。心ゆくまでナデナデするが良い」
勇者へと許可を与え、魔王も自分のカップケーキを口に運んだ。飼い主、ペット共々幸せそうな顔を見せる。
その表情をヴァロードは満足そうに見つめるのであった。