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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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小競り合いとプライド

 様態の安定した弟を寝かしつけ、闇夜に染まる街を二人は歩いていた。

早足になる少女に歩幅を会わせながらヴァロードは他愛のない会話をする。


 少女の名前はメル。スラムのレストランで働きながら弟のルノを世話しているらしい。

ヴァロードが彼女から聞いたのはそれだけである。

両親の話をしないことから彼女らが孤児(みなしご)であると分かったからだ。

だからこそ話題のメインはヴァロードについてのことになる。


 メルに質問される事柄についてヴァロードは親切に答えていく。

旅のことや自分自身の事。質問に答えるたびにメルは目を丸くして驚く。

余程、勇者の話が面白いらしい。国をろくに出たことも無い子供にとって、他国の事はやはり新鮮なのだろう。


「ねえ、勇者さまはお姫様に会ったことがあるの?」


 彼女の質問でお姫様というワードに引っ掛かる人物を頭の中にイメージする。


「私、お姫様に一回でいいから会いたいな。だってとーっても綺麗なんでしょ?」


 この歳の子供が考えそうな妄想をメルも抱いているらしい。

だが、ヴァロードが会った姫はそんな可憐なイメージにそぐわない人物ばかりであった。

確かに装飾をし、高い服を着ているのでとても美しく見える。しかし、その容姿の下には醜悪な本性が巣食っていた。


「ああ、そうだな。綺麗だった」


 本質を知っていた彼だが、子供の理想を傷つけること無いよう発言した。

その答えを聞いて満足げにメルは笑う。


(姫か…………)


 もう一度、その言葉を頭に浮かべた時、彼の脳裏には薔薇園の少女の姿が映し出された。

彼女の姿は姫というイメージにぴったり一致することに気が付いた。

だがすぐに彼女が魔王だということを思い出し、苦笑する。


「勇者さま、早く、早く!」


 妄想に浸っている間に、メルは遥か前方へと移動していた。ヴァロードの方を向きながら大きく手を振っている。

無邪気な子供らしい振舞い――だが、それがまずかった。


「きゃっ!」


 巨体にぶつかりメルは小さく声を上げる。


「いってぇな! 餓鬼が!」


 転んだメルの見上げた先には巨漢がいた。

彼はぶつかってきた子供を見下すように睨む。


「あっ…………ごめんなさい……」

 メルは怯えたように謝る。しかし――


「兄貴にぶつかるとは失礼な餓鬼だ。どうしやす?」


 男の取り巻きと思われるひょろ長い男も転んだ少女に因縁を付け始める。

 メルの視線は男を怖がり、自然と下がる。

そこには街灯に照らされ輝く三枚の硬貨が転がっていた。


「あっ…………」


 メルは地面に落ちた銀貨を見て、自分の胸元を探る。

無い――どうやらぶつかった衝撃で銀貨を落としてしまったらしい。あれは自分のお金だ!


「ん?」


 這いつくばって銀貨を拾う様子に男は気が付いたらしい。


「おっと!」


 巨漢はメルが拾う前に銀貨を奪った。


「汚ぇ餓鬼のくせに銀貨持ってるとはな」

「か、返して!」


 メルは必至に銀貨を取り戻そうと男に悲願するが効果はない。


「俺たちはこの街の平和を守るハンターだぞ。ぶつかっておいて礼ぐらい払えないのか?」


 遠目からその会話を聞いていたヴァロードは鼻で笑う。

ハンターとは確かに魔物を狩る職種だが、この地に殆ど魔物は生存していない。

彼らの行っている仕事などせいぜい密猟だろうから。


(さてと、さすがにそろそろやばいか…………)


 ヴァロードは止めていた足を動かし始める。


「それは大切なお金なんです! 返して!」

「うるせぇ!」

「きゃっ!」


 男はメルを力いっぱい押す。軽い子供の身体は簡単に飛ばされてしまった。


「おっと!」


 メルの身体が固い地面に衝突する前にヴァロードは優しく受け止めた。


「勇者さま……」


 自分を助けた人が誰なのか確認した後、メルはヴァロードの腕に縋りつく。

その瞳には涙がうっすらと浮かんでいた。

裾が皺になるほど硬く掴んだ掌から、無念さや恐怖といった感情がよく感じ取れた。


「この子がぶつかったのは謝るが、やり過ぎはしないか?」

「何だてめぇは!」


 予期せぬ第三者の登場に巨漢は剣幕を上げる。


「兄貴、こいつ勇者ですぜ」


 ヒソヒソと取り巻きの細い男は巨男へと耳打ちをする。


「勇者? あの噂の臆病者か!」


 男は不敵な笑みを浮かべ、ヴァロードの顔を見る。


「なるほどな。臆病者の名の通り、弱そうな恰好をしているぜ」


 挑発にもヴァロードは眉ひとつ動かさない。


「悪いがそのお金を返してもらおうか。この子のお金なんでな」

「餓鬼を庇うとはさすが崇高な勇者さまだ。ククク……」


 男は高笑う。その声を聞き、メルはギュッとヴァロードの袖を握る。


「で、どうなんだ? 返すのか? それとも――」

「それともなんだ? そのナマクラで俺を斬るのか? できるのか? 魔王から逃げ帰って来た勇者さまよぉ」


 ヴァロードは左手を剣の鍔にかけ男を威圧する。しかし、男は怯む様子を見せない。

それどころか、腰の剣を抜く体制に入っている。


「兄貴、ヤバいですって…………」

「ふん。構わんさ。こんな勇者ひとり死んだところで罪など問われるか」


 どうやら、このままでは男は剣を抜くらしい。街での私闘は処罰の対象になるというのに。


「はぁ…………」


 どうしてこう面倒なことに巻き込まれるのか。そんな思いでため息を付く。


「どうした? 怖気づいたか? 許してほしいならば、そこに這いつくばって頭を下げろ!」


 いつの間にかできたギャラリーにも緊張の色が見え始めている。


(戦いが始まるっていうのに、呑気な連中だ…………)


 民衆に呆れを感じながら、ヴァロードは次の行動に移った。


「メル。離れていてくれ」


 少女にそう優しく言い、彼は剣を取る。そして――


 ガチャン――


 金属がぶつかる音が辺りに響いた。その音源はヴァロードの真下の剣であった。

ヴァロードはそのまま這いつくばり男の足元をじっと眺める。


「ガハハハハ。こりゃいい。噂通りの臆病者か!」


 男は上機嫌になり、顔を上げないヴァロードの頭を掌で地面へと押しつける。


「勇者としてのプライドも忘れたのか? 餓鬼のためとはいえ、こんなに簡単に頭を下げるとはな」


 男の言葉にも反応せず、ヴァロードは身体を動かさない。


「つまらない野郎だ!」

 ヴァロードの腹部に衝撃が走る。男の蹴りが当たったらしい。だが、彼はうめき声一つ上げなかった。


「いいだろう。俺様は心が広いのでな。許してやる」


 銀貨を地面へと投げ捨てると、男二人は高笑いを残し、その場から離れていった。

 興ざめたのかギャラリーもブーイングを投げかけ、解散していった。


「ふう……」


 小さなため息を吐いた後、ヴァロードは地面に散らばった三枚すべての銀貨を拾う。

 その動作を見て、ハッとしたようにメルは動き出す。


「あの…………勇者さま」


 何を言っていいか分からない様子で彼女はうろたえていた。


「ほら、お金だ」


 ヴァロードは服の汚れを払い、メルの掌に守りきったコインを渡してやった。


「もう落とすなよ」

「う、うん…………ごめんなさい」


 小さな頭を撫で、ヴァロードは歩き始める。商店街の人々の目線は冷たい。

どうやら先ほどの出来事により勇者の株はさらに下がってしまったらしい。

まあそんなことを気にするヴァロードではないが。


買い物をしている間、メルはずっと静かだった。先ほどの事件を負い目に感じているのだろう。

だからこそヴァロードはわざわざ明るい話題を振り、彼女を励ますのであった。

その甲斐があってか、家で食事をする頃にはメルも明るさを取り戻していた。





 食事を終え、ヴァロードは宿へと戻る。暗く冷えた部屋には誰もいない。

ベッドに寝転がり天井を見つめ、今日の出来事を整理する。

 またお金にはならない仕事を受けてしまったと反省する一方で不思議と満足感もあった。

彼女に与えた銀貨はすぐに無くなるだろうし、生活が楽になるとは思えない。

けれどもメルの笑顔を見て、自分に出来ることをやったのだとヴァロードは仕事への手ごたえを感じていた。

 それに報酬はそれだけではない。辺境に住む魔王を見つけた事。それが今日一番の成果なのだから。

そのきっかけを与えてくれた幼きクライアントには感謝をしたい。そう思い彼は目を閉じた。


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