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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
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街への帰還

 城の裏側。魔王の言った通り、そこにはモルフィン草が群生していた。

この数があれば大金持ちになれるだろう…………

しかし、ヴァロードは手前に生えた数本のみを摘み、足早に森を抜ける。


 魔王と会うという予想外のタイムロスはあったが、草自体を見つける手間は掛かっていない。

このまま急げば夜前には街に着くだろう。ヴァロードは子供たちの顔を思い出し、自然と速くなる足で街へと向かう。



 街は夕暮れの賑わいを見せている。閉店ギリギリの薬屋に駆け込み、モルフィン草の余分を金に替える。

店主は草の在り処を聞こうと口うるさく質問を投げ掛けてくるが、彼がそれに答えることはなかった。

しぶしぶだが、店主はモルフィン草を換金し、結局数本で金貨5枚という大量のお金を手に入れた。

その金貨をさっそく使い、予備薬を買った。

 ヴァロードは重くなった鞄を抱え、依頼主の家を目指した。



 依頼主の家に着き、ノックをすると最初の時とは違いすんなりと扉が開いた。


「待たせたな」

「あっ……勇者さま!」


 暗がりだが、少女の顔がパッと明るくなる事がはっきりと確認できた。


「薬の材料を持ってきた。中で作らせてくれ」

「うんっ!」


 居間を借りて、自前の調合セットで薬の調合を開始する。


「湯を沸かしてくれ」

「はいっ!」


 勇者の助手をする少女。初めてにしては、手際は悪くない。

モルフィン草と増強剤を混ぜ、薬はあっという間に完成した。


「これをお湯に溶かして飲ませる。少し苦いが、我慢させてくれ」

「うん。ありがと」


 早速、彼女は弟の部屋へと行き、薬を飲ませる。

ゴホゴホと咽返るシーンもあったが、液状の薬はすんなりと身体の中へと吸収された。


「これですぐに熱が下がるはずだ。あとは栄養のあるものを食べさせて、しばらく安静にしておけば大丈夫だ」

「勇者さま……本当にありがとうございます」


 少女は涙を浮かべ、ヴァロードへと頭を下げた。

久しぶりのお礼の言葉――――タダ働きも悪くない。

ヴァロードはそう思うのであった。


椅子に座り、しばらくの休息を取っていると、少女が恐る恐ると近づいてきた。


「あの…………勇者さま――ごめんなさい!」


 急に頭を下げる少女。ヴァロードは何の事を謝っているのか分からず、目を丸くする。


「お金、全部使っちゃったの…………あの、本当にごめんなさい。何でもしますから、許して――」


 少女は頭を下げたまま、詰まらせながら言葉を紡ぐ。

この行動は、お金も何も持っていない少女にとっての精一杯なのだろう。


「何でも――か……そうだな。じゃあ――――」


 勇者の言葉を聞き逃しまいと、少女は真剣な眼差しを向けた。


「じゃあ、晩御飯を御馳走してもらおうかな」

「えっ?」


 拍子抜けしたように彼女は目を丸くした。

その反応から、おそらくもっと大変なことを注文されるのかと思ったのだろう。


「ダメか? 俺は腹が減っているんだが」


 ヴァロードはわざとらしく腹部を擦る。


「う、ううん! ダメじゃない。待ってすぐに――あっ……」


 調理場にしている台の下の棚を見て、少女は小さく声を上げる。

 なんだろう? そう思い、ヴァロードは中を覗く。

子供が一人入れるようなスペースの中には食料の影も形もない。


「ご、ごめんなさい……食料もないの……」


 彼女は先ほど以上に落胆した表情を見せる。

その態度からは今日の晩御飯をもてなすだけのお金も無いことが見受けられた。


「ん? こんなところに銀貨があるぞ? 誰のだ?」

「えっ?」


 彼の声に少女はテーブルの上を見る。そこには彼が言う通り銀貨が三枚置いてあった。


「俺のじゃないし、君のか?」

「えっ? ううん……」


 少女は首を横に振る。どんなに思考を巡らせてもそんな額のお金が家にあるはずないのだから。


「俺のでもないし、君のでもない……まあ、せっかくだし、このお金で晩御飯の材料を買うのはどうだ?」

「えっ?」


 ヴァロードの提案に少女は驚く。この銀貨は自分のものではない。

幼い頭にも、目の前の勇者のお金であると察しがついた。まして銀貨は大金だ。

三枚の銀貨など何日分の賃金に値するのだろうか。


「で、でも…………」


 少女の手は銀貨ギリギリで止まる。このお金をもらえたらどんなものを買えるだろうか。

勇者様に夕ご飯を御馳走して、弟が我慢している服や靴。それを買ってもお釣りがくるだろう。

思わず生唾を飲み込んでしまった。

けれど、あと一歩で手が出ない。これだけの施しを受けるだけの価値を自分に見出せないから…………


「弟にも栄養の良い物を与えないといけないのだろう?」


 勇者は諭すようにそう言って、手の中に銀貨を握らせた。

その優しい言葉、温もりを感じ、少女は難しく考えるのを止めた。


「うん……じゃあ…………」

 少女は大切そうに銀貨を胸元にしまった。心の中で勇者に感謝をしながら。


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