二人の少女 ―前編―
話が終わった所で、エレンは今まで我慢していた分の酸素を一気に肺へと吸い込む。
そのせいか、頭はガンガンするし、目頭には涙が浮かんでいた。
目の前の魔王は一言も発することなくエレンの話を聞いていた。
彼はどんな言葉を聞いても眉ひとつ動かさなく、自分の話が伝わったのかすら確認できない。
「魔女か――――愚かな」
彼は静かにそんな台詞を吐いた。
そして、椅子を立ち上がると
「ついてこい」
と、一言残し、食堂を出てしまう。
不意を突かれたエレンだったが、見失ってはいけないので慌てて彼の後を追うのであった。
廊下を二人で歩く。食事をしたせいか、疲労も取れ、足取りも軽い。
魔王は自分の前を歩き、階段を下りて行く。
階段は蝋燭の光のみで照らさせており、
足を踏み外さないようにエレンは一歩一歩、確実に踏みしめて歩く。
しばらくすると魔王は扉の前で止まる。
そこは先ほどの食堂より小さな扉があり、彼はそこへと入っていった。
扉をくぐると、そこは小さな部屋があった。
その作りから、そこがお風呂の脱衣所であることは容易に理解できた。
服を脱ぐためだけの部屋。その部屋の造りでさえ、エレンが住んできたどの部屋よりも豪華である。
「ダルク」
魔王は何もない空間にそう呼びかける。
それに応えるように、何もない闇の中から少女が現れた。
白いメイド服風の衣装を着た、その子はエレンと大差ないほど幼く見える。
綺麗な黒髪、それと同じ色の瞳が特徴的だ。
酷く冷淡な印象を受けるのは、彼女が微動だにせずそこに立っているのが原因だろう。
「そなたのために作った眷属だ。何でも申しつけるがいい」
そう言うと魔王は脱衣所を出て行くのであった。
ダルクと呼ばれる少女と脱衣所に取り残されるエレン。
この少女からは先ほどの魔王のような絶対的な存在感はない。
だが作り出されたという言動を見ただけでも、彼女が人間ではないことが分かる。
遠目から、彼女のことを観察するが、
そんな様子にも動じずに彼女はエレンの前に立ち尽くしている。表情すら変えずに。
「あの…………」
空気の重さを感じ、エレンはダルクに話しかけてみた。
「何でしょうかお嬢様?」
ダルクは静かに答える。
思った以上に可愛らしい声なのだが、感情が全くもって籠っていない。
その乾いた声を聞き、エレンは少し怯えてしまう。
だが、このままここにいる訳にはいかないのでエレンは会話を続ける。
「あの…………ここで私は何をすればいいのですか?」
恐る恐る聞くと、彼女は先ほどと同じトーンで言葉をかけてくる。
「ここは脱衣所でございます。お召し物をお脱ぎになってください」
彼女に逆らう理由もないので、エレンは静かに服を脱ぎ始めた。
服と言っても質素な布でしかないのだが。
ここ何日もお風呂に入ってないせいか布からは汗や排出物の匂いがした。
服を脱ぎ終えたところで、ダルクは浴室の扉を開けた。
途端に温かな湯気に包まれる。
「どうぞ」
彼女に誘われるがまま、エレンは浴室へと入った。