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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王と勇者
58/75

プロローグ ―HERO or Coward―

「魔王の歌姫」のスピンオフ作品を書いてみました。

興味がある方はどうぞお読みください。

とある田舎町の酒場。そこでは仕事帰りの男たちが酒を飲み、日々の疲れを労っていた。

その賑やかな店の扉を開ける一人の男が居た。


扉が開いた途端、店の中は静かになる。

訪問者を迎えるのは男たちの蔭口であった。

入店した青年は脇目も振らずにカウンターの一番端の席へと座り、注文を頼もうとする。だが……


「おいっ! 弱虫勇者が酒飲みかぁ? お前、いつからそんな身分になった? ああ?」


酒に酔った男はその勢いに任せて青年へと侮蔑の言葉を投げ掛ける。

しかし、青年は眉ひとつ動かさず、「マスター。ミルクを一つ頼む」そう注文した。


「がはははっ! ミルクだとよぉ! 酒も飲めねえ下戸のダメ勇者ってか?」


 男の言葉に酒場内はドッと沸く。一方、青年は静かにカウンターの奥のボードに貼ってある紙に視線を移していた。


「マスター。今日は仕事が入っているか?」

「いや。今日もないな」

「そうか」


 青年は一言言うと、ミルクを飲みほし、カウンターへと一枚のコインを置く。


「邪魔したな」


 後ろから聞こえてくる、自分への侮蔑を背で受けながら青年はバーを後にした。



夕食時の街は賑わいを見せている。外食を楽しむ家族連れや、仕事帰りの労働者。

夕暮れはそのすべての人を同じ色に染めている。そんな中でも青年の存在感は圧倒的であった。

彼の髪の色は目の覚めるような蒼色。この地方では珍しい色だ。

夕陽にも染まらない色は、人々の視線を自然と集める。

そして、腰に携えた剣。旅人ならば剣を携えているのは珍しくも無い。

しかし、青年の剣を納める金色の鞘には銀の獅子の刻印が彫られている。

それは聖剣――つまり勇者の証である武器であった。


 勇者とは人々を災厄から救う人を超越した存在。神の代行者とも呼ばれ、人々に希望をもたらす存在。

しかし、彼の場合は違う。勇者ながら人々に蔑まれている。

その理由は三ヶ月前、彼がこの国の王都を訪れた時のことであった。



 王都、それは国の中心となる都。普通、王の住処となる城や宮殿が構えてあり、貿易の拠点となる大都市だ。

それはこの王都スターシュも例外ではなかった。

大都市にそびえる巨大な王城。賑わう街並み。繁栄を極めた都市にだけ許されたその姿は実に雄大である。

しかし、郊外に出て少し目を横に向ければ…………スラムに貧困した民が目に入るのだ。

そして、野外に広がる広大な墓場――――死者が一つの街を創っているような印象を受ける。

十字架の下に眠る者達の供給源は中央広場に置かれた絞首台であった。


疫病の発生。愚かな王はそれを魔女の所業とし、国民、さらには旅人をも魔女裁判にかけたのだ。

だが、そんなのは口実であり、王の本当の目的は都市に蔓延った貧民の排除であった。

王にとってみれば税も払えない人間は人間でないのだろう。


毎日のように広場には肉塊の山が積み上がっていた。

 そんな都市を見た勇者は思う。この国は病んでいると――――



「勇者、ヴァロードよ。面を上げるがいい。この国の窮地に良くぞ来た」


 勇者は跪いて、王座に座る男の顔を見上げる。そこに居たのは醜悪な容姿の太った男であった。

これがこの国の王。そして病巣の中核だと思うと、笑みを込み上げそうになった。


「お主をここに呼んだのは他でもない。この都市の近郊に住んだ魔王を退治してほしいのだ」

「魔王? この国が魔王の襲撃を受けているとは思えないのだが」

「無礼者! 王への口のきき方をわきまえんか!」


 側近は勇者へ対し、侮蔑の目を向ける。


「…………勇者よ。この国の現状を見たか? 疫病が流行り、人々の心は疲弊しておる。

そんな国に魔王が攻め込んで来ないはずがなかろう。その前に魔王を滅ぼしてほしいのだ」


「魔王を倒し、疫病の不満でも抑えるつもりか? 都市の衛生管理を怠ったのが原因だと俺は思うのだが」

「無礼者めが…………王の前でもう一度そのようなことを申してみよ! 首を刎ねるぞ!」


 側近は顔を紅くして怒りをあらわにする。しかし、勇者は表情一つ変えない。


「ヴァロードよ。良く聞くがいい。私はこの国の王だ。お前の知りも得ぬような富も栄誉も持っている。

お主が言う事を聞いてくれれば、どんな宝でもやろう。だから頼まれてくれぬか?」


 さすが搾取に搾取を重ね、栄華を創り上げた王である。言う事が違う。

ヴァロードは再度込み上がって来た笑みを押し殺した。


「…………宝か。くだらない――――だが、魔王には興味がある。俺は俺の意思で仕事をするだけだ」


 そう言い残し、勇者は王の間を後にした。

後ろからは大臣の悲鳴のような叫び声が聞こえたから足は一層、前へと進んだ。



 魔王の住む森に行く前の準備をするために勇者は商店街へと足を運んでいた。

準備と言っても買い込むのは食料と必要最低限の常備薬のみ。まるでピクニックに行くような軽装だ。

しかし装備を怠っているわけではない。彼の経験上、森に入る上での重装備など荷物になると分かりきっているのだ。

水が足りなくなれば沢を探せばいい。食料が無くなれば果物でも探せばいい――

言うのは簡単だが知識が無ければ出来ない方法である。

だが、彼にとってはそんなこと朝飯前。勇者である前に彼は知識人なのだから。


物を買い込み、その日は安宿に泊まり夜を過ごす。

王の推薦状を持っているのでいくらでも豪華な宿には泊まれた。

だが、ヴァロードはそれをしなかった。

飯など最低限食べていれば事足りるし、宿など寝床が固くても十分に眠れるのだから。

それ以上に民から捲き上げた税で宿に泊まる気など彼には毛頭も無かったのだから。



 すぐに朝が来た。ヴァロードは宿を引き払うとその足で森へと向かうのだった。

馬を借りなかったので少々遠い距離だが、目を覚ますのには十分な距離だ。


 森は深い。入り口からでもそれが分かる。人間を拒むように太い木々が入り口を守っている。辛うじで付いている道は獣が付けたものだろう。

だが、ヴァロードは少しも躊躇せずに森の中へと足を踏み入れた。


 不可思議だ(おかしい)――これは彼が感じた最初の感想である。

魔王の森と聞いて想像したものは魔獣の徘徊するような魔の森。

しかし、ここは穏やか過ぎる。魔獣は愚か獣すら姿を見せない。

まるで訪問者を受け入れるように森は開けていた。


 森の中には所々、木々が開けた空白の広場があり、そこには彩色豪華な花々が群生している。

このような美しい花を見るのはヴァロードにとっても初めての経験であった。


(まるで本当に遠足に来てしまったようだな…………)


 彼は苦笑する。それと同時に考えるのだ。ここに住むと言われる魔王の事を。


 森の中を二日ほど歩いた。

魔物の襲撃もなく、荒野を旅するよりも楽な旅路を歩んでいた勇者の目に巨大な古城が飛び込んできた。

その大きさはスターシュ城の比ではない。まるで一つの山がそびえ立っているようだ。


(ここに魔王が…………)


 ヴァロードは警戒心を高め、その城の門へと足を進めた。

 門前に誰かが居る。その気配により彼は腰に携えた剣へと指を掛ける。

この気配はよく知っている――魔王という存在のものだ。

 胸が高鳴る。だが、不安や恐怖は無い。ヴァロードは一気に木陰を抜け、門の前へと姿を見せる。


「勇者…………か」


 そこには思った通り、男が立っていた。長身に長い銀色の髪、そして凍りつくような蒼の瞳。

黒衣に包まれた身体には万人を超越した筋肉が隠されているのだろう。


「お前が魔王か」

「いかにも」


 魔王は否定をすることなく、ヴァロードの顔を見る。構えも無いはずなのに隙が微塵も無い。

幾度となく魔族と戦ってきたヴァロードでさえ、戦う前から彼の実力を認めざるを得なかった。


「随分若いな。我を倒して名声でも得ようというのか?」


 挑発気味に魔王はそう言った。しかし、ヴァロードは至って冷静だ。


「名声なんざ、どうでもいい。俺は俺のやり方でアンタを見極めるだけだ」


 ヴァロードは地を蹴り、魔王へと一閃を繰り出す。

 甲高い金属音と衝撃が両人の手に伝わる。彼の一撃が当たる寸で、魔王はその斬撃を防いだのであった。

その手には大きな黒い剣が握られており、刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。

ヴァロードは後ろに飛び、魔王との間合いを一端大きく開けた。


「魔剣か。あの一瞬で召喚するとはな」


 魔王は自分程もある大剣を片手で持ち上げ、それを空中へとかざす。


「勇者よ。どこを狙っている。我を殺す気があるのか?」


 ヴァロードが狙ったのは魔王の肩。わざわざ急所を外したことすら魔王はお見通しらしい。


「言っただろ。俺はアンタを見極めるだけだとな」


 ヴァロードは再度、剣を構えた。


「ふん。我も甘く見られたものだ。戦いたいのなら殺す気で来い」


 魔王と再び対峙する。先ほどとは違う。先ほどの一撃は力量を計るものだった。これからが本格的な戦いだ。

 今度は魔王から突進してくる。勇者ほどは速くない。しかし、なぜか避けられる気もしない。

絶対的な圧力を持った突進術だ。

ならば、選択肢は一つしかない。


 ヴァロードは地を蹴り、魔王へと飛び込む。

スピードよりも重さに重点を置き、大地を砕く様に、一歩、また一歩と魔王へと近づく。

常人なら瞬き一つで終えてしまうような一瞬。その一瞬で彼らは何個もの戦術を頭の中に描き行動しているのだ。


剣と剣がぶつかる。

魔王の一撃は予想通り重い。しかし、勇者も負けじと地に足を絡め、衝撃を受け流す。


突進からの一撃。そして、連撃。いくつもの斬撃が空中を斬る。

その軌道は正確でヴァロードの身体を確実に狙ってくる。


速いが軽い――ヴァロードは正確に一撃一撃をかわす。

時折の隙を付いて、こちらから剣を振るのだが、魔王の身体には遥か届かない。

手を伸ばせば届く距離に居るはずなのに、とてつもなく相手が遠くに居るようにも感じる。



 動と動の均衡。それは崩れない。およそ百もの斬撃を繰り出すも、両人ともに無傷であった。


「はぁ…………やるな。俺が戦った魔王の中で一番強いぜ、アンタ」


 距離を取り、ヴァロードは対峙する魔王の強さを称賛する。それほどまでこの目の前の魔王は強いのだ。


「ふん。大した長生きもしていないくせにぬかすな。小僧」


 一方、魔王も勇者に笑みを見せる。彼も目の前の勇者を同等の存在であると認めているのだ。


「行くぜ」


 勇者はまた走り、魔王へと突進をする。今度は先ほどよりも早い一撃だ。だが、それを魔王はまた軽く捌く。


「ちっ…………」

 思わず舌打ちが零れる。だが焦りはしない――――


 また、斬撃と斬撃の勝負が始まる。長期戦になると踏んだのか、二人とも深入りせずに距離を置いて戦っている。



「おおおおおおおっ!」


 咆哮に乗せた魔王の一撃――ヴァロードは剣を頭上に構え、防御態勢を取る。

しかし、剣閃は別な所に向けられていると瞬時に理解した。


 彼の剣が落ちた先は勇者の剣ではなく、隣にあった何もない地面であった。


「どこを狙っている?」


 勇者は地面から大剣を抜く魔王に問いかける。


魔王は静かに勇者の股下を指差した。そこには青色の花が咲いていた。

勝負をしていて気が付かなかったが、門前から移動し、城の花壇の方へと来ていたらしい。


「こちらへ来い。そこで決着を着けよう」


 魔王は最初に居た門の周りを指差す。その仕草はどこか優雅である。


そんな仕草に紛らわされたのか――――勇者は闘志を弱め、剣を鞘へとしまった。


「どうした?」


 魔王は静かに問いかける。


「やめた」


 ヴァロードは魔王に背を向ける。それは戦いを拒否する姿勢だ。

今、魔王から攻撃を受ければ、彼に避ける手立てはない。しかし、それでも彼は姿勢を崩さない。


「主は何を思っている? 我を倒すのではなかったのか?」


 鍔鳴り――――おそらくは魔王は背中越しに漆黒の剣を構えているのだろう。


「言った筈だ。俺はアンタを殺しに来たわけじゃない。アンタを見極めに来たのだと」

「見極める? どういうことだ?」

「魔王にも倒すべき相手とそうではない相手が居ると言う事だ」


 そう言い終えると、ヴァロードは森へと入るため、足を進めた。


「良く分からんな」


 彼も闘志を失ったらしい。魔剣を消し、去ろうとする勇者の背中を見た。


「一つ聞きたい。お前はスターシュ王の命を受けてここに来たのか?」

「そうだ」

「なら、お前は我を殺さなければ、罰されるのではないのか?」

「ふん。人間の罰など恐れるに足らんさ…………それに病んだ王の言う事など聞くに足らん」

「病んだ?」

「知らないのか? 疫病の理由を魔女とアンタのせいにして市民を処刑し続けているのさ」

「なるほど。くだらない人間が考えそうなことだな」

 思い当たる節があるのか、魔王は笑いを漏らした。

「まっ、という訳で、俺的にはアンタの首でも取って行けば、王の言っていることの不条理さが示せるんだがな…………そこまで簡単に首を取らせてくれなさそうだし……つまり、面倒だ」

「ふっ……………笑わせるな」


 魔王は再び笑みを漏らす。


「ま、俺はもう行くぜ」


 そう言い残すとヴァロードはその場を後にした。





「ふう…………」


 街に戻り、彼は久しぶりにベッドへと横たわる。寝床は固いが野宿と比べると天国というものだ。

考えるのは魔王の事。

彼ほど強い者が街を襲わずに狭い森の中に閉じこもっている事自体にヴァロードは違和感を抱いていた。


(それに…………花を踏みつけられるのを嫌う魔王か…………まるであいつだな)


 自分の脳裏に浮かんだ過去の記憶に思わず苦笑する。


(まあ、何でもいいさ)


 寝返りを打ち窓の方を見る。夜の街は大都市に拘わらず静かだ。

だが、今日も強盗や殺人がどこかで行われているのだろう。憂いを感じるが、その感情も全く無意味だろう。

おそらくこの街にいることが出来るのはあと数日。

それからどうすべきなのか、ヴァロードは頭の中で思考をまとめながら眠りに着いた。



 彼の予想通り、勇者が魔王を倒さなかったという噂はすぐに王の耳に届いた。

当然ながらヴァロードは王から呼び出しを受ける。

 だが、約束の時間になっても彼は城へと姿を見せなかった。

怒り狂う王の気も知らず、彼は城下街にいた。


行く当ても無く、ブラブラと通りを歩いていると耳に奇妙な何かが入ったのだ。それは綺麗な歌声だった。

目をやると広場に人が群がっており、ステージ上の少女が歌声の主だと分かった。齢十四ほどの長い黒髪を持つ少女だ。

可愛らしい容姿からは想像できない程の美しい声で歌う。思わず足を止めて聞き入ってしまった。


唄が終わると広場に集まった人々から歓声が漏れた。拍手に混じり、コインがステージ上に向けて投げられる。


(良い唄だったみたいだな。俺ももう少し聞きたかったな――)


 来るタイミングが遅すぎたことを悔やみながらもヴァロードはステージに向かって銅貨を一枚投げてやる。

ステージの少女が裏方へと消えるのを見て、ヴァロードも歩き出した。


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