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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
56/75

火山岩と風の唄

「よし……この辺でいいか。ケンブス、先に――」

 声をかける前に馬は目の前から立ち去って行った。その俊足をフル活用しているのが恨めしい。

「あっ…………もう、居ないのね……と、とにかく、やるぞっ!」

 最期までも主人を嫌う馬に呆れて肩を落としたが、気合を入れ直し、目線を先へと向ける。

目の前まで溶岩が迫ってきている。その熱気と迫力は本物だ。このまま街へと突っ込めば、街は無くなってしまうだろう。

 エレンは目を瞑り、雨で湿った空気を肺へと吸い込む。息さえも止めた彼女には周りのすべての音が聞こえてきた。天から降ってくる雨音。迫りくるマグマに身を削られ嘆く大地。風と共に聞こえてくる人々の声。そして、祈り――――

「聞こえるよ。うん…………大丈夫。私が止めてあげるから」

 目を見開いた瞬間、エレンの手には漆黒の大剣が握られていた。

魔剣、それは本来、人間を不幸の渦中に追いやる物。しかし、エレンはそれを人の為に使おうとしている。魔の神が居れば、この瞬間にもエレンの身体は砕かれてしまうだろう。

だが、恐れも無く、エレンは剣を振り上げる。

 その行動と共振したように空は震え、雨は一層激しさを増した。いや、それはもう雨とはいえないだろう。一本の水柱がエレンの振り上げた剣に向かって伸びているのだ。そこには自然の力すら凌駕する魔王の姿が垣間見えた。

 その姿に怯みもせず、黒い火の河はエレンへと迫っている。それはまるで大蛇の様だ。

「ヨルムンガンドか…………決着を着けてつけてあげる」

 エレンは振り上げた剣を一気に振り下ろす。それと同時に間合いに入った蛇もエレン目掛けて牙を立てる――――




 爆音と衝撃が響き渡り、空気を揺らした。兵士たちは両手で地面へとへばり付き、衝撃を殺す。

 そんな中、ダルクは一人地面に立ち事の終焉を見守っていた。普通の人間より視力の良い彼女でも舞い散った土煙と水蒸気により、何も見えないのだ。雨は既に止んでいる。恐らくはエレンの一撃によりその水分をすべて使い果たされたからだろう。

「みんな。無事か!」

 兵士長はすぐに点呼を取り傷ついた仲間が居ないかを確認した。どうやら全員が無事らしい。

「ごほっ……ごほっ……ダルクさん……何があったのですか? エレンさんは?」

 ニコルは土煙に咽ながらもダルクへと質問してくる。

「分かりません。姿は見えないようですが――――」

「えっ…………」

 ニコルは慌てて先の荒野を見る。しかし、そこにはエレンの姿はおろか、流れる溶岩の姿すら見えない。

「兵士長! 確認を!」

「ああ、急げ! 動ける者は私に続け!」

 兵士たちは馬に跨り、未だ噴煙の舞う先の荒野へと急行する。

「ダルクさん! 僕たちも行きましょう!」

「はい」

 ニコルの後ろにダルクは乗る。彼女たちを乗せた馬も走り出し、馬の列へと加わった。



馬を走らせて間もなく、ダルクたちは溶岩の河へと来ていた。

「溶岩が…………止まっている……」

 誰かが呟いた。その通り、溶岩は完全にその動きを止めていた。

 マグマは完全な黒に色を変えている。表面からはまだ大量の湯気が出ており、どれだけの熱エネルギーを持っていたかを物語っていた。

「やった…………俺たちは助かったんだ……」

 誰かの呟きだろう。だが、きっかけとしては十分であった。途端に、そこに居た男たちから勝利の雄たけびが聞こえた。

 狂喜乱舞する男たちを差し置いて、ニコルはエレンの姿を探した。

「エレンさーんっ!」

 声を上げるが、その声は男の歓声にかき消され、どこまでも届かない。どこを見ても、あの笑顔が素敵な少女の姿はない。

 兵たちも喜びに一段落すると、この事態を収拾してくれた少女の姿を探すのであった。

「まさか、エレン殿は、溶岩に巻き込まれて――」

「そんなことありません! お願いです、探してください!」

「ああ、分かっている!」

 兵士は数千メートルにも渡る、黒い大地を隈なく探す。しかし、彼女の姿は一向に見当たらなかった。

 諦めムードが漂い始めたその時、ダルクの耳にその音は届いた。

「静かに!」

 ダルクは珍しく、声を張り上げ、周りの人間を制する。

 全員が馬の足を止め、口を閉ざすと、風の音だけが荒野に響いてくる――いや、風だけではない。微かに聞こえるのだ。声、いや、唄が…………

 それは風のような優しい歌だった。皆の視線は先の荒野へと注がれる。そして見つけたのだ。黒いステージの上に乗った少女の姿を。

 ドレスは所々裂け、靴はどこかに無くしてしまったらしい。けれども、その身体一つで彼女は立っていた。口元からは透き通るようなメロディラインが響いている。

「あっ、みんな」

 エレンは黒い塊の上から飛び降りると、荒野へと着地する。その足取りはいつも通り軽い。どうやら怪我などは無いようだ。

「エレンさんっ!」

 耐えきれなくなったのか、ニコルはエレンへと飛び付く。

「うわっ? なに、ニコル?」

「良かった、無事で…………本当に良かった……」

 彼の眼には涙が浮かんでいた。それは安堵と喜びが生み出したものであった。

「もう、ニコルったら、男の子なのに…………それにみんなに見られちゃってるし」

「えっ?」

 冷静になってニコルは周りを見渡す。男たちは祝福ムードでエレンたちを見守っているのだ。おまけに拍手すら巻き起こる。

「うわぁぁっ! 僕ったら、つい……ごめんなさい」

 恥ずかしくなりニコルは慌ててエレンから離れた。その顔はマグマより真っ赤だ。

「あはは。謝んなくたっていいのに」

 エレンは笑う。

「怪我は無いようですね」

「うん。もちろん、大丈夫」

 近づいてきたダルクに健在をアピールし、エレンはその場で回ってみせる。その動きに男たちの肩の力はようやく抜けるのであった。

「よし、鉱山の様子を確認するぞ。小隊、私に続け! 残りの者は通常通り、街の警備に戻るのだ」

 兵士長はそう叫び、鉱山へと向かって行った。彼の言葉に促され、兵士は一人、また一人とその場を後にする。

「さてと、私たちも帰ろう。お腹すいちゃった」

「ええ。そうですね。広場にはおにぎりの山があるはずですから」

「えーっ? もうさすがに飽きちゃったよ……」

 いつも通りの二人のやり取りにニコルは笑うのであった。


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