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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
54/75

前夜の密会

次の日も、また次の日も、男たちは働き、エレンもダルクもそれと同じぐらい働いた。彼らの士気に反して、工事は予定に追いつくことができず、かなり遅いペースで進んでいた。予想以上に固い岩盤と晴天続きの暑い気温が彼らの仕事を邪魔する。それでも諦める人など一人も居なく、少しずつではあるがダムは形を造っていった。





ある夜の事。ここはスラムのとあるバー。スラムが賑わい始めたというのに、ここは以前と同じでとても暗くジメジメしている。そんな酒場へと男は足を運ぶのだ。


カランッ――


 ベルの音と共に店の扉は開いた。

「いらっしゃい」

 店の中から聞こえたのはマスターの声ただ一つ。しかし、カウンターには男が座っていた。グラスを片手に静かに物思いにふけっている。

「よお、ダフロお前が誘ってくれるとは思わなかったぜ。マスター、いつもの」

「ふっ、まあな。こんなことをできるのも今のうちかも知れないからな…………ヴィータ」

「そうかもな」

 ヴィータと呼ばれる男はカウンターの席へと座る。マスターが注文のお酒をグラスに注ぎ終えたあたりでまた店の扉が開いた。そこに立っていたのは中年の女性。

「よお、シスターさんのお出ましか。こりゃあ、明日には世界は終わるのか」

 ヴィータは軽口を叩きながらも彼女を自分の隣へと導く。

「やめろヴィータ。縁起でもない。サラには無理して来てもらったんだぞ」

「ええ。子供たちを寝かし付けてから出てくるのは骨が折れるわ」

 彼女は笑顔を見せ、席へと座る。

「ご注文は?」

「彼と同じで」

 ダフロのことを見て、彼女はそう言った。

「いいのか? 一介のシスターだろ?」

「ええ、いいの。お酒なんて数年ぶりだけど」

 水音、そしてグラスに入った茶褐色のお酒が彼女の前へと置かれる。それを一気に口の中へと呷る。

「ふははは。昔通り、飲みっぷりは健在ってか。マスター俺にも一杯くれ」

 ヴィータは上機嫌で次の注文をする。

「昔か…………今思えば、昔は楽しかったな」

「そうね。仕事終わりに良く三人でここに飲みに来てたわよね」

「くくっ、そうだな。その頃はここも綺麗な店構えだったんだけどな」

 ヴィータの一言でマスターは眉を顰める。

「怒るなって、こうやって、ずっと常連やってるだろ」

 軽口を叩き、マスターをなだめる。効果があったのか、彼はいつもの無表情に戻り、洗いたてのグラスをタオルで拭き始めた。

「あの事件さえ起こらなければな…………」

 ダフロのその呟きに隣の両人は反応を示す。

「けっ、今頃言ったって仕方ねえだろ。それにあれだろ。ほら、あれ。街の前にダムを造って溶岩を塞き止めるんだろ。それが成功すれば万事オーケーじゃねえか」

「ああ、そうだな…………」

 救済策が見つかったというのに彼の顔は暗い。

「ダフロ。はっきり言ったら? 時間が足りないって」

「ああ、そうだな…………」

「なっ、成功しねえのかよ! せっかく期待したのに、ぬか喜びさせんじゃねえよ!」

 ヴィータは眉を吊り上げ、その怒りを酒へとぶつける。

「やっぱりそうなの…………」

 不安が的中してしまったことでサラの表情も暗くなってしまう。

「けっ、ついに神頼みか。サラさんの出番だぜ」

 口の悪い彼だが、十代からの仲だ。二人はその皮肉を聞き流す。

「神に祈るわけではないが、私は何故か、この作戦が成功する気がするのだよ」

「はぁ? てめぇ、さっきと言ってることが違ぇぞ!」

 矛盾を付き、剣幕を上げるヴィータ。しかしダフロは冷静だ。

「一か月ほど前、この街に来た少女のことを知っているか? 彼女は誰もかもが、煙たがっていた、この街の病巣に飛び込んで行ったのだ」

「エレンさんのことですね…………彼女に期待しているの?」

「ああ。年半ばいかない少女に頼るとは恥ずかしいのだがな…………」

 自嘲するようにダフロは鼻で笑った。

「けっ、そのエレンって奴がいくらすごくたって、街を護れるとは思えねぇな。危なくなったら俺は降りるぞ」

「ああ、そういう約束でここまで来ただろ。お前には十分世話になったからな」

「ちっ…………お前のスカした所、嫌いだぜ。ああ、分かったよ。最後までは飯でもヤバいブツでも現場に運んでやるぜ。ブラックラビット商会の名に掛けてなっ!」

 彼はそう言うとジャケットを羽織り、その内側から財布を出す。

「もう行くのか?」

 ダフロはヴィータへと尋ねると、「俺も忙しいんだよ」という答えが返ってきた。彼は彼で無理をしてこの集まりに来たのだろう。

「割り勘でいいんだよな、いつもの通り」

「ああ」

「ちっ、こういう時は奢れよ――」

「ルールはルールだからな」

 イライラしながらもヴィータはカウンターの上にコインを置く。

「もし、作戦が成功したら、俺にそのエレンってやつを紹介しろ! 今、思い出したが、そいつ隣町の酒場で三十人抜きしたらしいからな。勝負してみてえ」

「ああ、必ず」

「じゃあな。邪魔したな」

 扉が閉まり、また沈黙が訪れる。

「相変わらずね。ヴィータも」

「ああ。そうだな」

 昔話に花を咲かせたところで夜はさらに更けていく。内心不安を抱えていた二人もこの時だけは何のしがらみにも囚われず酒を楽しんだ。まるでこれが最期の刻であるかのように――――

この密会のすぐ後に、ダルゴンは史上空前の危機への本格的なカウントダウンを始めるのであった。


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