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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
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少女たちの帰還 -Come Home-

エレンたち三人は行きの数倍の時間を掛けて街の門へと辿り着く。こんなに時間が掛かった理由は簡単だ。ダルクの背負った少女はまだ眠っているのだ。定員二名までのケンブスに全員が乗れる訳も無く、長い道のりを歩くことになったのだ。

 行きと違うことはそれだけではない。何故か門の方が騒がしい。それはその筈だ。街の警備兵が揃いも揃って門の前へと集結しているのだ。

 程良く近づいたところで馬の蹄の音に男たちも気が付き、エレンたちへと視線が集中する。少女たちを見た男たちは困惑の表情をする。しかし――

「そ、その女だ! あの悪魔に逆らった女はっ!」

 声を上げたのは先ほど洞窟に居た男の一人。形相を変えて、エレンを指差している。

 途端に屈強な兵士たちは持っていた長銃をエレンたちへと向けた。

「お前! 悪魔に逆らうとは、何者だ! それにその背中の娘は贄のはずだ。そんなことをして悪魔が――」

「あの魔物はもういないよ。私が倒した」

 その台詞を聞き、男たちの間にざわめきが走る。

「嘘だ。あの悪魔を倒せるわけがないっ!」

「ならどうして私たちは無事でここにいるのでしょうか?」

「っ――」

 ダルクの言葉に男たちは黙ってしまう。しかし、警戒心は消えず、銃口は三人へと向けられている。

「それより、こんなことをしている場合じゃないよ。このままじゃ街が消えちゃうかも」

「なっ!」

 また男たちにざわめきが走った。先ほどよりも大きい波門だ。

「エレン。それは今言うべきことでは…………」

 まず自分たちの無事を確保したいというダルクの考えをエレンは微塵も気にせずにそう言った。

「娘。どういうことだ! この街が消えるとは」

「えっと、蛇を倒したんだけど、最後に溶岩の中に落ちちゃってそれで――」

「どういうことなのだ!」

「…………鉱山の地下の火山活動が不安定になっています。このままではこの街は噴火によって跡形もなくなるでしょう」

 ダルクの言葉により、男たちは黙ってしまう。驚愕の言葉にもざわめきが大きくならなかったのは、彼女の言葉にそれほどの衝撃があったからだろう。

「信じられないと思うのならば、鉱山の奥の間に行ってみると良いでしょう」

 少し、考えた後、団長と思われる男が、若い兵士二人に確認をさせるために合図をした。

「お前たちには聞きたいことがまだたくさんある。我々に着いて来てもらおうか!」

 銃で威圧をする兵士たち。エレンはダルクと目配せをする。

「ルシュもいます。暴れないのが賢明でしょう」

「そうだね――っと、忘れてた……」

 エレンは銃を持つ男たちに近づいていく。魔物を倒したという話をしたせいか、何もしていないのに兵たちは間合いを計って離れていく。

「ひっ…………な、なんだ!」

 そこにいた黒服の男に少女は寄るのだ。そして懐に手を入れる――途端に銃がエレンへと構えられる。

「あー。大丈夫だよ。武器なんて持ってないから」

 そう言って彼女は懐から小さい革製の袋を取り出した。そこから何かを取りだし、男の足元へと投げる。

「これ、返すから。ルシュを親元に帰してあげてね。もう生贄はいらないから」

 地面に落ちたのは三枚の金貨。エレンがルシュの父から受け取ったものであった。

「あ、ああ…………」

 空返事をした男に満足してエレンはダルクの元へと戻る。

「という訳で、誰かルシュをお願い」

 少し戸惑った後、団長の指示により、少女はダルクの背中から男の腕に渡る。

「ちゃんと目が覚めるまで面倒みてよね。そうじゃないと許さないから」

「ああ、分かっている…………」

 エレンに睨まれた兵士は委縮し、その腕の中の少女をしっかりと抱え直した。

「じゃあ、行こうか。あとケンブスはちゃんと牧舎に入れといてね。できればブラッシングと餌も」

 これから牢に入れられるというのに明るい様子のエレンに兵士たちも拍子抜けした様子を見せるのだった。



「ダルクちゃーん! そこにいる?」

「ええ、隣の牢にいますので、そんなに大声を出さないで下さい」

 彼女たちの閉じ込められたのは街郊外にある特別牢。戦前は重罪人で溢れかえっていた牢も、今や苔と埃が支配している有様で久々の客を受け付けるのには少々汚かった。

「牢なんて久しぶりだな。なんか懐かしい」

「笑って言うことではないと思いますよ」

「いやぁ、そうだけどね。日常に無い経験から生まれる名曲というものもあるものだよ」

 牢獄に間違ってピクニックにでも来てしまった子供のようにエレンは楽しげだ。



 しばしの会話をしていると牢の扉が開き、誰かが入ってきた。足音からして人数は三人。

「ダルクちゃん、誰か来たよ。お昼の時間かな?」

「いえ、そうではないと思いますが」

「えーっ! 私の腹時計はお昼を指しているよ!」

 そんな会話をしている間に足音は牢の前へと来て止まった。

「あれ? 市長さんだ」

 彼女の言葉通りそこにはダルゴン市長ダフロの姿があった。

「二人だけで話をさせてくれ」

 彼の命令を聞き、サイドにいた男たちは牢の外へと向かって行く。扉が完全に閉まりきったところで彼はエレンの入った牢へと近づいてくる。

「エレンさん。まずはあなたに感謝を述べなければいけません。悪魔、ヨルムンガンドを倒して頂いてありがとうございました」

 市長はエレンに向かって一礼をする。

「えへへ。そんなお礼なんて照れるなぁ」

 彼の思わしくない顔に気が付かず、エレンは照れ顔を見せた。

「しかし、その代償として街は創立史上最大の窮地に立たされています」

 彼は真剣な顔つきでそう述べる。さすがにエレンも笑ってはいられない。どういっていいのか分からないように困った表情を浮かべる。

「で、どうしますか? 私たちを処刑でもしてみますか? あの少女を生贄に捧げたように」

 ダルクは厳しい態度で市長を睨む。

「いえ…………強要されたと言え、長年私たちがしてきたことは許されざるべきことではありません。今こそ市民に真実を話そうと思っています」

「いいのですか? そんなことをすればあなたは市長としてやっていけなくなるかもしれない」

「ええ…………この件で私がどう裁かれても構いません。しかし、もう私は後悔はしたくはないのですよ――今日、あなたがあの少女を助けていなければ、私はまた深い後悔をするところでした…………」

 ダフロは胸に手を当て、今までの行動を悔いるように言葉を述べた。

「そっか…………市長さんも苦労してきたんだね」

 気の毒そうな声を上げ、今までとは違う目線で彼のことを見るエレンだ。

「それよりも問題は貴方たちです。この状況を貴方たちが作り出したと知ったら心無い市民が責め立てるかもしれません。その前に街から離れた方がいい」

「えっ? そんなことできる訳ないじゃん! 私たちが原因を作りだしちゃったんだし、最期までいるよ」

「しかし――」

「私だって、この街に守りたい人がたくさんいるもん。その人たちを置いて逃げるような真似なんてできない!」

 強い言葉で自分の意思を表明する彼女に市長は何も言うことができなかった。



 それから間もなく彼女たちは牢から解放された。この件を知った重役には散々反対されたが、市長の強い要望により実現したのだ。

 牢を出た所で彼女らはある場所へ案内される。そこは市中央にある病院で、その一室に通された。

 白の壁に小さなベッドがあるだけの大きな部屋。ベッドの上に一人少女が立っていた。彼女は窓から外の景色をずっと眺めている。その表情はどこか寂しげだ。

「あっ、ルシュ! 良かった。起きたんだね!」

「うわぁ!」

 一足飛びに窓際の少女にエレンは跳びついた。当然少女は驚きの声を上げるのだ。

「え、エレンお姉ちゃん…………あの、その……」

「身体大丈夫? 変なところ無い?」

「うん。大丈夫――」

エレンの元気に押されルシュは、あたふたする。

「そっか、良かった、良かった! じゃあ、帰ろうよ」

「えっ…………」

 ルシュは不安げな顔をした。〝帰る〟というワードによってその表情は引き起こされたのだろう。

「どうしたの? 帰らないの?」

「私…………帰っていいのかな? だって、お父さんは――」

「大丈夫。お父さんはルシュを待っていてくれるよ」

 笑顔でエレンは言った。根拠の無い言葉だが、その言葉は少女の不安を拭い去るのには十分過ぎた。ルシュは首を縦に振る。彼女もまた家に帰りたいとずっと願っていたから。

 

 それからすぐにスラムに向かうエレンたち。家に近づくにつれ、ルシュは時折、不安そうな顔を見せる。その度に楽しげな話をし、エレンは彼女を励ますのであった。

 それでも覚悟は決まらない。けれど家までの距離はもう無い。ルシュはスカートの裾をギュッと掴み、エレンの言葉を思い出す。父から捨てられた時、もうここには一生戻れないと覚悟した。けれど、今、自分は生きている。あとは父が受け入れてくれれば、自分の望みが叶うのだ。

「ほらっ、行っておいで」

「う、うん…………」

 エレンに背中を押され、ルシュはあばら家のドアを叩く。すぐに返答はあった。中からはルシュの父親が出てきた。

「あ――」

 ルシュが言葉を発する前に彼は彼女を抱き寄せた。

「お帰り…………」

「ただいま…………」

 ルシュは今まで考えていた再開の言葉などすべて忘れ、夢中で父へと抱きつくのであった。先ほどまで涙など見せなかった少女の目には無数の水滴が浮かんでいた。彼女は今までの寂しさを埋めるように父へと懸命にしがみ付いた。父もまたそれに応え娘を抱く。

 その様子を見て、エレンは無言で立ち去ろうとした。家族水入らずの邪魔になるかと思ったからだ。しかし――

「エレンさんっ!」

 彼女を呼び止める声で足を止める。

「本当にありがとうございました」

 ルシュの父は深々とお辞儀をする。ルシュも同時に。その顔は二人ともクシャクシャだ。

「うん。気にしないでいいよ」

 一度振り向き笑顔を見せ、エレンはそのまま行ってしまった。


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