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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
47/75

可憐少女と黒兎

「エレン、起きてください」

「んー、あと二時間…………」

「エレン――」

「……………………」

「起きないなら鼻にピーナッツを詰め込みますよ」

「ひぃぃっ! そんなことしたら取れなくなっちゃうよ!」

 何時ぞや見たようなやり取りを繰り返す彼女ら。しかし効果は絶大なようだ。エレンはベッドから飛び起きる。いつの間にか部屋は生まれたての朝日に包まれていた。

「あれぇ、ダルクちゃんいつ帰ってたの?」

「少し前です。エレンの可愛い寝顔を拝ませて頂いていました」

「えっ? 私の寝顔ってそんなに可愛いかな?」

 でへへ、とエレンは照れ笑いを漏らす。

「ええ、とても。酷い涎で枕を汚すところなど特に」

「そ、そういうことか!」

 ダルクの皮肉で朝からテンション全開のエレンだ。

「冗談はこのぐらいにしておきましょう。見つかりましたよ、ルシュの居場所が」

「えっ、本当?」

「ええ。正確に言えば黒服の男たちの居場所ということですけど」

「十分だよ。さっそく行こう!」

 エレンは立ち上がり、一つしかない扉から外へと出ようとする。

「エレン。さすがに着替えて行ったらどうですか」

「えっ?」

 エレンは自分の服装を確認する。そこにはいつもの漆黒のドレスは無く、ピンクのフリフリのネグリジェがあった。

「あはは、そうだね。さすがにこの恰好じゃ外に行けないや。髪もボサボサだ、ダルクちゃん、お願いしてもいい?」

「ええ、そこに座ってください」

 これからすることが非日常的な事だというのに日常的な動作をする二人。その様子からは焦りや緊張感など微塵も感じさせない。

「さてと、行きますか」

「ええ」

 


 それはいつもの静かな朝だった。メインストリート付近に事務所を構えるブラックラビット商会。彼らの仕事は商品の運搬から人物の調査まで、俗に言う「何でも屋」だ。社員総勢七名という小さな規模の会社の筈なのだが、そのオフィスは他の会社では信じられない程の高級な家具で彩られている。

 何故そんな設備投資が可能かという疑問が出る。その答えは簡単だ。彼らには他の人には知られていけない裏の顔があるからだ。

「おいっ、朝だぜ、もう起きろ」

「ああ……寝てすらいないがな…………」

 そのオフィスのソファーで二人の男がそんな会話をしている。二人とも眼の下に隈を作り、浮かない顔をしている。

「何だ、昨日の仕事を気にしているのか? いつものことだろうが」

「まあ、そうだけどよ……あの子、最後まで泣かなかったなって…………」

「そうだな。見越してたんだろ、自分が売られるって」

 一人の男は煙草に火を付ける。そして嫌なことを吐き出すべく、その煙を空間へと向かい吐き出した。

「なあ、俺たちいつまでこんな仕事を続ければいいんだ? 給料も待遇もいいが正直俺は――」

「おい、それは言わない約束だぜ。これは誰かがやらなくちゃいけない仕事なんだぜ。それに辞めたらどうする? お前も妻と娘が居るのだろ?」

「そうだが…………」

「俺たちはクライアント指示に従っているだけでいい。そうだろ」

「ああ…………そうだな」

 男は立ち上がる。

「外の空気を吸ってくるぜ。少しは目も覚めるだろう」

「ああ、行って来い」


 外の空気は以外にも冷たい。外に出るための口実で言った言葉だが、これならば真実になりそうだ。煙草に火を付けるために懐からマッチを取り出す。だが、寝不足のせいかマッチを弾いてしまう。

「ちっ……何やってんだか……」

 イライラしながら前方に転がったマッチを拾った。

 その時、前方の方から人の気配がした。仕事後でピリピリしているせいか自然と胸元に手が行ってしまう。

(何考えてるんだか…………)

 数秒後に現れたのは年半ば行かないような二人の少女。黒いドレスとメイド服が特徴的である。

街のお偉いさんの令嬢だろうか? どうしてこんな所にいるのか? などという疑問が脳裏を駆ける。だがその疑問も不要だ。何しろ他人に関わろうなどと微塵も思わないからだ。残ったマッチで火を起こし、煙草に火を付けた。

「ダルクちゃん、ここ?」

「ええ、そうです」

 聞こえてきた会話の内容から二人は自分の仕事場を目指している事に気がついた。

(まだ開店してないって言うのに、なんだ……クソッ、また胸糞悪い仕事じゃないだろうな…………)

 だが、仕事のクライアントならば放っておくわけにもいかない。煙草の火を踏み消し、彼女たちに近づく。

「お嬢さんたち、どうなされましたか? もしかしてウチの事務所に御用ですか?」

 男は腰が低い態度で相手の動向を探る。

「うん。そうだよ」

「すみません、仕事のご用件ならば事務所の方が開いている時間にいらしてください」

「んにゃ、仕事じゃないんだけど。ちょっとお尋ねしたいことがあるの」

「何でしょうか…………」

「ルシュって子知らないかな? ここの馬車でスラムから連れて来られたと思うんだけど」

「ッ――」

 その言葉を聞き、男の胃はまるで氷をそのまま飲みこんだような冷たさに包まれた。

(ど、どうしてそのことを…………こいつら、なんで知ってやがるんだ!)

「す、すいません。そんな事実はウチの方では確認できていないのですが…………」

 口調が自分でも弱々しくなっていることが分かる。頭の中はもうパニックだ。真実を悟られまいと必死に少女の目を見つめる。

(っ…………なんて眼をしてやがるコイツ…………)

 やばい世界を渡り歩いてきた経験上、殺人鬼や精神異常者とも対話を交わしたこともある。しかし、そんな人間と目の前の少女はまるで別物だ――その瞳は純粋無垢。穢れがないからこその恐怖がそこには存在した。

()るしかねぇ…………そうじゃなきゃ、俺が喰われっちまうっ!)

 自然に、相手に悟られないように、懐に手を入れる。しかしそれは愚行だった。

「懐にあるのはナイフでしょうか。長さは約二十センチ、あなたの体格にしては少々軽いのを使っているのですね」

(なっ…………コイツ、何者だよ…………)

 柄に当てた手を離し、間合いを取る。

「ダメダメ。ナイフなんて持ってたら危ないよ。で、もう一度聞くよ、ルシュはどこ?」

 平凡に質問されただけなのにそれだけで背筋が凍りつく。

「し、知らねえよ。俺たちはただ……仕事をしただけなんだ…………」

「仕事?」

「ああ、分かるだろ。仕事だ。俺たちは何も悪くないぜ…………仕方がなかったんだ。俺は断ったんだぜ。ガキの買い取りなんざ…………」

「でも、ルシュをさらって行ったよね」

「さらうなんざ、とんでもねぇ…………俺たちは正当に買ったんだぜ。あいつの親父さんからよ」

「――――」

 彼女は呟いた。小さな、些細な声で。

「はぁ?」

「言いたいことはそれだけ?」


 消えた――少なからず彼の眼に少女の動きは捉えられなかった。一瞬で距離は零となり構える暇もなく、拳が自分の顔面へと向けて放たれたのだ。


 眼を開けると目の前に少女の胸元付近が見えた。どうやら両目は健在らしい。そんな冷静な思考は間接視野から入ってきた情報により恐怖へと変わる。

 彼女の拳は自分の顔を潰さなかった。その変わりに数センチ横の丈夫な木の壁を文字通り貫いていた。

 この時、男は実感した。彼女は普通の人間ではないことを。人間だとしても、その力は人知を超えていることを……

「私は――」

 今度は彼女の言葉をなんの反論もせずに聞く。

「私はただ、友達を返してほしいだけなの。教えてくれない? ルシュの居場所を」

 とても静かに言った言葉。内容は先ほどと変わらないというのに、その言葉はとても重く、綺麗であった。

「市長の所に行ってみな。それ以上のことは俺には分からん…………」

 自分でも何故情報を漏らしてしまったのか分からない。嘘だって付けたはずだ。

ただ彼女の綺麗な瞳で見つめられたら、その嘘すら頭の中から消えてしまったのだ。

「ありがとう――」

 お礼の言葉を述べ、彼女は頭を下げる。

銀髪の少女はいきなり屈むと地面から何かを拾い上げた。そんな行動に男は目を丸くする。

「吸わないの?」

「あ、ああ…………」

 恐怖の淵に立たされ、男は何かにに頼ろうとしていたのかもしれない。その左手には愛用の煙草が握られていた。


 シュッ――


 壁にマッチを擦りつける少女。摩擦熱でリンの炎が生成される。それはいつも見ているはずなのにとても綺麗であった。

 炎を口に咥えた煙草に近づけ数秒、男の口の中にはいつもの煙臭い匂いが入ってきた。

「ふぅ…………」

 火が着いたことを確認すると少女は満足そうな笑みを浮かべて帰って行った。あんなに恐ろしいことをされたのにその笑顔は可憐で仕方がない。

 その後ろ姿が見えなくなった後も男は路地に立っていた。

「情報を洩らしっちまったし、俺もクビか…………いや、それ以上かもな」

 自分の末路を考えると苦笑が込みあがってくる。しかし、その気持ちは何故かどこか清々しかった。


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