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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
44/75

お菓子と子供とシンデレラストーリー

昼過ぎの商店街を歩きまわりながらエレンは店を巡っていた。いつも隣にいる口うるさい従者が居ないせいか、普段以上に衝動買いをしてしまう。気がつけば両手いっぱいに食料(おかし)を買い込んでいた。その重量と反比例するように財布の中身は軽くなった。このまま帰ったら十中八九、ダルクに怒られるだろう。まあ、買ってしまったものは仕方がないと、エレンはポジティブに考えるのだ。

「うーん……そうだ。孤児院の子たちにも分けてあげよっと……っと、少し持ち辛いかな」

 両手の紙袋のせいで視界が遮られる。フラフラしながらも大通りを歩く。そんな危なげな少女を見て、周りの人は道をあけてくれる。一人以外は――

「うわっ!」「きゃっ!」

 前方から衝撃が走り、エレンはそのまま後ろへと倒れてしまう。咄嗟に食料を優先に守ったことで彼女は腰から石畳の地面に打ち付けられた。

「あたたた……」

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないよ! 食べ物が落ちたらどうするの――――って、あれ?」

 ぶつかってきた主の顔を見て、エレンは驚愕の声を上げる。

「ニコルじゃん。どうしたの? こんな所で」

 先ほどの怒りもどこにいったのやら、エレンは笑顔で彼へと挨拶をする。

「ど、どうも……それより、本当に大丈夫ですか?」

 腰で地面に座っているエレンに対してニコルは心配そうに声をかけた。

「えっ? ああ、大丈夫だよ。食料は潰れてないみたいだし」

「えっと、そうじゃなくて……エレンさんが」

「私? 私は大丈夫だけど」

 その場から立ち上がり健在をアピールする。

「本当にすいません。僕、考え事をしていると前が見えなくなってしまうらしいのです」

 ペコペコと頭を下げる少年。その動作からは彼の申し訳なさがにじみ出ている。

「いいって、そんなに謝んなくたって。それより今日は図書館どうしたの? お休み?」

「ええ。そうです」

「ふーん」

「エレンさんは、お買い物ですか?」

「うん。おやつを買いに」

「おやつ……ですか」

 彼はエレンの抱えた紙袋を眺め、引きつったような顔をする。それはそうだろう。エレンの荷物は彼の思うおやつの量より十数倍も多いのだから。

「これからね、みんなにおやつをあげに行くんだ」

「へえ。僕もお手伝いしましょうか?」

「いいの? 結構重いよ?」

「それなら尚更手伝いますよ」

「じゃあ、お願いしようかな」

 ニコルは親切心でそんなことを言った。しかし十分もしないうちに彼は後悔する羽目になるのだ。

「ふうふう……結構重い……ですね」

「ごめんね。軽いほう渡したつもりなんだけど」

 街中を目的地に向かって歩く二人。だが、その姿勢は対照的だ。スイスイといつも通り歩くエレンに対して、ニコルの足取りは重い。司書という仕事柄力が無いのは仕方がないが、女の子の前で情けない姿を見せているという事実がさらに彼を苦しめるのであった。

「エレンさん、これをどこに持っていくのですか?」

「孤児院だよ。スラムの」

「スラム……?」

 その言葉を聞いて怯えたような声を出すニコル。エレンはその声に気が付き、

「大丈夫。私と居れば安全だから」

そんな言葉を彼に投げ掛ける。何を根拠に言っているのか知らない彼にとって、その言葉の意味は明確には分からないのであった。


「こんにちはー」

 元気よく挨拶をし、門をくぐる。その声に釣られるようにしてすぐに住人達は顔を出した。

「あっ! エレンだー!」

 一人の声を二人が聞き、二人のざわめきを三人が聞く。波紋のように情報は孤児院の奥まで伝わっていく。エレンが食堂に入るころには子供全員がそこに集合していた。

「エレン。今日はどうしたの? 何、この袋?」

 子供たちは興味心身に袋の中身を覗こうとする。

「はーい。みんな聞いて。今日は奮発しておやつを買ってきました」

「おーっ」

 子供たちはおやつという言葉にざわめき、目を輝かせる。

「こっちの人はニコル。おやつ運びを手伝ってくれました」

 エレンの声に子どもたちは拍手をする。

「ど、どうも」

 熱意ある歓迎を受け、ニコルは照れたように笑った。

「このお兄ちゃんってエレンのコイビト?」

 マセた女の子がいきなりそんなことを聞いてくる。

「えっ? そ、そんな滅相もない――ぼ、僕はエレンさんと何も――」

「そうそう、ニコルはただの友達だよ」

「そ、そうですよ、あははは……はは」

 笑みを浮かべながらもキッパリとエレンはそう言った。彼女は事実を言っただけだが、ニコルは少しばかり落ち込むのであった。

「とにかく、みんな席について、おやつタイムだー!」

「はーい!」

 仲良く声をあげ、子供たちは席へと座る。エレンはクッキーやナッツなどのお菓子を均等に子供たちへと渡していく、

「はい、これ。ニコルのだよ」

「いいのですか? 僕も頂いて?」

「いいの。いいの。手伝ってくれたんだし。あと院長先生も分もお土産で――」

「エレンー! 食べていい?」

 分けている最中からソワソワしてた子が遂に切り出してきた。

「待って、ほら、まずは食事の前の祈りだよ。ニコル、祈りの言葉をお願い」

「あっ、はい」

 彼は手を組み、瞑想を始める。子供たちもそれに釣られ目を瞑る。もちろんエレンもだ。


「主よ。私と家族と友に大地と海と空の恵みをもたらして頂き、ありがとうございます。これら尊い命を我が糧とすることをお許しください……」

「いただきまーす!」

 祈りの言葉を言い終わった瞬間、子供たちは他に目もくれず、お菓子に飛び掛かる。

「おいしーい!」

「本当だ。僕、こんな甘いもの食べるの久しぶりかも……」

 余程、お腹を空かせていたのか、子供たちはあっという間に目の前のお菓子を平らげてしまった。だが、エレンも負けてない。競争の如く、お菓子を口の中に詰め込んでいく。

「ふぁれ? にこぉる、ふぁべないの?」

 クッキーでモシャモシャになった口でエレンはニコルへと話しかける。子供という歳ではないというのに、その行動はまるで現役だ。そんな彼女の様子を見て、彼はほほえましさを感じるのだ。

「僕はこんなに食べられないので、誰か僕の分をあげますよ」

「えっ? いいの?」

 彼の隣りにいる男の子は目を輝かせながらそんなことを言う。しかし、それを阻むものが。

「ダメだよ。これは彼の分なんだからね」

「はーい……」

 エレンに怒られ、彼はしょげてしまう。

「エレンさん、本当にいいんですよ?」

「でも、その子だけにあげたら不公平になっちゃうから」

「あっ……」

 周りを見れば、みんながニコルを見て物欲しそうな顔をしている。食べ盛りの子供たちばかりだ。お菓子などいくらでも食べたいのであろう。

「あっ、そうだ。本当にお菓子っていらないんだよね?」

「ええ、お腹一杯なので」

「じゃあさ、知り合いの女の子が居るんだ。その子にあげてきてもいいかな?」

「ええ。どうぞ」

「そっか。ありがとう――――えっと、ジョシュ。行くよ」

「えっ――あっ、うん」

 エレンは立ち上がり、遠くの方に座る男の子を指名し、お菓子を持ち、部屋を出ようとする。

「えーっ? エレン、行っちゃうの?」

 部屋中からのブーイングだ。

「大丈夫。すぐに戻ってくるから。それにニコルが遊んでくれるよ」

「えっ?」

「じゃあ、お願いね」

「あっ、ちょっと――」

 彼が慌てて止めようとするのもお構いなしに、エレンは扉の向こうに消えて行ってしまった。



 ジョシュはエレンの前を行き、彼女をスラムへと案内していく。その足取りは心なしか早い。

「あれっ? ルシュ、居ないや」

 ジョシュはスラムと繁華街の間にあるゴミ捨て場でいつも彼女と会っているらしい。しかし、ここに彼女の姿は無い。

「ねぇ、あの子たちもスラムの子?」

 エレンは大量のゴミの中で手を真っ黒に染めて何かを探す子供たちを指差す。

「うん……そうだよ。スラムで仕事ができない子供は、ああやってゴミの中から使えそうなものを拾って生活しているんだよ」

「そっか……」

 エレンは手の中のおやつの入った袋を見る。どう割り算をしてもこの量じゃあの子たちのお腹を満たすことはできない。

「行こう、エレン。ルシュは家にいるかも」

「あっ、うん……そうだね」

 二人はまた歩き出す。エレンが振り向くと、先ほどの子供たちは変わらない様子でゴミの山から物を掻き出していた。

 

歩くこと数分でルシュの家が見えてきた。外見は家だが、外壁は剥がれ、壁の隙間からは家の中が覗ける。家の中からは何者かが動く気配がある。

「ねえ、誰かいるみたいだよ。覗いてみようか?」

「ダメだよ。エレン! ルシュの父親は怖いんだ。バレたら何をされるか分からないよ!」

「大丈夫。バレなきゃいいんでしょ?」

「そうだけど……」

 心配する彼を横目にエレンは家の中を覗き込む。気配がした通り、家の中には誰かが居る。だがそれは幼い少女の姿ではない。黒服の男が二人、そしてみすぼらしい衣服を纏った、疲れ顔の男――あれがルシュの父だろう。

「誰だ、アイツら……知らない。スラムの人たちじゃないよ」

「そっか。なんだろう? 何か話しているみたいだけど」

 小声で話しているせいか、その話の内容は聞こえない。しかし父親の表情は芳しくない。

「何の話をしているのかな?」

「さぁ? そこの窓を開けてみたら聞こえるんじゃない?」

「えっ? やめなって!」

「よっと……あれ、固いや……とお!」

 建てつけが悪い窓を強引にエレンは開けようとする。

  

 ガチャン――


 懸念していた通り、大きな音が出て男たちはこちらを振り向く。

「誰だ!」

「うわっ、やばっ! エレン! 逃げるよ」

「う、うん!」

 男たちが家の外へと出てくる前にエレンたちはその場を駆け出し、一目散へと路地へと姿を消した。

「はぁはぁはぁ……エレン……なんてことするんだよ……」

「えへへ。失敗、失敗」

 悪びれた様子もなく、エレンは舌をペロッと出し、笑う。

「ん? あれって?」

「えっ?」

 路地から見える少し大きな通りを歩く女の子を二人は眺める。何というタイミングであろう。そこにはルシュの姿があったのだ。彼女は片手に鞄をぶら下げて、キョロキョロと辺りを見渡している。

「おーい。ルシュ!」

「あっ、ジョシュ」

 声でこちらに気が付いたルシュ。彼女は向きを変え、こちらへと歩いてくる。

「こんにちは、ルシュ」

「あっ、えっと……こんにちは……」

 エレンの顔を見た途端、彼女はバツの悪そうな顔をする。もちろん彼女がエレンの顔を覚えていたからだ。

「あ、この人はエレンだよ」

「よろしくね」

 彼女とは対照的にエレンは笑顔で挨拶を交わす。

「あっ、そうだ。これ、ルシュにあげようかと思って」

「えっ? なんですか……?」

 恐る恐るエレンから紙袋をもらうルシュ。その中身を確認した途端、彼女の表情が明るくなる。

「これ……食べていいんですか?」

 信じられないという顔でエレンを見る、少女。笑顔でエレンはお菓子を勧める。ルシュはクッキーを取り、口に含む。

「わっ……甘い……美味しい……」

「そっか、口に合って良かった」

 余程お腹が空いていたのか、ルシュはそのお菓子をあっという間に平らげてしまう。

「美味しかったです。ありがとう……ございます……」

 エレンにはにかむルシュ。その笑顔はまだ固いが、二人の距離は先ほどよりも確実に近づいただろう。

「ルシュ、どうしたの? それ?」

 ジョシュは彼女の鞄を指してそんなことを言った。

「あっ、今日はね。お父さんに買い物を頼まれたんだ」

 彼女はメモを見せる。そこには色々な品のリストが書かれており、既に彼女の鞄は重そうだ。しかし、彼女の顔はどこか嬉しそうだ。

「これを探しているんだけど、見つからなくて」

「えっと、なになに? ストロオム虫除け剤? それならメインストリートの薬局にあるよ。この薬って苦手なんだよね。臭いが」

 自分の感想と共にエレンは彼女へとそんな答えを与えてやる。

「メインストリート……」

 ルシュは少し不安げにそんな言葉を呟いた。

「ん? どうしたの?」

「えっと、私、スラムから出たことなくて――」

「あっ、そうなんだ」

 メイン街に住む人にとってスラムが踏み込むべき場所でないように、スラムの住人にとってもメイン街はそのような、不要の場所なのだろう。

「俺が連れていくよ。院長先生の付き添いで何度か行ったことがあるから」

「ありがとう」

「じゃあ、エレン。今日はありがとう」

 ジョシュは彼女の鞄を持ってやると、二人で手を繋ぎながらメイン街の方へと歩いて行った。

 遠ざかる少女の後ろ姿を見て、幸せに思う一方で先ほど見た黒服の男たちを思い出した。正直、嫌な予感を感じていたのかもしれない。しかし、エレンは予感を拭い去るように一人スラムへと歩き始めた。そうだ。自分がここで心配していてもどうにもならない。エレンを待っている子供たちがたくさん居るのだから。



「ただいまーっ!」

「あっ、エレンだー! お帰りーっ!」

 扉を開けた瞬間に子供からの熱烈歓迎を受ける。みんな先ほどよりも機嫌が良い。誰のお陰だろうか。

「エレンさん、お帰りなさい」

「おっ、ニコル。人気者さんだね」

 ニコル中心に群がる子供たちを見て、エレンはそう感想を述べた。

「あはは。自分でも驚いていますよ」

 子供たちは目を輝かせて彼の次の言葉を待っているようだ。

「ねぇ、ニコル。その後はどうなったの?」

「それはね――」

 彼は続きの話を紡いでいく。様々な表情で彼の言葉に耳を傾ける子供たち。まもなく話しはエンディングを迎え、ハッピーエンドに笑顔が浮かぶ。

「ニコル、すごいんだよ。いっぱいお話、知っているの」

「エレンより、すごいかも」

「えっー! エレンの方がすごいよ」

 微笑ましい抗争が始まる。その様子を見て、エレンもニコルも子供たちも笑う。今日の孤児院にはいつもよりもたくさんの笑顔が溢れていた。



「あーあ。ごめんね。すっかり遅くなっちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。楽しかったですし」

 夜が近い空の下を二人は歩く。その顔には先ほどの時間の名残なのか、未だに笑顔が浮かんでいる。

「本当にありがとう。子供たち、喜んでたよ」

「いえ、僕も感謝しなくちゃいけませんね」

「えっ? なんで?」

「幼いころからスラムは恐ろしい――入ってはいけないと教え込まれてきました……しかし、今日改めて知ったのです。あそこに住んでいる人も同じ街の人なのだって――」

 自分の偏見を恥じるようにニコルは真剣な声でそう言った。

「エレンさんはどうしてスラムに?」

 旅人のはずの彼女がなぜ一都市のスラムに興味を示すのか疑問を持ち、聞いた。

「んー。どうしてって言われると、どうしてだろ? スラムのみんなって、暗い顔をしてるでしょ? 私ってそーいうの、苦手なんだよね。だからかな? 放っておけなくて」

 何を言っているのか自分でも分からない様子で彼女は笑う。

「すごいんですね……エレンさんは。僕なんて、本の上で読むだけで、この現状を知らなかったというのに……」

「すごい? すごいのかな? えへへ。でもダルクちゃんは全然ほめてくれないんだよね……やっぱりニコルは良い人だねぇ」

 この後、話題はエレンのダルクへの愚痴へとシフトする。そしてあっという間に別れの時間が来る。

「じゃあ、僕はこちらなので」

 ニコルはエレンの泊っている宿と逆の方向を指さす。

「うん。じゃあね――」

「あの、エレンさん」

 エレンが歩き出す前にニコルは声をあげる。

「僕に手伝えることがあったら言ってくださいね。力になりますから」

「うん。ありがとう」

 大きく手を振り、二人は別れる。一人になったエレンは今日のことを思い起こす。今日はいつもよりも長い一日であった。

「さてと、後は今日の晩御飯を考えなきゃ」

 夕飯の時間であることをお腹の虫が彼女に知らせる。その催促に応じ、エレンは足早に宿へと戻って行った。


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