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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
42/75

文字と音符

朝ごはんを済ませ元気づいたところでエレンは次の目的地へ向かうために足を進めていた。そこは街の中央にある大きな官邸であった。中心街とあって周りの建物も豪華だが、この建物はさらに豪華だ。まるでその威厳を象徴しているように堂々と構えている。

「ここに市長さんがいるのかな?」

どうやらエレンは市長を直接訪ねるつもりらしい。エレンは不審者のようにキョロキョロと敷地内を覗く。

官邸は高い塀に囲まれ、その唯一の入口の正門には屈強なガードマンが立っている。エレンがその横を通ろうとすると、当然の如く彼女は止められてしまう。

「失礼ですが、ここに何のご用でしょうか?」

口調は柔らかくもその男の眼光は厳しい。どうやら二人は不審者に見られているようであった。だがエレンは胸を張り、「市長さんに会わせてください」と、言う。

「アポイントメントはお取りでしょうか?」

「ううん? 全然」

「それでは約束を取り付けてから再度お越し下さい」

丁寧な言葉であったが実際のところ門前払いされた二人。

「はぁ、駄目かぁ……」

勝算があったのか、エレンは肩を落としながらため息交じりに言った。

「でも、市長に会ってどうする予定だったんですか?」

「んー。スラムをどうにかしてもらおうかなって……」

一市長がそんな力を持っている訳は無いのだが――――それを言いかけたところでエレンが睨んでくる。

「今、すっごい、馬鹿にしたでしょ!」

「いえ」

「本当?」

「…………」

エレンに見つめられ、ダルクは目を下へと背ける。これは否定の意と変わりない。

「もうっ、どうせ馬鹿ですよぅ!」

エレンはそんなことを吐いて、肩を怒らしながら道を先に行ってしまった。まるで子供のようだとダルクは思う。


行き場を無くした二人は再度公園へと戻っていた。エレンはベンチに腰かけると、「うーん、うーん」と頭を抱え呟いている。どうやらダルクに頼らないで市長に会う方法でも考えているのだろう。だが、その甲斐なく時間だけが刻々と過ぎている。

ダルクは悩める歌姫の隣で正面の通りを見ていた。そこから見える風景の人々は二人がそこにいる理由など知るよしもなく、目的地へと向けて足を進めている。ダルクは思う。同じ街にスラムなどあっても、そこに住む人にとっては何の問題も無いのだと。だが住人でないこの少女はこんなに悩んでいる。その光景が滑稽に思えて仕方がなかった。

「うう……ダルクちゃん……ギブアップします……知恵をお貸しください」

しばらくするとあっけなく態度を翻し、ダルクに縋り付くエレン。これはダルクにとっても慣れたパターンである。

「市長に会うにはまず手紙で陳謝するのがいいと思われます」

「ふむふむ。ラブレターでも書けばいい訳だ」

「…………」

「じょ、冗談だよ! そんな可愛そうなものを見る目をしないでよ!」

「まずはスラムの現状などを調査して打開策などを市長、もしくは力のある人に聞いてもらうのがいいのでしょうか?」

「なるほどね。でも調査なんてどこですればいいの?」

「まずは図書館にでも行き、この都市の現状を知りましょう」

「らじゃ!」

エレンは敬礼をし、広場を飛び出し道を走りだす。だが、その足はすぐに止まった。

「ところで…………図書館はどこ?」

「こっちです」

ダルクはエレンの進んだ真逆の方向を指差した。



「わぁ……広い……」

図書館に来たエレンが最初に言った言葉はこうだった。だが彼女が呟きたくなるのもこの広さを見れば納得だろう。そのフロア内には新旧様々なジャンルの本がびっしりと整列している。

「これじゃあ探すのは大変かもね…………」

「ええ。手分けして探しましょう」

ダルクの案により二人は別れて行動することになった。。

十分後、ダルクはそれなりの量の本を持ち、一番奥の机に腰を降ろした。だがそこにはエレンの姿はない。しばらく経っても姿を現さない彼女を探すためにダルクは立ち上がる。歴史や社会関係のコーナーに彼女の姿はない。どこにいるのだろうか。いや考えるまでの問題ではないのかもしれない。目星をつけ歩くと、エレンの姿はすぐに見つかった。図書館の隅の方で何かを読みながらクスクスと笑いをこらえている。エレンのいる棚には娯楽の文字が表示されている。半ば気配を消しながらダルクはエレンに近づく。

「何を読んでいるんですか? エレン?」

「うわぁっ!」

急に声をかけられ驚いたのか、彼女は読んでいた本を落とす。それはコミカルな挿絵の入った本であった。

「ち、違うの! 歴史の本探してたら、この本が目に入っちゃって――」

「…………」

「そ、そのすぐにやめようと思ったんだけど……」

エレンの言い訳にワザと沈黙するダルク。言葉を続けるエレンはそんな顔を見て、どんどん小さくなっていく。

「とりあえず、エレン。図書館では静かに、でないと――――」

彼女を止める前に司書さんが姿を現してしまった。注意喚起が少し遅かったらしい。

「何をお騒ぎでしょうか?」

司書さんといえば眼鏡の女性をイメージするが、そこにいたのは青年だ。男にしては長い髪で、声を聞かなければ、女の子と間違えていたかも知れない。

「えっと――――」

「すいません。何でもありません」

エレンが話を大きくする前に、ダルクは先手を打つ。

「館内では静かにお願いします」

そう釘を刺す、司書さん。

「あっ、そうだ! すいません。この街のことを調べてるんですが、その本はどこにありますか?」

釘を刺されたというのにエレンの声は大きい。

「街のこと…………ですか。こちらにありますよ」

少し間をおいて、司書はエレンをある棚へと案内する。

「街の歴史に興味を持つ人なんて、あまり居ないですから、僕は嬉しいです」

ご機嫌そうに彼は歴史のコーナーへと二人を連れて行く。

「この辺りで探してもらえば――――といっても本がありませんね。誰か使っているのでしょうか?」

そこの棚の一列がごっそりと空欄になっている。

「私が机に移動しました」

指を指す、奥の机には大量の本が山積みになっている。

「すみません。迷惑ならば戻します」

「いえいえ、いいんです。ここだけの話、あの辺りの本ってあんまり人気ないのですよ」

彼は苦笑した。その中には街の歴史が廃れていくという彼の悲しみも少し混じっているようであった。

「では、僕は失礼します。また何かあれば、気軽にお声をかけてください」

彼は一礼して去っていった。

「よし、ダルクちゃん。さっそく作業を開始しようではないか!」

 やる気のスイッチが入ったのかエレンは椅子に飛び乗り読書を始めた。だが――

「ふわぁぁぁ……」

読み始めて数分後、エレンはすでに大きなあくびをしていた。単に街のこと言っても風俗から産業まで色々とある。エレンが担当したのは最近の主な事件というもので、新聞の切り出し記事がそのまま本として残している物を参考にしていた。

「トニー・スティグラー氏が総合球技優勝……ねぇ」

彼女の目に留まるのはどうでも良い見出しのみ。平和な文章が新聞には綴られている。

「あっ、また、鉱山のニュース?」

〝近郊の鉱山でガス漏れか。犠牲者十二名にのぼる〟先ほどから動揺のニュースを読むことが多い。とは言っても、特にエレンの目を引くわけではなく、彼女の集中力、好奇心は共に皆無になっていた。

「ねぇ、ダルクちゃん…………面白いことあった?」

「ええ。人口増加のグラフなどを見ると、この都市が、いかに短期間で発展したのか――――」

「そんなんじゃなくて、もっと楽しいような――」

「市議員、強制猥褻で逮捕目前、妻が激昂、五体バラバラ殺人、みたいなのですか?」

「あのさ、そうじゃなくてね…………ああ、もう、ちょっと休憩!」

エレンは憤慨し、その場を後にしてしまった。ため息をつくダルクだが、これで作業に集中できると安堵し、山積みから次の本を手に取った。




図書館から出て、背伸びをする。どうしても閉鎖空間では肩がこってしまうのだ。図書館の敷地内にあったベンチに座り、昼前の日光を身体全体で浴びる。こんな陽気を浴びたら……「ふわぁぁぁ……」大きな欠伸をして先ほどよりも深くベンチへと腰を掛ける。

 こんないい天気なのに図書館での作業がまだまだ残っているのだ。本音を言うならこのまま逃亡したい。

「でも、そんなことしたらダルクちゃんが何をしてくるか…………」

 過去、ダルクからされた〝お仕置き〟の数々を思い出し、エレンの背中には鳥肌が立った。

「ともかく、今日は頑張って本を読んで、それで…………えっと…………」


「お嬢さん…………」

「ん? ダルクちゃん……? もう少し寝かせて……」

「あのぉ……こんなところで寝たら風邪ひきますよ?」

「んー? 誰ぇ?」

 エレンの寝ぼけ眼には一人の女の子、いや、男の子が映る。

「ふがぁ? ダルクちゃんじゃない? 誰?」

「え、えっと……ボクは――――」

「ああ、よく見ればさっきの可愛い司書さんだ。こんにちはー」

「こ、こんにちは…………」

 可愛いと言われたことを苦笑しながら彼はエレンへと挨拶を交わす。

「どうしたの? こんな所に? 仕事は?」

 エレンは浮かんできた疑問を一気にぶつける。

「いえ、お昼なのでお弁当を食べに来たのですけど」

「おひるぅ? あれ、私、いつの間に寝てたんだろ?」

 ついさっきは朝だったので、さかのぼって計算すると二時間以上寝ていたことになる。その計算が終わったところで目の前にいる司書さんの姿が映る。彼はお昼を食べに来たと言っていた。

「あっ、私が邪魔なのか。ごめんね」

 ここは彼の場所であることに気が付き、エレンは急いでそのベンチから飛び降り、場所を譲る。

「いえ、大丈夫です。僕は別の場所で食べるので」

「えーっ! ダメだよ。私がどけるから」

「いえ、本当にお気になさらず」

「ダメダメっ!」

 変なところで強情になるのがエレンだ。その態度に司書さんもタジタジ。

「んー。じゃあ一緒に座ればいいのか。ほら、ほら」

 名案とばかりにエレンはベンチを半分開け、少年を隣に呼び込んだ。

「え、でも……」

「ん? なにボーっとしてるの? ほらっ!」

「うわっ!」

 エレンは彼の手首を引っ張り、強引にベンチへと座らせようとする――が、

「きゃっ!」

「うわっ!」

 勢い余って、彼、諸共ベンチへと倒れこんでしまう。

「あたたた…………ごめんね」

「い、いえ…………」

 彼は慌ててエレンの上から飛び起き、ベンチへと座る。距離を離そうとしてか最大限に端の方まで寄っている。彼の気遣いを知らずエレンは中央ラインを大きくはみ出し左側に詰め寄っている。

「あっ、そうだ。司書さん。名前は?」

「えっ?」

「な・ま・え! 教えてよ」

 いきなり質問が飛んできて、彼は戸惑った表情をしたが、すぐに自己紹介をしてくれた。

「僕はニコル。ニコル・サンドバレーです」

「ニコルか。私はエレン。よろしくね」

 エレンは彼へと手を差し出す。また一瞬躊躇った後、彼はエレンの手を取り、ペコリと頭を下げた。こうなればエレンのペースだ。それから二人はベンチに座りながら会話をすることになる。

「ニコルって司書さんなんだよね? 毎日ここにいるの?」

「はい、司書の仕事をしながら色々勉強させてもらっています」

「ふーん。勉強なんてすごいねぇ。私は字の読み書きぐらいしかできないのに」

 エレンは尊敬の眼差しを彼へと向ける。彼は「大したことないです」と恥ずかしそうに次の話題をエレンに振った。

「エレンさんは何かお仕事をなさっているのですか?」

「仕事……うーん。別に何も。ただ旅先で歌ってるだけかな」

「歌……エレンさんは歌姫なんですね」

「まあ、そんなところかな。聞きたい?」

 自分のことに興味を持ってもらい有頂天な彼女は歌までサービスしようとしている。

「えっ? いいんですか?」

「うん。お昼寝後の眠気覚まし」

 エレンはコホンと咳払いをし、唄を奏でる。陽気に負けないぐらいの明るい調子の唄だ。

「えへへ。どうかな?」

 短い曲が終ったところでエレンは、はにかみ言う。

「……素晴らしい。すごいですよ、エレンさん」

 ニコルは目を丸くしてエレンに心からの拍手を送った。

「いやぁ、それほどでもないよ――――そうだ、一緒に何か歌おうよ」

「えっ、僕、あまり唄は……」

「いいから、適当に。要は楽しめばいいんだよ。はい、いっくよー!」

 強制スタートを切るエレン。その様子は楽しげで、ニコルは意を決して即興で唄を歌おうと頑張る。そのせいか声が上擦って何とも言えないトーンの声が出てしまう。恥ずかしそうにボリュームを下げてしまう彼だが、エレンは「気にしないで」と言わんばかりの笑顔を彼に向ける。その表情に押され、また彼はボリュームを上げていく。

 美しいソプラノと少しとぼけたアルト。二人の声は誰も居ないお昼過ぎの図書館の庭へと響き渡る。

「あはは。やっぱり誰かと一緒に歌うと楽しいや」

「そうですね。唄なんて久しぶりに歌いましたよ」

「へぇ、それにしては上手だったじゃん」

「そんな…………」

 ニコルはお世辞だと分かっていてもその言葉が嬉しく、思わずはにかんでしまう。

「あっ、そうだ。もうお昼なんだよね? お弁当の邪魔しちゃいけないや。じゃあね」

 突然立ち上がったエレンは手を合わせ、「ごめんね」と囁く。そして踵を返してしまう。

「あっ――――また」

 エレンは彼に手を振り、図書館の方へと駆けていった。


 図書館内に入ると先ほどと同じ場所にダルクが居た。その脇にあったはずの大量の本はだいぶ少なくなり、代わりに十数枚の羊皮紙が重ねてあった。

「ダルクちゃん。お疲れ」

「お疲れ様です」

 ダルクはエレンの顔も見ずに挨拶をし、彼女は仕事の手を休めない。

「ごめんね。一人でやらせちゃって」

 いつものことだが一応手を合わせ、彼女を労っておく。

「いえ。エレンも色々と忙しそうでしたから。お昼寝とかに」

「うっ…………」

「しかも、あの司書さんと楽しそうに唄まで歌っていましたよね」

「ううっ…………もしかしなくてもダルクちゃん、怒ってる?」

「いえ、いつものことですから」

「そ、そんなぁ……ごめん謝るからさ、機嫌直してよ? ね?」

「ですから、怒っていません」

「嘘だぁ……いつもよりも怖いよ……」

 無表情で怒りを表す彼女に平謝りをするエレン。その様子が鬱陶しかったのか、彼女はお弁当の入った袋を持ち、庭先へと黙って行ってしまう。

「ちょ……その袋には私のお弁当も入ってるんだってば!」

 仕方がなくエレンもその後を追うのであった。大好きなものを詰めたというのに、今日のお弁当はあまり美味しくなかった。



「はぁ……今日は疲れたねぇ……」

 宿のベッドにダイヴし、エレンはそんなセリフを言う。今日の成果はダルクが机に置いた羊皮紙の束が物語っている。

「これだけ、調べ物するとなんだか頭が良くなった気がするね」

 何の根拠もなくそんなことを言い、彼女は再び羊皮紙へと目を通す。そこには街の成り行きやスラムができた原因などが具体的に描かれていた。

「鉱山の閉鎖が原因かぁ……」

「はい。おそらく。十年前から今まで鉱山はずっと閉鎖されています。もし、封鎖を解ければ雇用が千人規模で増えますし、スラムの人たちの仕事ができると思います」

「でも、ガス噴出事故で閉山されたんでしょ? どうやって閉鎖を解くの?」

「それは、私たちが調べればいいんだと思いますよ。近年ちゃんとした調査は行われていないようなので」

「そうだけど……ちょっと怖いかも」

「何を言っているんですか。そんなに軟ではないでしょうに」

「あはは。そうだね」

 その後、少し話をし、エレンは蝋燭の火を吹き消す。明日からはまた忙しくなりそうだ。今日はゆっくり寝てしっかりと備えないと。


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