魔女と呼ばれる者 ―前編―
エレンは貧しい農村に生まれた子供だった。
両親は小さな雑穀畑を所有しているだけの農夫で、親子3人で暮らしていた。
農業は辛い。
朝から晩まで土に塗れて働き、
数か月の苦労は大雨や日照りで一瞬のうちに台無しにされる。
豊作なら豊作でその四分の三は税金として徴収されてしまう。
僅かな収入はすべて食費で消え、エレンたちは年中同じ服を着て、
まるで奴隷のように働いていた。
しかし、そんな生活に彼女は一言も文句は言わなかった。
むしろ幸せであったのだ。
大好きな父と母と片時も離れることなく生活できるのであるのだから。
だがその生活も長くは続かなかった。
エレンが8歳の誕生日を迎えた日。黒い服を着た男が家に来た。
両親はその人にエレンを連れて行かせた。
母は言う
「エレン。この人たちに着いて行けば、たくさんいいものが食べられるよ」
エレンは想う。
いいもの? そんなものいらない。わたし、おかあさんの手料理が大好きなのに…………
父は言う
「エレン。この人たちの言う事を良く聞くんだ。いつか迎えに行くからね」
おとうさん…………なぜ、わたしが嫌がっていることに気が付かない振りをするの?
それに”いつか”って、いつなの?
エレンが不安な顔をしようが泣こうが、彼らは娘を見ようとはしない。
男たちは泣きじゃくるエレンを馬車の荷台へと閉じ込めた。
背後からした金属音は、鍵が閉まる音だろう。
子供のエレンでも自分の置かれた状況が分かった。自分は「売られた」のだ。
実の娘を売る。農家の収入では3人を賄いきれなくなった両親の決断であった。
父親と呼ばれた男に手渡されたのは銀貨5枚。
贅沢な食事をしなければ1月分ぐらいの食費に相当するお金だ。
それがエレンの価値だった。
エレンは男に連れられながら何度も両親のほうを振り向いた――――
だが彼らはエレンを最後まで見送ってはくれなかった。
馬車が家から去るのを確認すると、バタンと粗末な戸を閉め家へと消えていったのだ。
娘が窓からずっと見ていた事に気が付かず。
そこでエレンは気がついてしまった。自分が両親に愛されなかったということ。
見捨てられてしまったということを――――




