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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―荒野に捧ぐ前奏曲《プレリュード》―
32/75

荒野の歌姫

 荒野の真ん中を馬車は砂煙を上げながら走っていた。その荒々しい運転に似合わず、運転席には可憐な少女の姿があった。長い黒い髪を風になびかせ、手綱を取る姿は大人顔負けな程、凛としている。

 彼女が鎧でも着ていれば、どこかの名家の騎士だと間違われるだろう。しかし彼女の服装と言えば、白のフリルのついた黒いメイド服なのだ。従者が馬車を操るのは分かるが、彼女のようなメイドを連想させる人物が運転する馬車は珍しいだろう。

「ダルクちゃん…………暇ぁ…………」

 彼女の背後から別の少女が顔を出す。その表情はいかにも気だるそうだ。

「お昼寝でもしたらどうですか」

 ダルクと呼ばれる少女は彼女のことを見向きもせずに、無関心な声でそう言う。

「さっきまでしてたんだよ」

 馬車から顔を出した少女は銀の髪を風になびかせながらそんなことを言う。

「暇だし、運転変わってよ」

「エレンの運転は荒いので、ケンブスも嫌だと言っておりますが」

 ダルクは静かに答える。それに同意するように黒馬もヒヒーンと声をあげた。

「うわぁ、ケンブスまでにも嫌われてるのかぁ。私…………」

 少女は頭を垂れる。だがその落ち込みも束の間、窓から這い出し、走っているにも関わらず荷台の上へと飛び乗る。

 エレンは黒いドレスのスカートを抑えながら周りを見渡した。

「何か見えますか?」

 ダルクは運転席からそんなことを聞く。

「ううん。岩と砂ばっかり………」

 エレンが言う通りこの辺りの荒野には何もなかった。最後の村に立ち寄ってから既に三日が経っている。夜を除いて走り続けているというのに村一つ見えない。

(やはり勘に頼ったのは間違いだったかなぁ…………)

 エレンは一面の荒野を眺めながら、そんなことを思った。でも後悔したところで今更仕方が無い。 今、彼女に出来ることは馬車の上から少しでも早く面白そうな場所を見つけることであった。



 それから数刻が経ち、夕闇も迫り野宿を覚悟したその時、エレンの目には人工的な明かりが飛び込んできたのだ。

「ダルクちゃん! 西見てよ。明かりだよ、明かり!」

 エレンは興奮したように馬車の上から騎手席へと声をかける。

「では、進路を変更します」

「わっ!」

 ダルクの手綱捌きによりケンブスは西へと向きを変える。勢い余ってエレンは馬車から振り落とされそうになった。

「まったく、ケンブス! もっと主を気遣いなさい!」

 漆黒の馬は叱咤するエレンの言葉を無視するように荒々しく足音を立てる。そんな仕草に腹を立てながらも、エレンを乗せる馬車は着実に明かりのほうへと近づいていった。

 数分後、その明かりが街のものであることが確認できた。大きな都市ではないが宿と食べ物の補給は十分に出来るだろう。

「まずはシャワーを浴びたいなぁ………」

 エレンはドレスの胸元をパタパタしながらそんなことを呟く。

「あと、食事も。ここの特産品はなんだろ?」

 一度始まった妄想は止まらない。彼女は目を輝かせながら馬車の窓から街を眺めていた。

 二人を乗せた馬車は街のゲートをくぐる。まず目指すは牧舎付きの宿屋だ。エレンたちのように馬車で旅をする人は多いので、このぐらいの街には一、二件はそのような宿があると決まっている。

 案の定、すぐに宿は見つかる。二人と一匹分の宿賃を払い、二人は部屋へと入る。なかなか高価な宿だけあって部屋の中もちゃんとした造りをしている。清潔にメイキングされたベッド、そしてシャワールーム、トイレまで完備されている。

「どしゃあああああ!」

 エレンは部屋に入るや否や、ベッドへとダイビングする。それは宿に入るときの定例行事であった。以前、安宿でそれをやったらベッドの底が抜けて弁償させられたこともある。だが、彼女いわく〝譲れない行為″らしく、エレンは止める気配を見せない。

「エレン、シャワーを浴びたらいかがですか?」

「あっ、私、先でいいの?」

「ええ。私は街の中を見てきますので」

「じゃ、よろしくね」

 エレンはそう言って衣服を脱ぎ捨て、シャワールームへと入っていく。それを確認するとダルクは部屋を後にした。



 それから数分、ダルクは街のメインストリートを歩いていた。食事の時間というだけあって、飲食店にはたくさんの人々が群がっている。だが目的としていた旅用品を扱っている商店は閉まっている。どうやら時間が遅すぎたらしい。

 引き返そうとしたその時だった。背後から不穏な気配を感じたのだ。

「ダルクちゃん、見っけ!」

 そんな声と共に少女が空から降ってくる。

「エレン。場所をわきまえて下さい」

 彼女は周りの人の様子を伺いながらダルクは注意を促す。幸い着地の瞬間は見られていないので騒ぎにはなっていない。しかし、こんな町中で大声名前を叫ばれるのは勘弁だと思うダルクである。

 屋根の上を渡ってきた少女の髪はまだ濡れている。おそらくお風呂上りの運動ってところなのだろう。

「で、何か用ですか?」

 ダルクは無感情にエレンへと聞く。

「ん……街中を歩いていたら、ダルクちゃんだ! って思って」

「歩いてきてはいないと思うのですけど」

「まあ、細かいことは気にしないで」

 そういってエレンはダルクの腕へとしがみ付く。

「ダルクちゃん、目立つよね。こんな美人さんだものね。一発で分かっちゃった」

 彼女の言うことも一理ある。ダルクのようなメイド服を着た少女がいれば目線も彼女の方を向くというものだ。その理由だけではないが、彼女は極力、他人の視線を避けて移動をしているのだ。

「そういうエレンはもっと目立つと思いますが」

 そんな配慮はエレンにすべてぶち壊されてしまう。彼女の透き通ったような声と、その黒いドレスが通りの人々の視線を釘付けにしているのだ。まあ本人が気にしてないのならいいのだろうが…………

「ダルクちゃん。お食事しよ!」

 そういって、エレンは相方の少女の手を引っ張り、近くのPUBへと入っていく。

 ドアが開いた瞬間に、客人たちは店に入ってくる二人の姿に驚く。それはそうだろう。酒場にとって彼女たちのような客層は珍しいのだから。

そんな視線を気にせず、エレンはカウンター席に腰を下ろした。

「おいおい、お譲ちゃんたち、ここは酒場だぜ」

 隣の客人が早速、茶々を入れてくる。

「ん? わかってるけど?」

 エレンはそれを当然のように返す。

「ダルクちゃん、何がいい?」

「そうですね――」

「ミルクなんかいいんじゃないか?」

 突然、外野から聞こえてきた声に店の中は笑い声に包まれる。

「あー、そうだね、お風呂上りのミルクもいいかも――」

 エレンの発言にまた店の中が沸く。

「エレン、私たちはからかわれたのだと思いますけど」

ダルクは気が付かないエレンに皮肉の意味を説明する。

「ああ、そういうことか――って、馬鹿にしないでよ!」

 彼女は怒るが、頬を膨らます、あどけない怒りの表情は客人の笑いを誘うだけであった。余程、頭に来たのかエレンはカウンターをドンっと叩いて、

「マスター、ここで一番強いお酒持ってきて!」

そう叫んだ。

「おい、譲ちゃん、止めときなって……」

 マスターも心配そうにエレンのことを見る。しかしエレンは頑なに注文する姿勢を止めない。しかたなくマスターはジョッキの三分の一ほどのお酒を用意する。それはここらでは強酒と知られるもので、酒を飲めないものが一口含めば、それだけで気絶するという代物であった。

 エレンはそのジョッキの透明な酒をじっと見つめる――――そして、一気に喉へと流し込む。

「お、おい!」

マスターは慌ててエレンへと駆け寄る――――

「うえぇ……変な味……」

 だがマスターの心配を他所に、エレンは渋い顔をするだけであり、そんな仕草は酒にやられたとは到底思えない。

「おい、マスター何百倍に薄めたんだ?」

「い、いや……」

 困惑するマスターを他所にエレンの隣へと屈強な男が座る。

「どうだ、譲ちゃん。酒の味は?」

「美味しくない……」

「はっは、まだガキには早いってことだ」

 だがその男の挑発はエレンの闘争心に火をつけてしまった。

「マスター、この人と同じものお願い!」

 エレンはムキになりマスターに注文をする。

「おいおい、こいつは結構強いぜ? それとも俺に勝つつもりか?」

「そうよ!」

 エレンは男に食って掛かる。

「あとで泣き面見せるなよ」

 こうして、男とエレンの戦いは始まった。前代未聞の勝負が起こるということで酒場の中はかつてないほどに盛り上がっていた。

 客たちは興味本位で二人の様子を見る。そんな中、ダルクは一人離れた席で特性ピザを頬張っていた。

「おい、いいの? お連れさん」

「ええ、エレンは負けませんから」

 二人が並んだカウンターに酒が持ってこられた。男は先手必勝とばかりにそれを一気に飲み干す。エレンもそれに続き、ジョッキを空にする。そしてすぐに二杯目が持ってこられる。

 しばらくは両人とも互角な勝負が繰り広げられていた。しかし五杯目に突入したところで屈強な男は椅子から転げ落ちた。

「あれ? もう終わりなの?」

 その瞬間、客から壮大な拍手と歓声が送られる。

「マスター。贔屓(ひいき)してんじゃねえ!」

とか、

「次は俺と勝負しようぜ!」

とかギャラリーから声が飛ぶ。

「よーし、次の相手こいやーっ!」

 エレンはその雰囲気に悪乗りして男たち挑発する。それに乗ったかのように次々と男がカウンターへと寄ってきた。ダルクは楽しそうに酒を呷る少女を見て、ため息を付くのであった。



 それから数時間後、エレンの背後には潰れた男たちの山が出来ていた。

「お客様、お願いですから、お帰りください」

 マスターは頭をエレンへと下げる。これ以上やれば明日からの営業に支障をきたすと判断したのだろう。半ば追い出されるようにして二人は店から出た。

「あっ、結局、何も食べてない!」

 エレンはハッとしてストリートの店を見るが、どこもクローズの看板を下げている。

「ダルクちゃーん」

 隣の少女にすがりつくが、「自業自得です」そう言って彼女は宿のほうへと向かって歩き出す。

「そんなー」

「宿に行けば保存食を食べられますよ」

「あの乾燥肉は飽きたよ!」

 エレンはその場で地団太を踏む。だがそんな行為は余計にお腹を減らすだけであった。


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