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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
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自称”魔女”と青玉の魔王 ―後編―

ふと、横を見ると、そこには少女以外のもう一人の”人間”がいた。

しかし、少女はその人が”人間”でないことにすぐに気が付く。


その男はとても美しかった――――――


緑銀に輝く長い髪。

雪のように白い肌。

そして凍りつくような蒼い眼をしていた。


人間には無い美しさを見せ付けられ、少女は恐怖は愚か、飢えも乾きさえも忘れ、

その場に立ち尽くしてしまった。


その時間はどのぐらいか分からない。

数秒、あるいは数分だったのかもしれない。


その間、少女は決して彼から目が離せなかったのだ――――


静の均衡を破ったのは彼のほうだった。

森に向けていた視線を逸らし、少女のほうを見る。



「小娘。名はなんと言う?」


決して頭の良いとは言えない少女にも答えられる、簡単な質問だった。


「ぁう………」


それにも関わらず、彼女はすぐに答えることはできない。

それはそうだ。あの吸い込まれそうな瞳を見てしまったら、

どんな人でも同じような状況になるだろう。

恐怖を覚え、逃げ出す人もいるかもしれない。



「着いて来い」


彼はそう静かに言うと、彼は急にバルコニーを去り、歩き出した。


本当について行っても良いのだろうか…………

しかし、いくら考えても辿りつく結論は一つだった。

ここにいても仕方がないのだから。


前を進む男の背中を追い、少女は歩きだした。




男は少女の前を行く。不思議なほど静かで優雅な歩き方だ。


一回も振り返っていないのに少女との距離は常に一定であった。

彼女がふらつき、速度が下がれば彼もゆっくりになり、

逆に追いつこうとすれば彼も早くなる。


だが、そんなことができても何もおかしくは無い。

彼は人間ではないのだから。



彼は急に止まる。その先には紅く塗りたてられた大きな扉があった。

それを待ち焦がれたように、音も無く扉は開く。

彼がその部屋に入るのを見て、少女も跡を追った。



その部屋は廊下とはまったくの別空間であった。

白い長テーブル、天井には巨大なシャンデリア、そして壁には数々の絵画。

言うまでもないようだが、ここは食堂らしい。

部屋の中は暖炉によって丁度良い温度に保たれており、食欲を誘うとてもいい香りがした。


「座れ」


彼は少女にある席を指差しそう言った。

指示通りにそこに少女は行く。

そのテーブルにはすでに食事の用意がされている様だ。

近づいてみると、長机の上にはバスケットに入ったパンと熱気を立てているスープが置いてあった。


少女は躊躇(ちゅうちょ)せずに食事の前へと座る。

その時から口の中は唾液でいっぱいになっていた。

目の前にご馳走があるのだ。

こんな状況でなければ、すぐにでもパンを口に頬張り食欲を満たしていただろう。


だが、今の状態ではそれもできそうにない。

少女は周りの様子を窺い、まだ席にも座っていない男を見た。

男はすぐに席に座る。そこは少女から見て左斜め、食堂を一望できる特等席である。

ここに座る事が出来るのだ。彼はこの城の主なのだろう。


少女のことを見かねたのか、

「食べないのか?」

男はそう言ってくる。感情の入っていない様な静かな声でだ。


それをスイッチにしたように少女はパンを頬張った。

噛むことを忘れたように、パンを食べ続けた。

なぜか分からないが涙が出てくる――――

一旦出た涙はまるで決壊したダムのように止まらない。

食事を口に運びながらも彼女は泣き続けたのだ。

嗚咽か啜る音か分からないほど彼女は泣き、そして食べた。



食事を終えたとき、不思議とその涙は止まっていた。

顔を上げ、正面にいる彼のことを見る。

いや正確に言えば彼の胸辺りまでだ。

顔を見る勇気などない。

ましてや泣いて自分は酷い顔をしているはずだ。それを隠すように、(うつむ)く。


「落ち着いたか?」


彼は静かに言葉をかける。


「はぃ……」


自分にしか聞こえないような声で少女はつぶやく。

しかしその声は彼にも聞こえたらしい。

彼は質問を続ける。


「名前は?」


その質問に少女は驚く。


自分の名前など聞かれたのはいつ振りだろうか?

過去に名前で呼ばれたことなど、ほとんど無かったんだと思う。

どうせ名前を聞いても、番号や物として呼ばれるだけの生活をしていたのだから。


「エレンです………」


これはエレンが親からもらった正真正銘の名前であった。

とは言っても彼女はこの名前が好きではなかった。


「そうか、エレンか」


その名を復唱する彼。

名前を呼んでもらい、エレンの警戒心はいささか解けたようだ。


そうなれば今の状況が気になってくるものだ。

だから彼女は聞くことにしたのだ。目の前の彼に。


「あの…………あなたは? 人間じゃないですよね?」


いきなりストレートすぎる失礼な聞き方だと思った。

しかし彼は眉ひとつ動かさず、こう答える。


「いかにも、私はこの周辺を統治する”魔王”だ」


”魔王”、その言葉を聞いてエレンは驚かなかった。

この世の中には魔族という種族がいて、

それを統一する者が魔王と呼ばれていることを知っていたからだ。


でも魔王というのはもっと恐ろしい者かと思っていた。

幼いころ絵本で呼んだ魔王は強靭な肉体に醜悪な顔をして、

人々に最悪をもたらす、そんな感じだった。

しかし、この魔王の容姿は今まで見てきたどんな人間よりも美しいのだ。


「エレン。何故、人間のそなたが処刑されそうになったのだ?」


魔王はそう語りかけてくる。


何故…………その理由は分からなかった。


「罪を犯したのか?」


エレンは首を振る。

処刑台での司法官の読み上げた罪状が頭を過ぎる。

だがそれがどうして罪なのか分からなかった。

だからエレンは一言、こう言った。


「私は魔女だから」


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