国の終わり 獣の声
王室には王と三人の大臣が居た。彼らは身を震わせながら自分の無事を祈りを続けていた。
その恐怖を払拭させるかのように一番信頼の置ける兵士たちを身の周りに
配置してみたものの、死の気配が近づいている事実は変わらないのだ。
騒音と兵士たちの断末魔がどんどん近づいている。
こんなことならばプライドなど捨て、早い所逃げておけば良かったと思う。
しかし、もう無理だろう。
断末魔は王室のすぐ外の廊下まで来ているのだ――――
ついに扉が破られ、銀髪の大剣を持った少女が姿を現した。
彼女の全身は血でベットリと濡れており、銀の髪と青い瞳だけがその色を変えていない。
それはいつか見た魔王と類似、いや、全く同じものだ。
近衛兵たちは集団で少女へと切りかかる。
しかし彼女の一振りで、兵士たちは個々の断末魔を上げ、絶命する。
先ほどまで「王を守る」と心強い言葉を放っていた兵士が、既に言葉を話さない肉塊になっているのだ。
その非現実さを目の当たりにし、頭の中は真っ白になる。
「ひぃぃぃ!」
大臣の一人が逃げ出そうと駆け出すが、彼女の横を通った瞬間にその首が無くなった。
宙を舞った首はゴツッという音とともに王の前へと落ちる。
その眼は恨めしそうに、王の顔を眺めていた。
「頼む、助けてくれ…………」
そんな様子を見て、王は泣きすがる様に命乞いをする。
王が地面に這い、頭を下げるのは初めての事である。
散々、市民や使用人にさせたこの行為が如何に屈辱的であるかを今知ったのだ。
しかし、恥や自尊心などを気にする事も出来ない程、王は追い詰められていたのだ。
大臣たちも同じように頭を地面へと擦りつける。
そんな仕草も言葉も彼女の心には届かなかった。
ただただ自分の命ばかりは助かろうとする、浅はかで愚かな行為しか見えなかったのだ。
だが、少女は剣を振り下ろすことはしない。代わりに唄を歌った。
彼女の歌う唄は、恨みを込めているのにも関わらず美しい。
こんな状況にも関わらず、そこにいた3人は聞き入ってしまった。
しかし、しばらくすると、彼らは身体に鋭い痛みを感じた。
まるで身体の奥底から新たな骨が出てくるような痛みと熱さ。
苦しみの様子を見ながらも少女は歌い続けるのだ。彼らが悶絶するまで。
「ううっ……」
王は重たい身体を起こし周りを確認した。
そこには先ほどの少女の姿は無い。
「助かったのか……?」
疑問と安堵のため息を口にする。
詳しい状況は分からないが、どうやら気絶をしてしまったらしい。
窓の外からは先ほどと同じ位置に月が覗いている事から、時間が経っていない事を推測できる。
足に力を込めると難なくその身は持ち上がった。
だが妙に体が熱い。喉も異様に渇いている。
よろよろと前進すると、何かを踏んでしまう。
足先を確認すると、そこには毛むくじゃらの異形の化け物がいた。
動物と人間の汚い部分だけを混ぜたような、図鑑でも見た事のないような生物だ。
体臭も凄まじい。辺りは腐敗したような臭気に囲まれている。
「な、なんだ! どこから入ってきた!」
足で蹴飛ばすと、ソレは呻きをあげた。
苦しげな咆哮だ。
「ひぃっ!」
王は王室から逃げ出し、廊下へと出た。その頭にはここから逃げ出すことしか考えてなかった。
とにかく安全な場所へと辿り着きたかったのだ。
城の中には血の匂いがしない所が無かった。壁は紅く染まり、床は絨毯を引いたように
血の跡が王座まで続いている。
これすべてが"あの少女"の所業だと思うと、血の気が引く。
そして人知れず悔いるのだ。魔王に挑んだ事を。
しばらく逃げ回ったところで兵士らしき人物に会った。
自分以外の"人間"に逢うのだ。王は心なしか早い速度で若い兵士へと近寄る。
線が細く、頼りなさげな面持ちをしているが居ないよりはマシだろう。
いざとなれば身体を盾にしてでも自分を守ってくれるのだから――――
だが王の姿を見た瞬間に彼は顔を引きつらせたのだ。
それだけではない。腰の剣を抜くとそれを構えたのだ。
「王に向かって貴様は何をしているのだ!」
そう叫んだ、だが彼はその表情を険しくするばかりで、剣を構えることを止めない。
「ば、化け物め! 来るな!」
「化け物だと…………」
突如、兵士は王へと切りかかる。剣は王の鼻先をかすめ、空を切る。
「ま、待て…………話を聞け!」
そう叫んでいるつもりであった。だが兵士は迫ってくるばかり。
王はその場から逃げ出すしかなかった。
城の中を走る。後ろを振り向くと、いつの間にか兵士の数は3人に増えていた。
どこに逃げるかなんて分からない。王の足は自然と自分の寝室へと向かっていた。
扉を閉め、鍵をかける。何故自分が追われるのか分からない。
とりあえず、王は喉の渇きを潤すために、洗面所まで近づいた。
考えるのはこの喉の渇きを抑えてからでもいいはずだから――――
その時、水道の鏡に醜い何かが映ったのだ。
瞬間に王は振り向く。だがそこには誰もいない。まさか……
王は恐る恐る鏡を見る。そこには醜悪な顔の化け物が映っていた。
それは王座にいたあの化け物と同じ姿をしていた。
「ま、まさか……」
寝室に戻り全身、鏡を見る。そこには化け物がいるばかりで以前の姿など影形なかった。
唖然とする王の背中に、兵たちが扉を壊そうとする音が聞こえてくる。
そしてついに蝶番はメキメキという音を立て破壊された。
そして兵士たちは各々の剣を抜き、異形の怪物へと切りかかる。
王の最期の言葉は獣の咆哮そのものであった。