力の使い方
兵士たちは少し離れた所から燃え上がる城の様子を確認していた。
炎は城全体を包み、城壁は今にも崩れかけていた。
恐れていた魔王の反撃もなく、そこにいた全員が勝利を確信していたのだ。
だが、炎の中から何ものかが出てくる様子を目の当たりにして、その余裕の表情はかき消えた。
そこにいた全員が武器を構えなおす。
そこに現れたのは魔王ではなく、魔女と呼ばれた少女だった。
彼女はその細腕に大剣を持ち、それを引きずりながら男たちへと近付いてくる。
「どうする?」
一人の男は戸惑った声をあげる。
「決まってるだろ! 一人も逃すなとの命令だ」
その言葉が合図になり男たちは弓を引く。
だが放った矢は彼女手前で弾かれてしまった。
まるでそこに透明な壁があるように。
「化け物め!」
男の一人がサーベルを抜き、少女に切りかかる。その一撃が届く手前で男の身体は真っ二つになった。
「ひぃっ…………!」
男たちに戦慄が走った。この悪寒、この恐怖。そこで気付くのだ。
この少女こそ魔王の成り代わりなのだと。
その後も森に断末魔が響いた。白い雪に絵の具のように塗られた赤い血。
その中心の彼女だけが血に濡れずに佇んでいた。
銀の長い髪を宙に漂わせ、その蒼い目から出た涙は頬を濡らしていた。
遥か遠くの森を焦がす粉塵に王と大臣たちは兵士の報告を心待ちにしていた。
多くの犠牲を出したが、魔王に勝利した国と言えば隣国との力関係にも影響が出る。
今後の国営は明るいと、彼らは信じ切っていた。
「失礼します!」
兵士がいきなり王座へと飛び込んでくる。
「おお、どうした」
勝利の吉報だと思い、王は玉座から乗り出して兵士の言葉を待つ。
「魔女が……街へ!」
その兵士の口から出た言葉に動揺が走る。
「魔女だと……? 魔王ではないのか?」
「いえ、さきほど処刑しようとした少女が城下まで来ています!」
「小娘ひとりに何ができるというのだ!」
現状を見ていない王は激昂する。
しかし、城下は王が想像している以上に悲惨であった。
少女に切りかかる兵士たちは、いとも簡単に両断され、彼女の歩いていく道端には肉片と悲鳴が飛び交う。
その光景を見て町の人たちは我先にと逃げ出す。兵士たちも使命など忘れ、逃げ出す始末だ。
時折飛んでくる矢を払いながら、少女は王城の方へと向かい歩んでいく。
「ごほっ…………ごほっ…………」
「大丈夫か? くそっ…………何故、誰も来ないんだっ!」
牢に閉じ込められた人々は誰も居なくなった牢獄でただひたすら助けを求めていた。
外がどうなっているのかは分からない。しかし、これだけの煙が屋内へと入ってきているのだ。
大規模な火災が街で起こっている事はすぐに分かった。
「嬢ちゃん。とりあえず、これで口を塞ぐんだ」
青年は見ず知らずの少女に自分の服を渡すと、それで煙を吸わないように知恵を授けてやる。
「おーいっ! 誰か。誰か助けてくれっ!」
自分の手が壊れるのも構わずに鉄格子を叩き、叫ぶ。
彼だけではない。その棟にいた囚人すべてが声を上げ、助けを求めている。
煙の量が増え、諦めかけていた時、その牢へと何者かが向かっている事に気が付いた。
悲鳴や騒音がどんどん近くなっているのだ。
その正体が何物かは分からない。けれども、それが普通の人間で無い事はよく分かる。
その気配はおぞましく、囚人たちはは助けを求めるのも忘れ、戦慄する。
鈍い音――――まるでバケツの水を地面にぶつけたような、そんな音が聞こえた。
地上から転がり落ちてきたのは兵士だった。
その身体は上下に引き裂かれ、まだ生きようと必死なのか、指先は痙攣を繰り返している。
そんな男を乗り越えて、戦慄の中心人物は現れる。
黒い剣を引きずり、ゆっくりと牢の方へと歩いてくる。
剣には大量の赤い染料が付いている。その量が多すぎて、それが血だと理解するのに時間が掛かった。
「うわあああっ…………」
囚人棟は数秒遅れの恐怖に包まれ、囚人たちは悲鳴を上げる。
悲鳴が余程うるさかったのか、少女は剣を振り上げた。
「な、なにをっ!」
青年は少女を庇うように、彼女を腹部へと抱きかかえ、声をあげる。
「斬られたくないなら、下がって!」
少女はそう叫んだ。その声は想像したものとは正反対の透き通った優しい声だ。
「あ、ああ…………」
その声を聞き、青年は頷く。そして混乱で判断力を無くした囚人たちを鉄格子から離れさせた。
全員が剣の間合いから離れたのを見て、少女は剣を振った。
頑丈な鉄格子はいとも簡単に根を上げ、うるさいほどの金属音を響かせる。
逃げ道が出来た牢獄から、我先と囚人たちは逃げだした。
今の状態ならば兵士たちも囚人に構っている時間は無いだろう。
「お姉ちゃん……ありがとう」
青年に抱えられた少女は笑顔でそんな台詞を言った。
「ここは危険よ。すぐに街を出なさい」
その子の頭を撫でながら彼女は言う。
その手つきも言葉も優しい。これだけの力があるというのに。
「そうさせてもらうぜ。ありがとな」
青年は走り出す。向かう先は彼女に指示された通り、街の外だ。
青年たちの後ろ姿を見た後、少女は囚人棟のさらに奥へと向かう。
この悲鳴の先には助けるべき人物がいる事が分かっていたから。
その後、少女は牢をまわり、無実の罪で捕えられた囚人たちを助け出していた。
ほとんどの人間が彼女に怯え逃げ出す始末だが、時折感謝を述べる人がいる。
そんな人には笑顔を見せ、安心させてやった。
一通りの牢を巡り、数千人の人を助け、彼女は呟く。
「さて、終わりにしないと」
その足の向きは変わる。元凶を討ち払う為に。