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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
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魔王降臨 ―前編―

今日の夕刻。それがエレンの処刑時間だと、司法官らしき男は言う。


「時間まで神に祈り、悔いを改めるのだな」


そのような台詞を言われた。

だが、男は間違っている。

祈るのは神へではない。助けに来る人へだ。


エレンは手を組み、神と真逆の性質を持つ魔王へと祈りを捧げる。

望めば来てくれるという、ダルクの言葉を信じ――――


太陽の光が弱くなってきた頃、遂にエレンは兵士に牢から出された。

エレンの前には同じように鎖で繋がれた人々が沢山歩いている。

この人たちも自分と同じように処刑台に向かっているのだ。

そこに居たすべての人が(うつむ)き、絶望を身に(まと)っている。

だが、エレンだけはその瞳に強い意思を浮かべていた。


控室に入れられ、そこから一人ずつ連れて行かれる。

連れられた先は処刑場だろう。

そこに居た人々は自分が選ばれないようにと、その身を潜め目立たないようにする。

少しでも長く生きようと。


「や、やめてくれぇ! お、俺は、まだ死にたくないっ! 死にたくないっ!」


中年の男が連れていかれる前に騒ぎ立てた。その声に耳を塞ぎそうになる。

しかし、手にはめられた手枷はそれすら許してくれない。


エレンは無言で祈るのだ。魔王の降臨を――――


一人いなくなり、二人いなくなり――――

二十人程度居たはずの囚人たちはすでに半数になっている。


「次はお前だ。立て!」


指差されたのはエレンだ。


「ちょ、ちょっと待っておくれよ! そんな幼い子を死刑にするなら、私を先に――――」


歳が一番若い囚人の指名に声を上げる人物がいた。彼は人の良さそうな老人だった。


「黙れ!」


男は口答えした老人へと鉄の棒を向ける。だが、彼は言葉を続けた。


「お前さんたちは良心が痛まないのか? こんな子を――――」


鈍い音が薄暗い部屋に響いた。老人がすべて言う前に男が棒で肩を強打したのだ。


「お前ら全員死ぬんだよ! 今すぐ、ここで殺してやろうかっ!」


激昂した男は鉄の棒を振り上げる。


「やめてっ! 私は行くからっ!」


エレンの声で男は動作を止めた。


「そうだ。それでいい」


従順するエレンに気を良くしたのか、男は鉄棒を下ろし、エレンの鎖を乱暴に引く。


「お嬢ちゃん!」

「大丈夫だよ。おじいさん。私、行ってくる」


兵士には開き直りの言葉に聞こえたかも知れない。

しかし、老人は見たのだ。

幼い少女の目に宿る強い光を。



外に出ると、沈みかけの日光が目を刺激した。

目が慣れてくるとある光景が目に飛び込んでくる。

それは広場の一角に出来た山である。

この日、色々な人が首を吊られ、その死体が山積みされているのだ。

その人たちの表情は自分の無念を語るように苦痛で歪められ、処刑を行った兵士たちでさえその死体の山を見ないようにしていた。


エレンは心を痛めた。目からは自然と涙が溢れた。

そして考える。この人たちの為に何かできないのか…………

自分は王のように権力も無ければ、魔王のように、この場から人々を救う力も無い。

出来る事はただ一つだ。


彼女は歌ったのだ。彼らに捧ぐ唄を…………

それはとても悲しく美しい唄声。

以前ここで歌ったものよりもずっと…………

今から死ぬ者の唄声だというのに、兵士たちはその唄に聞き入ってしまった。

処刑台というステージに立つ、歌姫の唄声はそれほど美しかったのだ。


夕陽(スポットライト)が完全に消え、辺りを闇が包んでも彼女は唄を歌っていた。

彼女の唄声をかき消したのは、街の見張り台にある警鐘の音だった。

金属の反響により増幅された音は街すべてに聞こえただろう。


いままでの沈黙が嘘のように兵士たちは慌て出す。

その表情は恐怖で引きつっている。


ついに来たのだ。魔王が。


耳を(つんざ)くような爆音と衝撃でエレンはその場に伏せる。

それでも身体が安定しない。処刑台となったこの高台ごと揺れているのだ。


エレンが目を開けた時には街の入口の方が赤く燃えていた。

その炎は真っ直ぐと自分の方へと向かっている。

目を凝らせば、その炎の真ん中には自分が待ち焦がれた人物がいることが分かった。

昨日のダルクの言葉をを思い出した。


「あなたが望めば魔王様は必ず助けに来ます」


彼女の言うとおり、魔王はやってきたのだ。

一人の少女を救うために。


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