夜の獄中にて、少女は光を見る
目的の魔女が捕まったと報告を受け、王宮では作戦の開始が秒読みされていた。
大臣たちは必ずや魔王が助けに来るという確信を持ち、作戦の日にちに合わせてエレンの処刑日は決まったのだ。
そしてエレンは処刑日前日の夜を迎えていた。
明日の夕方には自分の処刑が行われる。もう一日として時間はないのだ。
1度目の"この日"は怖くて眠れなかった。
明日になれば自分がこの世から居なくなってしまうと思うと涙が出た。
少しでもいい楽しい事を思い出そうと必死に過去を振り返った。
しかし、今の彼女は…………
力無く牢にもたれ掛かっているだけ。
その視線には自分の細い足と腕に繋がれた鎖が映っている。
別に外そうとか思っているのではない。
項垂れているのが一番楽なのだ。
視線さえ擦れ、自分が現実にいるのか夢にいるのかも分からなくなっていた。
まあ、どちらでも良い。もう疲れたのだ。
今まで心の支えであった両親にまた裏切られた。
その事実を突き付けられ、エレンの心は限界に来ていた。
「もう…………疲れた…………」
誰に言うでもなく、そんなことを口走る。
空気に混じり消えるはずの、その言葉を聞いている人物がいた。
「エレン様」
力無く振り向くと、そこにはメイド服の少女が立っていた。
その凛とした容姿はこの汚い牢にはそぐわなく、いつも以上に浮き立って見える。
なぜ彼女がここにいるのか…………
ふと、疑問が浮かぶが、面倒臭くなり思考を止める。
そんなことはどうでもいい。
そんなことはどうでもいいのだ――――
どうせ、あと少しで死んでしまうのだから…………
エレンはまた視線を地面へと向けた。
「エレン様、何故、助けを求めないのですか?」
ダルクは静かに口走る。まったく感情が籠っていない声で。
それは彼女の純粋な疑問なのだろう。
「もう、生きている意味ないから…………」
エレンは力なく言う。
「生きることに意味なんて必要なんでしょうか?」
ダルクは言葉を続ける。
彼女がこうして質問を返すのは珍しい。
「両親に捨てられて…………魔女扱いされて……もう嫌なの……」
エレンはその言葉に感情を籠めた。自分の絶望と悲しみを。
しかしその目からは涙すら出ない。もう枯れてしまったのであろうか。
その台詞を聞き、ダルクはしばらく黙る。その仕草は何かを考えているようにも見える。
一分ほど経ってダルクは口を開いた。そして静かに言葉を紡ぐ。
「申し訳ございません。あなた様の気持ちは理解できません」
彼女ははっきりとした口調でそう言った。
「そうだろうね。ダルクさんには分からないよ…………私の気持ちなんて」
さすがに気を悪くしたエレンは彼女を睨み、厳しい口調で台詞を吐く。
しかし、目の前の少女は眉ひとつ動かさない。
立っている彼女、座っている自分。立場的にも見下されている気がする。
「ダルクさんはいいよね。これからもあんな豪華な城で過ごせるんだからね。これからの人生ずっと幸せなんでしょ! 私は、こんなに辛い人生を送ってきたのにさっ!」
エレンはそのまま心の深い所に溜まっていた言葉を吐き出す。
一方、ダルクは少し首を傾げるが依然、無表情のまま。
少し怯えでもしてくれれば、エレンの気持ちも止まったのだろうが――――
その態度は火に油を注ぐようなものだ。
「何その顔? 本当に理解できないの? そうだよね! ダルクさんは造られたんだからね。人形みたいなものなんでしょ!」
エレンはハッとする。今まで無表情だったダルクが一瞬悲しそうな顔をしたのだ。
そうだ。自分はなんて酷い事を言ってしまったのだろうか。
「申し訳ありません。あなたの言う通り、私は作り物です。感情などありません」
「あ…………あの…………」
エレンが謝罪の言葉を言えずにいるのを見て、ダルクは静かに会話を続けた。
「ですが、存在意義と問われれば答える事が出来ます。私はあなたの為に造られたのです。あなたが居なくなれば私の存在する意味は無くなります。これは悲しいということなのでしょうか?」
ダルクは真剣な眼差しでエレンを見つめる。まるで彼女へと答えを求める様に。
「それに、魔王様も大層悲しむと思われます」
「なぜ? 私はただの人間なのに…………」
エレンは魔王のことを思い出す。
彼が何故自分を助けたのかは今まではっきりとはしなかった。
エレンは勝手に、自分のことを唄う道具にしているに過ぎないと考えていた。
「魔王様はあなたの事をずっと気に掛けていらっしゃいました」
「それは私が唄が上手いから?」
「いえ。私が言うのも何ですが、魔王様は特別な意味であなたを大切にしていらっしゃったのですよ」
「特別って?」
「はい。私のイメージが間違ってなければ、それは”愛”という感情です」
ダルクがあまりにも無感情に言うものだから、一瞬では重要なフレーズに気が付かなかった。
数秒遅れで”愛”と言う言葉が頭に浮かび、エレンの頬は自然と紅くなった。
「あなたはそんな魔王様の気持ちさえも裏切ろうとしているのですよ」
ダルクの口調は変わらない。しかしその言葉には先ほど以上に重みがあった。
それは恐らく、エレンの心が言葉を受け入れようとしているから――――
「それでもあなたは死にたいとお考えなんですか?」
両親に捨てられたとき一度は死のうとした。でも生きて生きて…………魔王に会った。
彼はエレンの唄を静かに聞いてくれた…………
目を閉じれば思い出す。深き森の中の城を。そこで過ごした穏やかな時間を。
そして、自分を救ってくれた魔王の事を。
彼は毎日のように自分の唄を聴いてくれた。
どんな人よりも長く、多く――――
「生きたいよ…………私、もっと生きたい…………もう一度、魔王さんに唄を聴かせたい」
その言葉を口走った時、エレンの瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。
一度流れだした涙の滝は止まらない。
ダルクは泣く少女を抱き寄せるとその腕に包んだ。
この匂い、あの夜と同じ…………
エレンはずっと見守られていたのだ。
決して一人ではなかったのだ。