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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
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血族という檻の中で -The Bird Cage-

朝目覚めて、自分の周りを確認する。だがそこには何も無い。

昨日の夜のことは夢だったのだろうか。

疑問を感じながらも気だるい身体を起こし、エレンは寝巻から私服へと着替える。

袖を通したのは麻でできた、いかにも地味な服だ。

これは旅の途中に布服屋から適当に選んだものだった。

ドレスと比べてしまうと生地がゴワゴワし、擦れた素肌が痒くなったが、それは慣れの問題である。

それに元々エレンは豪華な服よりも粗末な服を着ていた時間の方が長いのだ。

そんな違和感は旅の途中で完全に無くなっていた。


扉を開け、朝の茶の間へと顔を出す。

昨日の夜の事もあって、両親がどんな反応をするのか怖かったが、彼らの態度はエレンが考えていたものとは対照的であった。


「おはよう。エレン」


母はとても優しくエレンに話しかける。

すでに食事の用意は出来ており、粗末なテーブルには父が座っていた。


「おはよう」


椅子に座ると向かいに座っていた父が挨拶をしてくる。母と同じような笑顔だ。


「さあ、ごはんにしようか」


母の一言で食事が開始される。

両親は食事中にも関わらず、エレンに今日の予定などを話してきた。

工場で下働きをしてた頃からずっと食事は静かにするものだと思っていたので、会話のある食事に

少々戸惑ってしまう。

それに、自分が幼い頃、食事中に会話などしたのだろうか? 記憶は曖昧だ。

けれど、この雰囲気はどうも落ち着かない。

食事も昨日よりかは豪勢な気がする。

とても賑やかな食事だ…………だけど、なにか胸につっかえている気もするのだ。


この両親の優しさがなんだか怖い…………


でも、その時エレンはその感情を見て見ぬ振りをしたのだ。

彼女は怖かった。疑えば、自分の想像が本当になりそうで…………


「さてと、エレン。食事は片づけておくから、父さんの農作業を手伝っておくれ」

「あ、うん」

「どうしたの? 具合でも悪いんじゃ――――」

「ううん。大丈夫だよ」


自分の感情を相手に悟られぬようにエレンは笑顔を見せ、返事をした。



農村の冬は厳しい。市街とは違い雪の量が半端ないのだ。

畑に積もった雪をかくだけで一苦労だ。

エレンは畑に生えたツタを辿り、地面を掘る。

道具も使わずに土を掘り返すのだ。指先は血が出るほど痛む。

しかし、彼女は任された仕事を一心にこなすのだ。

そうだ。こうして仕事に精を出していれば、心のざわめきも消える。

それに両親にも喜ばれる。一石二鳥ではないか――――


彼女の心配は杞憂だったのかもしれない。

故郷へ着いてから、何事も無く3日が経っていた。

その間、エレンは1日も休まず両親の農作業の手伝いをしていた。

久しぶりの畑仕事は過酷でとても疲れる。

固い土と寒さで指先は割れ、腕の筋肉は悲鳴をあげる様に痛んでいる。

もしかしたら工場にいた時以上に厳しい事をしているのではないかと錯覚してしまう。

しかし、両親を楽にさせるためにも自分が頑張らないと――――その一心で彼女は畑を耕していた。

そう。この時にはエレンは両親を信じ切っていた。

もう豪華な生活をできなくとも、魔王に逢えなくとも、両親さえいてくれればいいと思っていた。



――――しかし、それは儚い幻想だった。



その日の午後、農村にはいつもは訪れない者達が現れた。

赤い鎧を纏った屈強な男たち。エレンはその格好に見覚えがあった。

鎧を見た瞬間、エレンの頭の中に警鐘が響く。

逃げようとしたエレンに気が付き、男は剣を抜き、散開する。

すぐに逃げ場を無くした彼女を男たちは囲む。

帽子を深く被っていて分からないが、その瞳はエレンに対し敵意を剥き出しにしているだろう。


「お父さん! お母さん!」


咄嗟に叫び後ろを向く。しかし、そこには誰もいなかった。

先ほどまで一緒に両親が居たというのに…………


「魔女め、大人しくしろ!」


兵士たちは剣で威嚇をしながら、エレンに近づいてくる。


「お母さん! お父さん!」


両親に助けを求めてエレンは叫ぶ、しかし彼らにそれは聞こえない。

もし聞こえたとしても、彼らは助けに来ない。


そうだ。本当は分かっていたのだ…………


その時、エレンの中で何かが崩れ落ちた。

彼女は膝を折り、その場へとしゃがみ込んでしまう。

そんな様子を気にせずに兵士たちは彼女の手足に金属の鎖を結んだ。


抵抗する気力も無い彼女の体を半ば引きずるようにして馬車へと投げ入れた。


「どうして…………お母さん、お父さん…………」


固い床に頬をつけながら、エレンは呟いた。



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