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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
21/75

帰郷、そして…………

その日からエレンの旅は始まった。

魔王のくれた金貨は旅費として十分なものであり、馬車や船を使い、彼女は15日ほどで自分の故郷に帰るのであった。

雪に覆われた農村はとても寂しく、寒い。

だがこの寒さが懐かしい様に感じた。

村の様子は以前にもまして貧しく見える。

農夫たちは雪が降り続いているのにも関わらず、凍えた手で土を耕している。

冬に育つ、わずかな作物でもこの地で生きていくためには必要なのだ。


エレンはは幼い記憶を頼りに自分の家を探す。そしてついに見つけたのだ。

男女が畑の中で農作業をしている。その姿は昔見た姿と殆ど一緒であった。

いや、それよりも彼らは痩せて見える。

自分が帰ってきたと知ったら彼らはどんな顔をするのだろうか?

エレンはそんな妄想を浮かべながら、彼らへと近付いて行く。


「お母さん、お父さんっ!」


エレンがそう言い放った時にはその目からは涙が溢れていた。


「ま、まさか、エレンかい?」


声を掛けられた方向を見た父親は驚いた様子でクワを地面へと落とす。

母親も作業を中断して、その場に立ち尽くしてしまう。


「ただいま…………」


エレンは胸いっぱいになる喜びを噛みしめながら、その一言を言った。



その夜、エレンは家族団らんで食事をした。

最後に両親と食事をしたのは6年前の事なのでさぞかし久しいものである。

家の中は隙間だらけでとても寒い。

食事も魔王の城で食べたものと比べてしまうと、とても美味しいとは言えないものだった。

しかし、それを超える至福がエレンの胸には広がっていた。


「私、工場の仕事を辞めた後、劇団で唄を歌っていろんな国を旅してきたんだよ。あと、それから――――」


エレンは今までどんな仕事をしてきたのかを両親に話した。

出来るだけ辛かったことを言わないように。

そんな過去の話を知ってもらいたいエレンだが、魔王に逢ったことだけは秘密にしていた。

両親が怖がってしまうといけないから。


「あと、これ」


エレンはポケットから数枚の金貨を取り出し、両親の前へと出した。

見たこともない金貨を目にし、両親は驚きの顔を見せる。


「これ、使って美味しいもの食べて」


エレンは元々、帰ったらこのお金を両親のために使ってもらおうと思っていた。


「いったいこんなお金をどこから――――」

「えっと…………劇団で溜めたんだよ」


エレンの口調から嘘をついている事が分かる両親だが、背に腹は代えられないのが現状である。

エレンを売った後も、彼らの生活は一向に楽になってはいなかったのだから。

両親はその出所を気にしながら、そのお金を受け取った。


エレンは自分の部屋へと久しぶりに入る。

そこは何も無い部屋で僅かにあった本や家具でさえそこには無かった。

母親が用意してくれた藁を床に敷き、そこで眠る。

旅で疲れているはずなのに、エレンは寝付けなかった。


夜になると、どうしても思い出してしまうことがある。魔王とあの森のことであった。

いつも唄を聞いてくれる動物たちは今、何をしているのだろうか?

いつも見ていた庭園の花は枯れていないだろうか?


そして魔王さん。この時間はまたバルコニーで一人、森を眺めているのであろうか?

そんなことが頭の中を巡って眠れなくなってしまう。

両親に会うために自分勝手に城を抜け出した私にそんなことを思う資格は無いのに…………



しばらく眠れずに天井を眺めていると、壁越しに両親の声が聞こえてきた。


「あの子、いったいどうやってこんなお金を…………」

「あの噂はまさか本当に……………」


何の話か分からないが、エレンは耳を澄ませる。


「もしそうだとしたら、兵に知らせたほうがいいんじゃ…………」


その言葉を聞き、エレンは耳を手で覆った。

きっと聞き間違いだ!

そう自分に言い聞かせ、エレンは目を硬く瞑った。

エレンの脳裏にはあの日の記憶が蘇る。知らない人に売られる自分、両親の背中…………

そんなわけないのだ!

あの日、両親は仕方が無く自分を売ったのだ…………

エレンはそう言い訳をしてずっと自分を支えていた。

両親は売りたくて自分を売ったのではないと――――


鼓動が早くなる。息をし過ぎて部屋の酸素が薄くなった気がする。

息ができない…………


「タ……ス…………ケ…………」


声にならない声をあげるエレン。当然ながらその声は両親には届かない。


その時だった、何者かが自分の頭を中に浮かせたのだ。

そして優しく包み込む。後頭部には先ほどの床の固さに代わり、何か柔らかいものが当たる。

それが何なのか、確認したかったのだが、体が動かない。

次第に胸の奥の息苦しさは無くなっていく。

まるで魔法に掛かったような奇妙な感じだ。

何か自分の中に優しいものが入ってくる――――そんな感じであろうか。

その感覚に包まれながら、エレンは眠りへと落ちていった。


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