自称”魔女”と青玉の魔王 ―前編―
その朝、少女は目を覚ました。
しかし、瞬時に周囲に異変があることに気が付くのである。
いつもならば隙間風吹く寒い部屋の中で、
硬いベットに目を覚ますところなのだが…………
ここは暖かい。
しかも自分の頭とベッドの間には何かフワフワしたものを挟んでいるのだ。
枕だ――――その触り心地から羽毛であろう。
フワフワしているのはそれだけではない。
今さっきまで自分が掛けていた布団でさえ、この世の物とは思えぬほど柔らかいのだ。
寝具で驚かされた少女だが、周りの様子を見てさらに驚きを加速させる。
部屋の中はとても広く見たこともない家具が並んでいる。
モノクロのソファーやクローゼット、深紅のハイチェスト――――
どれを取っても高級感を漂わせている家具ばかりだ。
まるで王宮の一室のようだと彼女は直感的に思った。
とはいっても実際に王宮の内部など見たことあるはずはなく、
すべて自分の想像でしかないのだが。
だが彼女の感想はあながち間違っていないだろう。
それほど、この部屋は豪華に見えるのだ。
ここまでくると、これが夢ではないかと思ってしまう…………
彼女の最期の記憶――――
それは絞首刑台からの見た夕陽だった。
あれは夢だったのか?
てっきりそう信じ込んでしまいそうになる。
しかし、自分の首にはクッキリとロープの痕が残っている。
その痛々しい痕は昨日の苦痛を蘇らせた。
あの窒息感、首に掛かる痛みはしっかりと思い出せる…………
これが夢か幻か。
そんな疑問はすぐにどうでも良くなった。
頭が回るにつれて身体は今、必要な物を求めてきたのだ。
とても喉が渇いて仕方が無かった。お腹も減っていた。
それもそのはずだろう。
死刑執行までの3日間はほとんど何も食べさせてもらえずに、
わずかな水のみで過ごしたのだから。
欲望に駆られ、彼女は部屋を出ることにした。
部屋の扉は施錠されてなく、手で押すと、すんなりと扉は開いた。
扉の外からは部屋とは違う冷たい空気が流れ込んでくる。
当然ながら部屋を出た先は廊下になっていた。
廊下は無機質な石作りで、シンプルというよりは寂しい。
裸足でその石の廊下を歩くたびにヒタヒタと音が木霊する。
その反響音はまるで誰かが自分の跡をつけてくるように思えて、不気味だった。
それに拍車をかけるように廊下には得体も知れない生物の置物があったり、
悪魔の彫刻が施された柱が何本も立っていた。
飢えが無ければ、一目散に逃げ出しているところだろう。
しかし、恐怖もこの飢えと渇きには敵わなかった。
それほど身体は衰弱していた。
一歩、歩くごとに身体が左右にぶれる。
倒れそうになりながらも、一歩、また一歩と壁伝いに廊下を歩く。
その廊下は急に終わり、少女の目には光が差し込んできた。
思わず目を瞑り、しばらくその場に立ち尽くす――――
しばらくして、目は視力を取り戻した。
かなり眩しい光に思えたが、それは月の光であった。
廊下の終点はバルコニーになっており、
中に進入してくる風によってガラスの扉がガタガタと揺れている。
バルコニーから外を眺めると、目の前には森林が飛び込んできた。
月の光は木々を照らし、幻想的な空間を作り出す。
人の手では決して作れないものがそこにはある。
ここまで綺麗な自然を少女は生涯見たことがなかった。