藍鏡―アイキョウ―
「ふう…………」
夕食を終えたエレンは部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
今日の夕食はとても豪勢でどの料理も美味しかった。
けれど、エレンは満たされていない。お腹も心も。
ほとんど料理に手を付けないエレンを見て、皿を下げるダルクはいつも不思議そうな表情をするのだ。
そんな彼女の表情を見るのも辛くなってきた。
「私…………いいのかな?」
「良きゃねぇだろぅ。くっくっくっ…………」
独り言を言ったと思ったのだが、誰かに聞かれていたらしい。
恐る恐る振り返る。
そこには青い髪をしたみすぼらしい老人がいた。
「な、なんですか…………あなた…………」
警戒心を顕わにしながらもエレンは老人に言葉を掛ける。
「なぁに、あっしはアイキョウというモノさぁ。そんなに怯えなくてもいい。魔王の旦那のトモダチだからなぁ」
「と、友達?」
その言葉の真偽は明らかではないが、エレンの警戒心は和らぐ。
それでも二人の距離は以前ベッド1つ分離れている。
「ああ、そうさぁ。エレン。悩んでいるそうだなぁ」
「えっ…………はい……」
男は褐色の目でエレンを見つめる。
「逢いたいよなぁ。両親に。分かるよぉ。ここの暮らしは贅沢だが…………寂しいんだろぉ? 分かるよぉ」
「あっ…………その…………」
心を見透かされたことでエレンは口ごもってしまう。
「隠さなくてもいいさぁ。あっしはエレンの味方なんだからなぁ」
「み、味方…………」
「エレンはどうしたい? ここで一生過ごすのかい?」
「そ、それは…………」
「帰りたいんだろう? 帰ればいいさぁ。なあに簡単さ。この城から西に少し行けば村がある。そこまでたどり着ければ、帰れるさぁ」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、あっしは嘘はつかないよぉ。なんせエレンの味方なんだからなぁ」
「で、でも、ここを出て行ったら魔王さんが…………」
「魔王の旦那が一度でも帰ってダメなんて言ったかい? 言ってないだろぉ」
「言ってません…………」
「まぁ、どうするかは自分で決めるんだなぁ。だがエレンが帰ってきたら両親は喜ぶんだろうなぁ。なんせ魔王を虜にした歌声の持ち主だ。すぐに良い仕事が見つかり、簡単に3人で良い生活ができるようになるのだからなぁ」
「3人で……暮らせる…………」
エレンは言葉を復唱し、その場面を想像する。
笑顔で笑う両親。その真中にエレンが居る――――
「わ、私…………帰りたい……」
「ひひひ……エレンの好きにすりゃいいさぁ。お前の人生なんだからなぁ。じゃあな。あっしは、ちょっくら出かけてくるぜぇ」
「あっ、あの……」
部屋を出ていこうとするアイキョウをエレンは呼び止める。
「ありがとうございました。なんかスッキリしました」
「いいってことよぉ。エレンはあっしの友達なんだからなぁ」
彼は笑う。最初は不気味だったその笑顔も最期には嫌な感じがしなかった。