老と華
その日ダルクはいつもの通り家事を片づけていた。
使った食器を洗剤を付けて洗う。皿、まな板、包丁――――
右手に持った刃物をダルクはそのまま後ろ手で投げる。
振り向かずともそこにあるモノの気配がしたからだ。
「おいおい、あぶねぇなぁ。こんな物刺さったらいてぇだろ」
そこには青い髪の男が胡坐をかいて座っていた。
左手には先ほど投げられた包丁が握られている。
「狙いましたので」
ダルクは振り向きもせずに食器を洗い続ける。
「おいおい。あっしは無視ってか? 魔王でもないくせにいい度胸だなぁ」
「私は魔王ではありませんが、貴方を葬り去るぐらい簡単なのですよ」
冷淡な声でダルクは言う。
「こえぇなぁ。アンタも魔王の旦那も。だが短気はいけねぇ。あっしはあのお嬢ちゃんを救う方法を話したかっただけさぁ」
男は余裕の笑みを浮かべ、ダルクを見ていた。
その顔にはいつも通りの不気味な笑いが浮かんでいる。
「あのお嬢ちゃん、いつも一人泣いているだろ? なぜか理解できてるかぁ?」
ダルクは黙って食器を洗い続ける。水音と金属が当たる音だけが調理室に響いている。
「分からねぇだろうな。いや、仕方ねえ。アンタは魔族。お嬢ちゃんは人間なんだからなぁ」
意味深な言葉を並べ、一人笑うアイキョウ。
感情などを持ち合わせないダルクにとってもその言葉はさぞかし耳触りだろう。
「何が言いたいのです?」
「俺はなぁ、あのお嬢ちゃんに恩返しがしたいのさぁ。出してもらったんだからなぁ。それだけさぁ」
彼の声色が変わる。それはまるでダルクを説き伏せる様に優しい声だ。
「…………救う方法とは?」
ダルクは彼へと質問をする。
普段ならこんな胡散臭い言葉を鵜呑みにしないダルクだが、今回ばかりはエレンの様子が頭に浮かんだのだ。
最近のエレンはこの城に来た時と同じような顔をしている。いや、それ以上に酷いだろう。
上辺では笑っていたりするが、一人になればすすり泣いている。
その理由が理解できないダルクでも彼女が苦しんでいる事は分かった。
「なあに簡単さぁ。俺にお嬢ちゃんと話させてくれればいい。心配か? ならアンタも陰から見守っていればいい。得意だろ?」
皮肉を流し、ダルクはアイキョウの持ちかけた案を頭の中で思い浮かべていた。
彼が何をするかは分からない。しかし、それでエレンが元気になるのなら――――
そうだ。危なくなったなら自分が守ればよい。自信はある。
「分かりました」
ダルクはタオルで手の甲の水を拭うと、不気味に笑う男の方を向いた。
「交渉成立だな」
「最初に言っておきますが、エレンに触れないようにしてくださいね。触れたら――――」
「おいおい、そんな可愛い顔で恐ろしい事言うなよ。ただ言葉を掛けるだけだぜ」
アイキョウは笑い、何も無い空間へと消える。
「ふう…………」
ため息一つ付き、ダルクは残った食器洗いを再開するのであった。