苦悩。そして郷愁
その夜、エレンはいつものように寝床に着く。昼間のことなど忘れて。
窓から見える外の闇の中をゆっくりと雪が舞い落ちて行く。冬も本番なのだろう。
寒そうな夜だが部屋の中は暖かい。暖炉もあれば暖かな毛布もあるからだ。
以前ならばこんな夜は寒くて眠れなかった。
ふと気が付くと考えていることがある。
自分はこんなに恵まれて良いのだろうか?
一日中自分の好きなことをでき、何もしたくても食事が貰え、暖かい所で眠れる。
生活を振り返ればすべてのことが自分には過ぎた物なのではないのかと思えてくるのだ。
エレンがこうして居る間にも貧しい農村は夜寝ることも許されない程冷えているのだろう。
だが、同じ農村出身の彼女は…………
一瞬、凍えながら固い床に寝そべる両親の姿が浮かんだ。
急いで妄想を振りはらい、違う物を想像しようとする。
しかし、一度浮かんだ考えは中々拭い去ることができない。
「お父さん、お母さん…………」
遂に言葉が出てしまった。自分の言葉を自分で聞いて分かった。
物足りなさの正体。それはきっとエレンが恋しいからだ。
「お父さん、お母さん…………」
エレンは泣いた。涙を流してしまうと、今まで溜めこんできた物が爆発し、溢れだす。
「お父さん、お母さん…………逢いたいよ」
その日、エレンは泣き疲れるまで寝付けなかった。
その夜から彼女はことあるたびに家族のことを思い出すようになっていた。
物心ついた時から数えて家族と過ごした時間はすべて思いだせるほど短いものだった。
厳しい生活だったけど、楽しかった。満たされていた。
だが思い出は彼女の心を縛り迷わせた。
寝れば夢を見る。起きていれば浮かぶ。唄になれば籠められるのは寂しげな感情ばかり。
不眠のストレスでかエレンの食欲は日に日に落ちて、顔色も悪くなっていった。
ダルクも魔王もそんな彼女を心配する。
しかし、その心配は逆に罪悪感となり彼女を傷つけるのであった。
施しをしてもらっているのに自分が考えているのは帰ることばかり。
エレンは彼らに心配してもらう資格はないとずっと思い続けていた。