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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
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歌姫と鏡部屋

エレンが魔王の城に来てからすでにひと月が経っていた。

城の中で何一つ不自由せずに過ごしていたエレンだったが、最近はその生活に何か物足りなさを感じていた。

以前は一日の大半を仕事で過ごし、仕事の無い時間は食事をしているか寝ているかのどちらか。

そんな生活を送っていた。

だからなのかもしれない。退屈だと思うのは。


昔の自分が今の自分を見たら文句を言ってくるだろう。

しかし、物足りないという気持ちは本当だ。

出所の良く分からない気持ちにエレンは少しの苛立ちと不安を覚えていた。



歌うことに疲れると、彼女はよく妄想に(ふけ)る。

大体は近い将来の事について考えを膨らますのだ。

このまま、ここにいつまでも居られるわけでは無いとは分かっている。

だからこ、そこれからの人生をどうするかを模索する。


自分ひとりで生きていけるのか…………

街に戻れば、また魔女として捕えられるのではないか…………

どうすれば自分は幸せな人生を送れるのか…………


などと考えても現実的な答えが出るはずもなく、いつも中途半端なところで妄想は途切れてしまう。

そしてすぐに忘却する。

そして次の日にはまた思い出したかのように妄想に浸る。

この自問自答の繰り返しが続いていた。




ある日の午前、エレンはいつものように城の中を探検していた。

この一カ月で城の中の殆どの部屋を調べ終えてしまった彼女だが、こうして歩いていると見たことも無い部屋に遭遇する場合があるのだ。

その部屋が自分の見落としなのか、何か条件によって表れるような魔法の部屋なのかはよく分からない。

だがどちらにしても、部屋に入ることで知的好奇心を満たし、暇を潰せることには変わりはないのだ。



「あれ? この扉は…………」


地下を歩くエレンはその扉を前に立ち止まる。

そこにあったのは見たことも無い藍色の扉。他の扉と比べ、デザインも装飾も素っ気ない。

だからこそだろう。彼女の目に留まったのは。

この廊下は以前も来ているので、この部屋には入ったことがあるのかもしれない。

ただ自分が忘れているだけで。


けれど、このようなみすぼらしい扉に手を掛けた覚えはない。

これも記憶違いなだけだろうか?


――――答えは簡単だ。入ってみればいい。


エレンはノブに手を掛け、右に回す。

ノブは何の抵抗も無く回った。

地下なので金属の擦れる音はいつもの数倍は大きく聞こえる。

だが、その音を誰が気にするというのだろうか。

エレンはそのまま無遠慮に手を前に出すと、音を立てることなく扉は開いていった。


部屋の中は仄かに明るい。地下で窓が無いはずなのに、明るいのだ。

蝋燭でもついているのかと思ったエレン。

だが、部屋の中に身体をすべて入れるとその考えは覆された。

光を放っていたのは、その部屋の壁、いや、壁に立てかけている鏡だ。


どちらを向いても少女の姿が映る。

何人にも分身した少女は心細そうな目でキョロキョロと周りの様子を窺っていた。

それがすべて自分自身の実像であることを確認した後、エレンは光の出所に目をやる。

鏡は一つの光を増幅しているらしい。

その源になっているのは、部屋の奥にあった小さな手鏡であった。

大きさは掌に乗るぐらいで、外見に高価な装飾などは見当たらない。ただの古い鏡のように見える。

エレンは警戒することも無く、その手鏡を覗いた。

そこに自分の顔は映らない、その変わりに鏡の表面が(うごめ)いて、青白い光を放ち続けている。

まるで風に吹かれる水面のように。


「綺麗…………」


吸い込まれそうな鏡面を理由も無く見つめてしまうエレン。

指で鏡の表面を触ってみるが、伝わってくるのは無機質な冷たい温度だけ。


中で蠢いているモノに触っている感触は微塵も無い。

それが不思議でたまらない。


いきなり背中に悪寒が走った。瞬間に振り返るがそこには影も形もない。

自分の像だけが心細げな顔で映っているだけ。

気のせい――――なのか?

向き返り、手の中の鏡を再び見る。


「えっ――――」


鏡の中の青が強くなった。そう感じた。

そして、鏡面が盛り上がり――――エレンに向かって来たのだ。


「きゃっ!」


驚いたエレンは虫を払うかの如く、鏡を地面へと投げつけてしまう。


「あっ…………!」


彼女が自分のしたことに気が付いたのは、その音が部屋の中に響いた後だった。

鏡は地面に叩きつけられ、その表面が完全に割れてしまった。

先ほどまで放たれていた光も消え、部屋の中は完全な闇に支配されてしまう。


エレンは震えた。それは辺りが暗くなったからではない。

この城にあった物を壊してしまったからだ。


エレンが今まで私物を壊したことは何度かあった。

奴隷時代、彼女が仕事に入りたての頃だ。

彼女は綿を紡ぐ機械のレバーを折ってしまったことがあった。

もちろんわざとではない。機械が古かったことも原因だ。

しかし、自分の不注意がその結果を生みだしたことは明確であった。

工場長はエレンを裸にして何度も鞭で叩いた。その痛みは今でも思い出せる。

あの怒りに満ちた表情は2度と見たくはないと気を付けていたはずなのに…………

この城の主人の顔を思い出し、サッと血の気が抜けた気がした。

あろうことか、エレンを叱るであろう人物は人間ではない。

人間の力を超越した魔王の怒りを買ってしまったのだ――――――


「ど、どうしよう…………」


割れた鏡を何とか直そうと、暗闇の中を手探りで探す。


「い――っ!」


瞬間に指に鋭い痛みが走る。

どうやら鏡の欠片で指を切ったらしい。

暗闇で分からないが血が出ているのだろう。

それでも作業は止められない。


しばらく暗闇の中で悪戦苦闘するが、それは無駄な行為だとすぐに知った。

仕方がないので重い足を引きずりながらもドアの所へと辿り着く。



自分が取っ手に手を掛けて無いというのに扉は勝手に開いた。

廊下の光の中に一人の少女が立っている。


「エレン様。中で何か物音がしたようですが」


いつもの無機質な表情でダルクはエレンへと言った。

まだ言い訳の思いつかないエレンにとって、彼女の登場は不意打ちに等しい。


「あ――――あの…………」


嘘を付く――――という選択肢もあったのかもしれない。

しかし、目の前の少女は嘘など簡単にばれてしまうだろう。


「ごめんなさい! 私…………これを割ってしまいました」


結局、何も言い訳などできずに、後ろ手で持った鏡を恐る恐る彼女へと提示する。


「鏡…………ですか」


ダルクはエレンから割れた鏡を受け取ると掌に乗せ十秒ほどそれを凝視する。

何も言わない彼女に不安になり、エレンは何度も顔を上げ、ダルクの顔を見る。


「あの、それはお高いものでしょうか?」


壊しておいて値段を聞くのはおこがましいことだと思ったが、この不安を拭い去るためにエレンも必死であった。


「私は何も言うこともができません。魔王様に聞いてみなければ価値を計りかねます」

「そうですか…………」


ここで気にするなと言われればどんなに心が軽くなっただろう。

しかし、そう簡単にはいかない。彼女も一従者なのだ。

主の許し無しに許すことなどできないだろう。


「えっと…………じゃあ、魔王さんに直接謝ります。魔王さんはどこに居ますか…………?」

「今の時間では寝室にいらっしゃると思います」

「分かりました…………」


頭の中に城の見取り図を思い浮かべ、魔王の寝室を思いだそうとする。

しかし、同じような部屋が連なるこの城、どこに彼の寝室なのか分からなかった。


「案内します」


困り顔が目に留ったのか、ダルクはそう言い出してくれたのだ。

断る理由など無いのでエレンは「はい」と短く返事した。



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