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魔王の歌姫  作者: 千ノ葉
魔王の歌姫 ―始まりの唄―
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愚王の憂い 狂気の街

ここはかつては街の広場であった。

そこには曜日に関係なく、人々が集まり、お祭りになれば多くの出店が並ぶ。

いわば街の活気と繁栄の象徴だった――――数年前までは。

しかしその賑わいも過去のものになろうとしていた。


先代の王が倒れ、新しく王についたのはその息子。

しかも、王座を期待されていなかった筈の二男バルカス王であった。

父と兄の不可解な死。そしてバルカスの就任。

人々の間で黒い噂が流れるのは当然のことであった。

しかし、民衆は思う。

どんな形で王になったにせよ、自分たちの生活が一層豊かになればいいと。

就任後の国は祝福ムードだ。誰もかもが新王へと期待を込め、杯を交わした。



だが、その淡い期待はすぐに絶望へと変わる。

バルカスが強いたのは過去に撤廃された筈の絶対王政であった。

彼は権力者の貴族や親族の地位を剥奪し、その財力と権力を自らの元へと引き寄せた。

その金で彼はみすぼらしかった城を改築する。

床には上質な大理石を敷き詰め、すべての柱に宝玉を埋め込んだ。

自分だけの大浴場を作り、さらに使用人はすべて歳の若い女に替えた。

それだけの事をして、金が足りなくなれば、市民、農地から税を巻き上げるのだ。

税は今までの三倍以上に膨れ上がり市民は苦しむ。

当然、革命を起こす人物は出てくるのだが、強力な軍の前にことごとく失敗に終わる。

そして、人々から英雄扱いされた人物は見せしめのために殺されるのだ。

街の中心部の広場の処刑台で。

そんな忌まわしき場所に市民は寄ってくるはずはなく、国の衰退と共に広場の活気は消えていった。



そして、今、広場には誰もいない。

あるのは黒い土と灰と焼けた石のみだった。

この事件が起こったのはある日のことだった。

その日、魔女と呼ばれた少女が処刑されようとしていた。

まだ成人していない幼い顔には絶望の色が浮かんでいた。

死んだように絞首台に登る少女を不幸だと思う常人は、もうそこにはいない。

見物人は見世物を見る様に広場に群がり、人の死にゆく姿に狂喜するのだ。

今回は女。しかも子供と言うのだから、その数も多い。


狂っている――――


普通の人はそう思うだろう。

だが、これがこの国の真実なのだ。既に国の法も人々の心も壊れている。



国の狂気に苛まれた少女を救ったのは勇者でも聖者でもなく、ましてや人間でもなかった。

少女が、もがき苦しんでいる時、その男は突然現れた。

男は疾風の早さで少女の首にかかった縄を切り、少女を抱きかかえる。

その様子はまさに威風堂々。


男は駆け寄ってきた兵士を人の身体ほどある大剣でなぎ払う。

人間が一瞬で肉塊に変わる様子を見て、人々の反応はそれぞれだった。

一目散に逃げる人、叫びを上げる人、その場で呆然とする人…………

だがその人々の末路は同じであった。


魔王は遥か上空へと飛び上がると、赤い光の雨を降らせたのだ。

光は一瞬でその広場を包み込み、そこに居た人は焼けた鉄板の上に落ちた水が如く、蒸発してしまった。

おそらく三百もの命が瞬く間に奪われた。


焼け野原となった広場には未だに肉の焼けた悪臭が漂っており、立ち寄った人の吐き気を誘うのだ。

そんな事件を見てから人々は、少女が魔女だったのだと信じ始めていた。

そうでなければ、あの魔王が助けるはずがないのだから。

魔王の降臨により、市民の不安は高まっていた。ただでさえ税が重く住みにくい街なのだ。

その上、安全性が確保されないとなったら、結果は言うまでも無い。

ここ半月で移民の数は五千人を超えている。


人々の不安の声は王宮のほうにも広がる。

魔王軍が攻めてくる、などという噂が蔓延り、国民の不満は高まっていた。

そして遂に王もその重い腰をあげることになったのだ。


魔王の住んでいる所の目星はついていた。この国から程近い西の森。

太古から魔が住む森と伝えられてきた場所だ。

国の兵数は約十万。徴兵をすれば約一万五千の増強もできる。

近隣の国とは比べものにならないほどの軍事力だ。

だが、相手は人間ではない。数で計算できるほど簡単なものではない。

不用意に攻め込んでも兵を無駄に浪費するのみで魔王を討伐するはおろか、返り討ちにもあいかねない。


「どうしたものか……」


中年の太った王は、その脂ぎった顔に頬杖をしながら王座で悩んでいた。

そもそも魔王が国へと攻め込んだことなど今までなかったのだ。

未曽有の恐怖に王は身体を震わせる。


「なぜ、あの小娘一人のために…………」


いくら考えても、血族というだけで、のうのうと王座を受け継ぎ、

考えることをしなかった王に答えは出せなかった。


「失礼します」

「おお、待っておったぞ」


王の間には3人の男が入ってきた。

それぞれの男がこの国の大臣で無能な王に代わって国政を任されていたのだ。


「で、結論は出たのか」

「はい」


一人の男が跪き、王へと羊皮紙を渡す。


「これが西の森の見取り図です。このように森の奥に古城があります」

「そこが魔王の居城だというのだな」

「はい」


王は渡された羊皮紙をまじまじと見る。

森までの距離は約2日、そこから奥まで行くのに約3日という補足をされた。


「兵を全軍送り出すのか?」

「いえ、全軍で森に入れば、魔王に気が付かれる場合があります」

「なるほどな」


王は自分の安易な考えを引っ込めて、大臣たちの説明に耳を傾けることに専念する。


「少数の優秀な兵士を森に送り、居城に火をつけます」

「だが魔王はどうするのだ?」

「魔王をおびき出し、残った兵で足止めをするのです」


3人の男が立てた計画は2方から魔王を追い詰める作戦であった。


「で、肝心の魔王を誘い出す作戦ですが――」


大臣の一人が王へと耳打ちをする。


「なんと、そのような方法が…………だが、そんなことをして大丈夫なのか?」

「心配はございません。それに陛下へと不満を募らせる貧民の処分もできて一石二鳥ではありませんか」

「確かに…………」


王は魔王と同じぐらい民衆の暴動に怯えていた。その心理を読んだ大臣は悪魔の誘いをするのだ。

もうこの時既に、王には判断力はなく、大臣の言葉を鵜呑みにし首を縦に振る事しかできなくなっていた。



王の了承を得て、大臣は最大規模の国営工場を閉鎖する。

そこに代わりに造られたのは牢獄だった。

工場のフロアに鉄格子を取って付けた様な粗末な造りは牢としても奇妙である。


そしてこのようなおふれを出したのだ。

『魔女、魔王の化身と思わしきものを捕らえたものには金貨3枚を与える』と。


飢餓で植えていた貧困街の人間たちはこのおふれを聞き、そのチャンスをものにしようとしたのだ。

ある者は身内を魔女といい兵士の前に突き出し、あるものは因縁をつけて旅人を襲い、その身を引き渡した。


おふれが出て5日もしないうちに牢獄は半分埋まってしまった。

これは大臣が予想していたよりも遥かに速いペースである。

大臣はこの結果を見て身震いする。

そして思うのだ。「この国は破滅に向かって進んでいる」と。

そう差し向けたのは自分。だが、止まる気はない。止まれないのだ。

ここで止まれば今まで築きあげてきた財や名誉はおろか、命まで危ういのだ。

王と同じぐらい大臣も病んでいた。


狂喜の進行は未だに止まっていない。

この国を止められるのは破滅のみなのだろうか…………



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