その唄、黄昏時の庭にて
エレンはその日の午後を森で過ごしていた。
魔王はエレンの行動を特に制限しなかったのだ。
だから午前中は城内をくまなく探索した。
どの部屋も今まで見たことのない奇妙な作りで、とても面白かった。
だが半日を使っても、すべての部屋を回りきれなく、午後はこうして森へと出て休んでいるのだ。
城の周りは森が拓けており、雪ひとつない。昼過ぎの陽光は木々を緑に染めていた。
ほかの木は枯れて、裸の幹を露呈しているというのに、ここの木だけは葉を生い茂らせているのだ。
常識に反した木を不思議に思った。しかし、疑問は生まれなかった。
ここは魔王の庭なのだ。何が起こっていても不思議ではないだろう。
そこの切り株に腰を下ろし、エレンは唄を歌った。
エレンの唄は相も変わらず綺麗で、遥か遠くを飛ぶはずの冬鳥でさえ、その唄声を聞きに降りてくるほどであった。
上空が赤く染まってくる。その頃、エレンの目の前にメイド姿の少女が現れた。
「お食事の用意ができました」
ダルクはそう囁く。夕焼けに染まった彼女の顔はどこか寂しげであった。
「ありがとう。でももう一曲、歌っていいですか?」
「どうぞ」
ダルクはそう言い、少し離れた所に立った。
エレンはいつも通りに、唄を歌う。
本当は彼女に言われた時にすぐにでも食事に行くつもりであった。お腹はペコペコだったのだから。
だがダルクの寂しそうな顔を見たとき、彼女はその少女を笑顔にさせたいと思ったのだ。
息を吸い込み、一気に発声する。柔らかな声と優しい詩が辺りの空間を満たす。
ダルクは夕日に染められた美しい歌姫を唄の間ずっと見つめていた。
唄が終わり、辺りを闇夜と沈黙が覆う。
そこに響くのは微かな風の音と虫の声。
「どうだったかな?」
エレンは、はにかみながら彼女へと疑問を投げかけた。
「美しい歌ですね」
ダルクはそう言う。その声は少しいつもと違う気がした。
「ダルクさんは唄を歌わないんですか?」
興味本位に聞くエレン。
「魔族は唄を歌えないんです」
ダルクはそうとだけ答えた。それは初耳だった。
エレンの感覚では唄を歌えないことはとても不幸だと感じるのだ。
「ここは冷えます。中へどうぞ」
それ以上の会話は続かなく、エレンは城の中へと入っていった。