プロローグ -Gallows-
私は一段一段と階段を登っていた。裸足のせいか酷く足の裏が痛い。
おそらくは研磨されていない木材の木屑が刺さっているのであろう。
しかし、私の後ろについた屈強な男は、私に階段を登るようにと促す。
深く被った帽子は男の表情を見えにくくする。
だが、彼がどんな心境で私を追いたてているのかはわかる。
男の腰にはサーベルが見えるのだ。
その無機質な銀色の輝きは冷たく、そして重いものだった。
一歩、歩くごとにギシギシと音が鳴る。
ギシッ――――
これでその音も12回目だ。
13段目を登り切ると、私の目には先ほどまで見えなかった光景が目に入ってくる。
そこはいつも見ていた町並み。
夕刻時の太陽の光が眩しいのは、今まで暗い地下に閉じ込められていたからであろう。
皮肉にもここから眺める景色はとても美しかった――――
しかし、それも数秒の間のみ…………
目が慣れてくると飛び込んできたのは、下方にいる人々の群れ。
全員の目が見ているのだ――――私のことを…………
目の前にはロープが垂れ下がっていた。
それは素っ気ないが切れる気配がないほど太い。
良く見ると、ロープには擦れたような跡がいくつもあった。
それはそうだろう。
このロープは何人もの首を通したのだから。
その跡は人々の苦しみを露にしており、己が死刑道具であることを誇示していた。
再び、下を見る。
人々が私のことを見ている――――
その顔には期待、恐怖、憎悪など様々なものが渦巻いていた。
私が絞首台を登ると、司法官らしい男が、罪状を読み上げる。
男は堅苦しい形式に沿って、長々と文章を口にしていた。
もう、自分の罪状がどのようであるか、それは悪いことなのか、考えるのは止めていた――――
それを理解した所でもう運命は変わらない。
この男がそれを読み上げたときに、私の首はこのロープへとかけられるのであるのだから。
気が付くと、私は自然と唄を歌っていた。
別に歌いたかったわけでもない。
どのような唄を歌うか考えていたわけでもない。
一言で云うならば自然と口にしてしまったのだ。その唄を――――
衰弱しきっているせいか、声は掠れ、音量も出ていない。
少し強い風が吹けばかき消えてしまうであろう、小さな声。
私は誰が聞いているわけでもない唄を歌い続けた。
ナンノタメ――?
ワカラナイ――?
ダイスキナヒトノタメ――?
イヤ、
ジブンノタメ…………
後ろから、男の気配がする。
気がつけば、いつの間にか自分の罪状は読み終えられていたのだ。
首にはチクチクとした環状の物体が掛けられる。
しかし、私は歌を歌うことをやめなかった。
ガタンッ――――
音とともに感じたのは一瞬の浮遊感と首に掛かる圧迫感――――
空気を遮断され、私の視界は一気に歪む。
苦しさ…………それは想像を絶する――
苦し紛れにジタバタと手足を動かすが、空を掻くだけでなんの意味もない――
すぐに視界は暗転し、手足は血流が行かなくなったように冷たくなる。
クルシイ――
ダレカ、タスケ――
意識が途切れる瞬間見たのは夕日。
それは今まで見た中でも一番に美しい。
その夕日を見たせいか身体が急に軽くなったような気がした。
これが死ならば、これは神様が最期に私にくれたプレゼントなのかもしれない。
恐怖も無い。むしろこの温かさは――――
そこで私の意識は完全に闇へと堕ちていった。