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事のきっかけは、鳥賊対大学での講義であった。教壇に立っているのは還暦を迎えたばかりの九塁教授である。その時の講義の内容はかつて孤島グラで栄えていた帝国ヌジャワキシンの歴史であった。
「え~、西暦368年、イル・ナンケストラウラウー十ニ世はペランクチと呼ばれる麻薬の使用を取り締まるために法を改正しました。」
相田小見朗と言う青年は、退屈そうにそれを聞いていた。本来聞く気などないのだが単位を落とさないためにも聞かなければならない。
「これを受けて民衆はクーデターを起こしました。イル十二世は逃亡したのですが、捕まり、処刑されました。代わりにゲモゲモ・プチラモラが王に立ったのですが…。ぬっ…ぬぁ…ぬぁぁぁああああ!!!!」
突然九塁教授は頭を抱えて大声で吠えるようにうめいた。相田含めて生徒等はどうしたのだろうと彼を見た。九塁教授の顔が上がった。白眼を剥いて泡を吹いていた。そして痙攣しながら別人のような大声で叫んだ。
「朕は…神帝なり!」
生徒はざわめいた。
「朕は…神帝なり…朕は…この九塁教授の口を通して、この世界の終わりを告げたもう思ふ!皆の衆、ヴィデオキャ-メラを準備せよ!」
生徒等は急いで携帯を取り出した。相田はカメラを取り出した。神=九塁教授は踊り出し、七五調で言った。
「これから起きる、出来事は、世界の終わりの前触れだ、蟻が突然踊りだし、月が微笑み笑いだし、鉛筆転がしこーろころ、人々が皆、コサックダンスを、した時この世は終・わ・る・だあああああ!!!」
そして九塁教授は教壇に勢いおくヘッドスライディングしてころげ落ちて気を失った。しばしの沈黙の末、生徒等は出し抜けに恐怖に脅えて逃げ出した。相田も逃げ出したが、これはマスコミに知らせるべきだと察し、テープをコピーして各新聞社に送った。
「ニュースです。鳥賊対大学教授の九塁氏が講義中に奇行を行いました。以下、大学生徒から入手したVTR。」
「…界の終わりの…触れだ、蟻が…然踊りだし、月が微笑…笑いだし、鉛筆転が…こーろころ、人び…が皆 コサックダン…を、した時この世…終・わ・る・だああ…ああ!!!」
ずどっざざざざざざ。仰向けになった教授は痣だらけのまま気絶している。画面は突然上下左右に揺れ、悲鳴が満ちる。VTR終了。
「…これに対し九塁教授は『過労による一時的な錯乱だった。申し訳ない。』大学長も『このような事が無いよう今後も指導して行きたい。』コメントしました。」
しかし、この報道に相田はやはり疑問に思った。そんなわけはない、あれは本当に終末の預言だろう、結局マスコミはそんなもんなのか。
そしてある日…
「やしゃやしゃ、やしゃやしゃ…」
どこからともなく小さな掛け声が聞こえて来た。いったい何だろうと友達と街を歩いていた相田は見回したが分からない。悲鳴が聞こえた。何だろうか。
「やしゃやしゃ、やしゃやしゃ…」
やがて相田はその声が地面から響いている事に気付いた。そして地面を見た。相田は悲鳴を上げた。悲鳴は他方からも次々と上がっていた。友達も悲鳴を上げた。
「やしゃやしゃ、やしゃやしゃ、やしゃ…」
なんと道路に大量の蟻が後ろ足二本で立ち上がってやしゃやしゃ言いながら踊っていたのだ。相田は友達、さらには見知らぬ、パニックになった人々と話し合った。
「これは…」
「『蟻が突然踊りだし、』まさにこれではないか。」
「やしゃやしゃ。」
「気のせいだよ。ただの偶然さ。」
「偶然?これが?必然にも程があるではないか。」
…その偶然あるいは必然はさらに続いた。
ある夜の事である。
「おおお見ろ!」
「なんだよ…ん?…うわぁぁ!」
「そんな…。」
真空に遮られているにも関わらず、月が音を立ててゴゴゴゴゴと震えていた。やがてずごごごんと弧の形に地割れして溶岩が吹き出た。まるでそれは…
「月が…月が微笑んでいる!」
そして地割れは上下に広がり裂け、高笑いのような声が聞こえた。
「へあっはっはっはっ、へあっはっはっはっはっ、へあっはっ」
「『月は微笑み笑いだし』預言は正しかった!この世は終わる!終わるぅぅうぅ!」
「こんにちは。」
「畜生!こんなアリエナイ荒唐無稽な事があってたまるか!」
「ははっ何を言う。偶然だよ。偶然。」
「偶然なわけない!これは神の起こした必然だ!」
「ははっ馬鹿言え。いくら神でもここまで強引な事するか。」
「奴邪悪鬼神ならあり得るぢゃないか。」
「なるほど。」
「やしゃやしゃ。」
「うわ、蟻が踊ってるよ…」
「次の預言はなんだっけ…?」
「『鉛筆転がしこーろころ、人々が皆 コサックダンスを した時この世は終・わ・る。』」
「そうか、次は鉛筆だな。」