あなた方の愛が「真実の愛」だと、証明してください
婚約者であるハーコート公爵令息レオポルド様とのティータイム。いつものことながら、レオポルド様は遅刻している。だから私は、気をつかって同席してくださる彼の弟、アレクシス様とお茶を楽しんでいた。
すかすかの砂糖菓子のようなレオポルド様より、スパイスたっぷりのジンジャークッキーのようなアレクシス様と飲むお茶のほうが、ずっと美味しい。
二人分の足音。レオポルド様とピンクの髪をした可愛らしい令嬢が並んで歩いてくる。
「レオポルド様、そちらの可愛らしいご令嬢はどなた?」
「ツェツィーリア、こちらはカスト男爵令嬢のローゼマリアだ」
「ローゼマリア様、ごきげんよう。ストラングウェイズ公爵家のツェツィーリアでございます」
「あ…カスト男爵家のローゼマリアです」
ローゼマリア様のお父上はつい最近爵位を賜ったばかり。その令嬢であるローゼマリア様は、ぎこちない様子で礼をする。仕方はないが、まるでなってない。
「ときにレオポルド様。婚約者同士の定例のお茶会に、どうしてローゼマリア様がご同席を?」
レオポルド様は顔を赤くして咳払いをし、息を吸い込んだ。
「ツェツィーリア、すまない。僕は、真実の愛を見つけてしまった。つまり、このローゼマリアとの愛が、僕にとっての運命なんだ」
「あら」
「だから僕と君の婚約を、破棄してほしい」
「まあ」
あっけにとられるという一言に尽きる。
国内でも屈指の権力を持つ公爵家の嫡男が、この上なく曖昧な「真実の愛」などという理由で、長年の婚約者との婚約を破棄しようとしているとは。しかもこの様子では、お父上である公爵閣下に相談すらしていないのだろう。
私だって、ジンジャークッキーを口にしたいと思いつつ、必死に我慢してきたのに。
アレクシス様が「兄上…!」と声を上げるのを、私は手で制した。
「ひとつお伺いいたしますが、レオポルド様のおっしゃる真実の愛とは、どのようなものでございましょう?」
「それは…身分も立場も関係なく惹かれ合ってしまい、どうしようもなく運命だと感じて、どんな困難も二人でなら乗り越えられると信じるに足る愛だ」
なるほど。いかにもレオポルド様らしい。甘ったるくて、紅茶に入れたら儚く溶けてしまいそうな愛だ。
私はできるだけ優雅な笑みを浮かべる。
「レオポルド様にそう言われては、私は身を引くしかありませんわね」
緊張していたレオポルド様とローゼマリア様の顔が、ぱっと明るくなる。けれどもちろん、ただでは引かない。
「ただし最低限の礼儀として、あなた方の愛が本当に真実の愛だと証明していただけますか?」
私がそう聞くと、レオポルド様はどんと胸を叩いた。
「もちろんだよ、ツェツィーリア」
私はにっこりと頷いて、アレクシス様に手を差し出す。はっとしたアレクシス様が、手を差し伸べ、私を優しく立たせてくれる。優しいけれど、力強い手に、こんなときでも私は安心できてしまう。
「では私は公爵夫人にご挨拶をしてから、失礼いたしますわ」
私は公爵夫人に庭での顛末を簡単に説明する。公爵夫人は額に手を当てた。
「ごめんなさい、ツェツィーリア。どうお詫びすればよいのかわからないわ。レオポルドにはあなたとの婚約は絶対だと言い含めていたし、カスト男爵家にもローゼマリア嬢の行動について警告していたのに…」
「いいのです、公爵夫人…いえ、おば様。所詮レオポルド様にとって、私がその程度の存在であったということでございましょう」
ハーコート公爵夫人と私の母は従姉妹同士だ。そのため義母というよりは気心の知れた親戚という接し方ができる。
「公爵家と私にとってあなたは大切な存在よ、ツェツィーリア」
私はおば様に「わかっています」と伝えたくて、にっこりと微笑み返した。
ーーー
正式な婚約破棄を前に、私は完全に「レオポルド様の婚約者」としての仕事を完全に手放した。ハーコート公爵夫人とのお茶会や、「未来の公爵夫人」として顔を出す社交の場、そういったものから遠ざかったのだ。
もちろんそれは、「真実の愛」の力の片鱗を見せていただくためだ。
現在の楽しみは、私からそれらの仕事を譲り受けたローゼマリア様の奮闘ぶりを聞くこと。ハーコート公爵夫人付きの侍女ハンナが、ストラングウェイズ公爵邸へのお使いのたびに、彼女の最新の失敗談を聞かせてくれるのだ。
ハーコート公爵夫人とのお茶会に出席したローゼマリア様はマナー違反を連発し、ハーコート公爵夫人や同席した貴婦人や令嬢方から厳しく指摘され、涙目になって途中で退席したとか。
公爵家主催の舞踏会では、大酒を飲んでレオポルド様以外の男性と踊り回り、痴話げんかの末に会場中のひんしゅくを買ったとか。
王太子殿下のお茶会では、「殿下の学友の恋人」に過ぎない立場で殿下に馴れ馴れしく話しかけて、出禁になりかけたとか。
二人の評判はどんどん悪くなっている。
「けれどきっと真実の愛で解決できるはず」
思ってもいないことを小さく口に出して、つい「ふふ」と笑ってしまうと、ハンナがため息をつく。
「ツェツィーリア様、笑っておられる場合ではございません。これはハーコート公爵家の一大事でございます。ツェツィーリア様に何とか戻ってきていただきたいと、ハーコート公爵家の全員が切望しております」
「レオポルド様以外は、ね」
侍女は口をつぐむ。
「ごめんなさい、ハンナ。あなたをやり込めたいわけじゃないのよ」
そう、私がやり込めたい相手はあの二人なのだから。真実の愛がどんな困難も乗り越えられるというのなら、まだまだ試して差し上げなければ。
「あの女…いえ、ローゼマリア様がレオポルド様のパートナーとして建国祭に出席するなど、考えただけで寒気がいたします。どうかツェツィーリア様、お願いいたします。レオポルド様もいい加減、ローゼマリア様には無理だと気づいておられるころかと…」
「残念ね。私の建国祭のパートナーは、もう決まっているのよ」
そう、私はアレクシス様のパートナーとして建国祭に出席した。ハーコート公爵家がお金に糸目をかけずに用意した、完璧なペアルックで。
私とアレクシス様が並んで出席しているのを見たレオポルド様の顔と言ったら。でもまだ驚くのは早いわ。もっと見て。
見るのよ、私の胸元に光る宝石を。
私が期待したよりも随分遅く、そして周囲が「ねえ、あれ」とざわめき始めて随分経ってから、レオポルド様は目を見開いた。
私の胸元で光っているのは、サフィール・デュ・ヴォウ。
「ハーコート公爵が愛を誓うため、妻に贈る宝石」として代々受け継がれている大きなサファイア。
今の持ち主は公爵夫人であり、公爵夫人が私にサフィール・デュ・ヴォウを身につけさせたということは、「次期公爵の妻はツェツィーリアである」という宣言に他ならない。
そして私とペアルックを着ているのがアレクシス様だということは、私の夫…次期公爵になるのはアレクシス様ということだ。
***
私がレオポルド様から「真実の愛を見つけたので婚約破棄してくれ」と言われたと報告したとき、公爵夫人はこう言った。
「公爵家と私にとってあなたは大切な存在よ、ツェツィーリア。あなたをハーコート公爵家に迎えるという意思は変わらないわ」
そして私が「わかっています」と微笑むと、夫人はアレクシス様に向かって「準備なさい」と告げたのだ。
あのとき公爵位を誰が継ぐかは変わった。真実の愛にのめり込む砂糖菓子から、いつだってサクッと香ばしいジンジャークッキーに。
***
ーーー
次期公爵夫人はサフィール・デュ・ヴォウを身につけている私。そして次期公爵は私のパートナーであるアレクシス様。なのに何を思ったのか、レオポルド様は嬉しそうに私に近づく。
「ツェツィーリア、僕のもとに戻ってきてくれるんだね」
意味がわからない。誰がどう見ても明らかな状況なのに、何を言っているのだろう。アレクシス様がすっと私の前に立つ。その背中が、まるで盾のように頼もしい。
「わかったんだ。僕がいくらローゼマリアを愛していても、彼女に公爵夫人は務まらない。ハーコート公爵夫人は君でなければ無理だ」
「…そうでございましょうね」
公爵夫人になるために費やしてきた時間が違うのだから、現時点で私以上に次期ハーコート公爵夫人にふさわしい人間はいない。
ただしハーコート公爵にふさわしい人物は、レオポルド様ではない。
「だから次期公爵夫人として僕のもとに戻ってきてくれ、ツェツィーリア」
「何言ってるの、レオポルド!」とローゼマリア様が金切り声を上げる。「何言ってるの」というご意見には完全に同意するが、建国祭の会場で聞くべき声ではない。冷たい視線がローゼマリア様に向けられ、陛下も少し眉をひそめられた。
私はすっとローゼマリア様を手で制した。
「落ち着いてくださいませ、ローゼマリア様。陛下の御前ですのよ」
私の言葉に、ローゼマリア様は顔を真っ赤にして口をつぐんだ。会場に「さすがツェツィーリア様」「ローゼマリア様とは違うわね」というざわめきが広がっていく。
陛下はゆっくりと立ち上がられた。
「ハーコート公爵家の継承者をめぐる話題は、王家としても無視できぬな。公爵、どうだ」
ハーコート公爵が、一歩前へ進み出た。その横顔には、長年筆頭公爵として国を支えてきた男の厳しさと、父としての失望が同居していた。
「長子であるレオポルドは、軽率な言動によって公爵家の信頼を損ないました。よって私は次男アレクシスを後継とし、ストラングウェイズ公爵令嬢ツェツィーリアをその婚約者といたします」
レオポルド様の顔が真っ青になる。彼の隣で、ローゼマリア様が「そんな!私が公爵夫人になるんじゃないの!?」と掠れた声を上げる。
「愚息レオポルドには、グレヴィル子爵位を継承させたく」
「許可する」
グレヴィル子爵位。ハーコート公爵に付随する爵位の中で、もっとも格が低い爵位だ。領地は北方にあり、決して豊かとはいえない。生活は厳しいものになるだろうが、勘当されて一族から追い出されるよりはマシだ。
レオポルド様は身体を震わせている。
「レオポルド様、グレヴィル子爵夫人ならローゼマリア様でも大丈夫かと。それにローゼマリア様と一緒なら、どんなに辛くても真実の愛で乗り越えられますでしょう?真実の愛を証明するいいチャンスですわ」
レオポルド様はブルブルと首を振り、甘えるような声で「ツェツィーリア」と私の名を呼んだ。
「どうか、もう一度やり直してほしい。君がいなければ、僕は…僕は…グレヴィル子爵だなんて嫌だ!」
「私だって子爵夫人なんて嫌よ!何のために好きでもない頭空っぽのあなたと一緒にいたと思ってるの!」とレオポルド様の肩を揺するローゼマリア様。会場中がこの茶番を、陛下の機嫌を気にしつつも、固唾をのんで見守っていた。
「真実の愛」が聞いてあきれる。紅茶の中の砂糖菓子みたいに、あっという間に溶けてしまったのね。
「戻ってきてくれ!真実の愛は間違いだった!僕が悪かった!戻ってきてくれ、ツェツィーリア!!」
そう泣き崩れるレオポルド様。
私は抑えきれない笑みを湛えながら、首を横に振る。言ってあげたい言葉がある。
「無理ですわ。私、真実の愛を見つけましたので」
そしてずっとそばで私を守ってくれていたアレクシス様の頬に手をあてて、そっとキスをした。香ばしいジンジャークッキー。ずっとずっと食べてみたくて、おかしくなりそうだった。一口食べてみたら、もっと欲しくなる。
「愛してるわ、アレクシス」
「私のほうが、ずっと」
「それはどうかしら」
サフィール・デュ・ヴォウが、胸元で青く、永遠を誓うように輝いていた。




